最初は"コウダン"と読んだ(5/22)

「この世界のもんにはな必ず巧断が憑くんや。漢字は……こう書く」

"巧断"とホワイトボードに書かれた文字を、まずコウダンと読んでしまったのは私だけなんだろうか。
黒鋼さんは漢字圏のお生まれだろうけれど、あっさり納得していたようだった。言葉の使い方も世界によって違うのかも知れない。
使う文字は違うのに言葉が通じているという疑念を空ちゃんが指摘してくれたけれど、私の認識は異世界ってそんなものなのかな、なんて呑気なものである。

「で、巧断っていうのはどういう代物なんだ?"憑く"っつってたよな」
「……取り憑く、の憑くですかね。何かに憑依されるもの、それを式みたいに自在に操れるんですか?」
「ええ、そうなります。例え、異世界の者だとしてもこの世界に来たのならば、必ず巧断は憑きます」

巧断の説明は空ちゃんから嵐さんへと引き継がれていった。
彼女には巧断の説明とあわせて、私たちに伝えたいことがあったようだ。サクラ姫にまつわることとあって、私たちの間に少し張り詰めた空気が漂ってくる。

「サクラさんの記憶のカケラが何処にあるのか分かりませんが。もし、誰かの手に渡っているとしたら…争いになるかもしれません」

サクラ姫を知る小狼さんからしてみれば、サクラ姫の羽根が争いを生むなんて考えたくないのかもしれない。
小狼さんよりは少しだけしか知らない私でも、彼女が争いを好まない質だと知っている。けれど、同時に羽根が争いを生みかねない強大な力を持っているということも羽根を手にしたからこそ、知っていた。

嵐さんは目を見開く小狼さんを横目に見たあと、今度は黒鋼さんやファイさんの方をじっと見つめている。何かを見極めようとする目、私が知っている嵐さんよりは、ずっと大人びている彼女だけれど、その表情はやっぱりよく似ていた。

「今、貴方達は戦う力を失っていますね」
「どうしてそうだと?」

疑うような、試すようなファイさんの物言い。嵐さんを疑っているんだろうか。全く違う人だとしても、そんな風に彼女が疑われる姿を、見たくはなかった。
気がつくと、彼女を庇いたいがために声を出そうとしていれば、すっと空ちゃんの手に制される。

「うちのハニーは元巫女やからな、霊力っつうんが備わってる。ま、今はわいと結婚したから引退したけどな」

嵐さんの巫女さん姿を絶賛する空ちゃんの様子に、ファイさんの笑顔は戻っていく。きっと、事情がわかって安心したんだろう。嵐さんの方も特に気にした様子もないから安心だ。私の肩の荷も降りて、音もなく息を吐いた。

「実は次元の魔女さんに魔力の元を渡しちゃいましてー」
「俺の刀をあのアマ……!」
「おれがあの人に渡したものは力じゃありません。魔力や武器は最初からおれにはないから」
「私も、魔女さんにお渡ししたものは武器でも力でもありません」

私の対価は、ただの日記帳だ。
どうして"あれ"なのか、未だによく分かっていない。霊力を取られるよりはずっとマシだったかもしれないけど、不思議だった。
素直に嵐さんに告げると、何故か納得したように頷かれてしまう。

「そうですね。貴方も何か、霊的な能力をお持ちのようですし」
「さっき数珠やら札やら出しとったしな」
「……えへへ、バレちゃってましたか。大したもんじゃなくて、お家を破門された味噌っかすですけどね!」

そういえば、巧断の攻撃を受けた時に出した数珠を出しっぱなしだったことを今になって思い出した。笑いながら誤魔化して、いそいそと袖口に丸め込む。
話を広げてしまった私が悪いんだけど、この話を広げられるのはどうにも苦手だ。嵐さんの説明が再開されるタイミングでこっそり部屋の隅へ移動して、できる範囲で気配を消した。

「この世界には巧断がいる。もし争いになっても巧断が、その手立てになる」
「巧断って戦うためのものなんですか」
「何に使うか、どう使うかは、そいつ次第や。百聞は一見にしかず。巧断がどんなもんなんかは自分の目で、身で確かめたらええ」

そう、空ちゃんは話を締めくくる。私には、どんな巧断が憑くのだろうか。私はそれを、うまく扱えるのだろうか。過ぎた力を手にして身を滅ぼすような真似だけは、したくないとそっと目を伏せた。


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