平和島静雄 | ナノ




今度は俺だけを見て


『トームせーんぱーいっ!』

田「おわっ」

遠くから走って来てトムさんに抱き着いたのは苗字名前。
俺の一個下でトムさんに物凄い好意を抱いている。

『おはようございまーす』

田「はいはい。おはよーさん。それからいきなり抱き着くな」

『えへーっ。静雄さんも!おはようございます!』

トムさんに注意されても全くめげない様子。

静「ん。はよ」

挨拶を返すとにこーっと効果音の付きそうな程の笑顔を向けてくれる名前に、俺の顔に熱が集まるのが分かる。

そう、俺は名前の事が好きになってしまっていたのだ。

いつからだっただろう。そんな事考えても分からなくて、気付いたら目で追っかけていた。
でも名前の気持ちは俺に向けられる事は決して無く、トムさんに常に向けられる。






『それでねっトムさん優しくてーーー』

帰り道。いつもより学校を遅く出た俺はたまたま名前に会って一緒に下校。
俺としては嬉しい限りなのだが、話の内容が全てトムさんの良さについて。
永遠とトムさんの良い所を聞かされてる。

勿論、俺もトムさんの事は尊敬している。

でも、自分の好きな相手から他人の良さをずっと聞かされるっていうのは結構キツイものがある。

静「はぁ…」

今日何度目になるかも分からない溜息をつく。

『静雄さん聞いてますかっ!?』

むすっと膨れっ面になった名前が顔をずいっと俺に近づける。
その行動にドキリと胸が高鳴り、同時に痛んだ。

静「聞いてる」

『そうですかー?』

そしてまたトムさんの良さについて語り出す。


ーーー勘弁してくれ。

どうして俺は名前を好きになっちまったんだろう。どうしてこんなにも苦しんだろうか。







進路の事で先生に呼び出されて、また帰りが遅くなってしまった。
急ぐ理由は特に無いが、ここ最近ずっと苛々してるから早く帰りたかった。

あの日、名前と一緒に帰った日も結局名前は終始トムさんについて語っていた。
きっと俺なんて眼中に無いのだろう。
名前を笑わす事も、喜ばす事も、怒らせる事も、泣かせる事も、悲しませる事も、トムさんにしか出来ない。俺には出来ないのだろう。

そう思うと、チクリと心臓が痛む。

職員室から自分の教室への帰り道、1年の教室の前を通ったら誰もいない教室に人影がひとつ。
ずっとずっと誰よりも見てきたんだ。見間違える筈の無い、名前だ。

静「名前?」

廊下から声を掛けると、ビクリと肩を震わせゆっくりと振り返る。
頬には涙の伝った跡があり、瞳にはまだ涙が溜まっていて目が赤い。

『静雄、さん…』

ごしごしと目を擦る名前。
俺は名前に寄る。

『トムさんに振られちゃった』

そう微笑む顔は悲痛で見てるこっちがいたたまれない。
ああ、そんな痛々しい顔をしないでくれ。

俺はそっと、壊さないように名前を抱き締めた。

『し、静雄さん!?』

静「なあ、名前。泣きたかったら泣いていい。」

『静雄さんっ…ぅっ…うぅー…凄く、凄く凄く好き、だったのっ…凄く』

名前は駄々をこねる子供のように泣きじゃくる。
頭を撫でると、ふわりとシャンプーの香りが鼻を掠めた。

静「名前」

少し体を離して、しっかりと目を見据える。

静「俺は名前の事がずっと、ずっと前から好きだった。好きなんだよお前の事が」

傷心中の名前につけ込む、なんて意地が悪いのかもしれない。

静「付き合ってほしい」

名前の瞳が揺れたのが分かった。

『静雄さんは狡いです』

名前は俺の背中に腕を回してぎゅっと抱き付いてきた。

『私も静雄さんを好きになりたい』

ぼそぼそと呟かれた言葉は聞き取るのがやっとだったけど、しっかりと聞き取った。

俺も名前の背中に腕を回してぎゅっと抱き締めた。


絶対に大切にする。

だから、どうか

今度は俺だけを見て



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