消えたりなんかしない その日私は明日どうしても提出しなきゃいけない書類をまとめなくちゃいけなくて寝ないで作業していた。 時間にして深夜2時。 残業代くらいよこせとぶつぶつ文句を言いながら眠い目を擦りながら必死にやっていた。 突然私の部屋のドアが開いた。見ると同居人の静雄の姿。こんな時間にどうしたのだろう。 『静雄?』 静雄は無言で部屋の中に入って来て、私の横に座った。 そして寄っ掛かってきた。 『静雄、どうしたの?』 そう声を掛けながら頭を撫でると少し唸る静雄。 静「夢を、見たんだ」 ぽつりぽつりと話し出す静雄の声は、寝起きのせいかなんなのか弱々しく掠れていて今にも消えてしまいそうだった。 『どんな夢だったの?』 静「お前がどんどん透けていっちまうんだ。抱き締めてんのに、名前が薄くなっていて」 『うん』 静「気付いた腕の中には何も無くて。…名前が消えちまった」 『そっか』 私は椅子を降りて静雄をそっと抱き締める。それに応えるよう静雄も私を抱き締める。 静「頼む、名前。俺の前から消えないでくれ」 それはさっきよりも弱々しく聞き取るのがやっとな程の、懇願する呟き。 『静雄。大丈夫だよ。私は消えたりなんかしないし、静雄の前からいなくなりもしない。安心して』 そう言うと静雄は抱き締めている腕の力を強める。 静「…ありがとう」 『静雄。今日は一緒に寝ようか』 静「おう」 静雄と私はベッドに行き、布団に入る。 そしてどちらからともなく、抱き締める。 そしてゆっくりと瞼を閉じた。 閉じた瞼に静雄がキスを落とす。 それに気付かない振りをして私は眠りについた。 大丈夫。 確かに今ここに温もりがあるのだから。 大丈夫。 消えたりなんかしない。 [しおり/戻る] |