なろう88を見て捏造妄想
前に書いた腹黒眼鏡についての話で書いた天秤祭印象操作の考察妄想についてを踏まえて書きつつコーウェン家の方々とアイシロ。





金髪のその少女は、アキバに赴任する孫とほぼ同じ年齢だろう。けれどその姫と騎士の誓いを交わしたアキバ円卓会議の議長たるクラスティ率いるギルド〈DDD〉を直接運営する幹部の一人だと言う。レイネシアとも仲が良い為、長期の不在という姫護の騎士に代わり祝典に参列に来た訳だ。
少女は円卓会議の制服の裾を軽く引いて礼をする。ギルマスが来れない詫びとイセルスへの祝福。レイネシアの仕事ぶりに話が移れば孫はぷうと頬を膨らませた。
この場にいるのはリーゼとレイネシア、エリッサ、セルジアットとイセルスとアイザックとレザリックの7人だけだ。貴族生活の中でこうして感情を素直に出すことは上手いとは言えないが彼らは冒険者だ、遠慮はいらないだろう。彼女にも漸く裏表の必要のない友達が出来たかと内心でセルジアットは嬉しく思う。
エリッサに案内され退出する面々を見ながら、残るセルジアットは向かいに座るアイザックに視線を投げた。

「ところで、円卓会議からの参列は彼女と君とカラシン殿だけかね?」

勿論彼らの副官も参列はする。問われてアイザックは眉を上げた。あー。うー。記憶を手繰って「いや、確かアインスの野郎も来るってよ」と答える。商談ならカラシンだが多少込み合った政治的駆け引きを考えるならば彼が適任だろう。最近煮詰まり気味の彼への息抜きも兼ねた眼鏡からの采配だ。アキバ外交官レイネシアの生家として友好の誼を交わすコーウェン家の祝い事ならば円卓会議も生半なことではいられない。色々問題が山積みだが、円卓会議を構成する11ギルドの内、4ギルドが参列するのだ。義理は果たしているだろう。

「いや、そうではなく…」

いつも毅然とはっきりとした口振りのセルジアットにアイザックは首を傾げる。綺麗な所作で茶を含んだ老人は「あの、眼鏡の青年は来ないのか」とぽつりと言った。
──あの青年。眼鏡の、白衣の魔術師。
シロエとは領主会議の際に会ったことを覚えている。〈記録の地平線〉という耳慣れない零細ギルドの主で、まだ若い青年だ──冒険者は皆、姿とその年齢は噛み合わないと知ってはいるけれど。円卓会議の創設者とは聞き及んでいたが、物腰柔らかいながら武人として際立つクラスティや豪気で懐の大きいミチタカに埋もれて最初はおまけのように思っていた。が、それは誤りであった。レイネシアにせよ、シロエにしろ、自分の見る目の無さに頭が痛い。

「腹黒か?ああ、あいつは来ねえよ」

ぞんざいな口振りで返されて心なしかセルジアットの肩が落ちる。
現在、クラスティのいないアキバは酷く不安定だ。参謀として、知将としてシロエの存在は不可欠だ。祝い事とは言え政治の絡む席に彼がいないのは不安だがその代わりとしてアインスがいるのだ。彼の掲げる思想も不安の一角だが、けれど慎重な男である。独断専行などしやしないだろう。もしもそれを口に出すことがあれば話を逸らすなりしろとカラシンとアイザックは眼鏡から指示を受けている。
そうか、と答えた老人にアイザックは「あいつになんか用か」と尋ねた。

「いや、用と言う訳ではない。ただ興味があってな」

後々に調べれば彼の眼鏡が大昔の伝承に残る〈放蕩者の茶会〉の参謀の一人「腹黒眼鏡」の異名を持つ魔術師であると知れた。彼がギルドマスターを務める〈記録の地平線〉は新設されたものであり、どうりでそこから情報を辿っても出ない筈である。ミラルレイクの賢者が嬉々として語ったそれに酷く驚いたものだ。
そして孫から聞いた、彼の手腕にはもう言葉もない。

「一度、ゆっくり話してみたいと思っていたのだ。……残念だ」

懐の大きいアイザックや品よく知性のあるヘンリエッタなど、優れた人物の多い冒険者という未知の存在の中で群を抜いて目立つ存在というのがクラスティとシロエだろう。表立っては議長だが、少しでも事情を知れば影に悪に徹する参謀に注目せざるを得ない。
はぁと溜め息を吐くと、遅れてもうひとつ溜め息が聞こえた。見ればアイザックが行儀悪く組んだ足に肘をついて手に顎を置くとむすりと眉をしかめる。

「俺だって残念だ…」

一言呟いて、アイザックはばりばりと茶請けのクッキーをかじり始める。

「君は彼とは懇意なのかね」

不貞腐れたアイザックの様子に眉を上げてセルジアットは問う。ちらと猫のような金眼がセルジアットを伺うと男は肩を竦めて見せた。

「さてな」

そもそも、同じ円卓会議を構成するギルマスであるから交流は多いだろう。聞いた話に寄れば構成員の選抜もシロエが主導で行ったものであるし、今回のアイザックの派遣もまたシロエから言い渡されたものだという。懇意とまでいかずともそれほど悪くもない間柄なのだろうと推測出来る中わざわざ問い掛けたのは、その間柄がどこまでのものなのかという興味と、アイザックがイセルスを苦手がっているのを知ってそれから逃げたいのかという揶揄である。知ってか知らずかアイザックはするりと流して立ち上がる。

「帰るわ。邪魔したな」
「いや。次来る時は酒でもどうかね。妻に内緒のとっておきがある」
「おっいいねぇ」

気でも損ねたかとセルジアットが反省しているとアイザックはからりと笑う。いや、これは気まぐれな猫と同じかなと思い直した。
そんときゃつまみは任せとけと手を振るアイザックの背中を見送るセルジアットの耳に届いた言葉に爺は目を丸くする。

「あーあ、会いてぇなぁ…」

それはつまり、先の話題の人物、シロエとということだろうか。しみじみと、切な気に響くそれにパタンと扉が閉まって赤毛の背中が見えなくなってもしばらく、セルジアットはただ放心した。行き着いた推測に蓋をする。人の恋愛はそれぞれだ、爺が口出しをする権利もない。そして、冒険者のことに関しては常識に囚われた考えをしてはいけないと自分に言い聞かせる。
セルジアットは窓の外を見上げた。思わず浮かんだ笑みを頬に乗せて呟く。

「忘れよう…」

私はなにも聞いていないのだ。
見上げた空は皮肉なほど澄み渡っていた。





演習場でアイザックが声を張り上げるのをイセルスはきらきらとした目で見上げていた。
アイザックは格好いい。強いし、優しい。それにあけすけで取り繕わず、貴族子息のイセルスに取り入ろうとしたことなど一度もない。まだ両手に満たない年齢であってもそういうことをイセルスは理解出来ている。
大雑把で言葉遣いが怖いことも多々あるけれど、あの大きな手でがしがしと頭を撫でられるのが好きだ。ぞんざいだが、そんな扱いにも親しみがあって、そんな扱いは初めてで。

「あ?」

その時、ふとアイザックが声を上げた。なにかに気付いた様子で虚空を見遣る。イセルスもまた空を見上げればひとつの影。
それはグリフォンだった。アイザックに一度乗せて貰ったことがある。そして、冒険者の中でも難関なクエストをこなした者にだけ与えられる名誉あるものだとは聞き及んでいた。
グリフォンはアイザックの上まで飛ぶと三度旋回した。そして滑空すると少し離れたところに着地する。力強く羽ばたく羽根から風に煽られながらも目を凝らした。
グリフォンに乗るのは白いローブの男だった。アイザックのような屈強な男かと思ったが、レザリックよりも線が細く、風に煽らたローブがふわりと翻りまるで彼にも翼が生えているかのようだった。

「腹黒!」

アイザックが声を上げて駆け寄る。腹黒と呼び掛けられるってどういうことなんだろうか。人間性的な問題で。
その青年はグリフォンの背を撫でながら「久々の第一声がそれですか」と苦笑した。

「いや悪いな、シロエ。急にどうした?お前が来るなんてよ」

アイザックの手がシロエの頭をぐりぐりと撫でる。群青の髪がくちゃくちゃになるのを見ながら、イセルスはズキズキと胸が痛くなった。
ああ、あれは僕だけの特権ではなかったのだ。
まるで自分だけの特別なもののように感じていたが、そんなことはない。アイザックは分け隔てのない男だ。そしてシロエと呼ばれた青年はイセルスよりもずっと、アイザックに好かれている。それは彼の表情や手つきから簡単に見てとれた。ああ、なんて羨ましいことだろう。

「最近、書類ばかりで体が訛ってしまいまして運動がてら」
「運動の為にアキバからマイハマまで来るのかよ」
「書類の回収と追加の書類のついでですよ、ついで」

スチャリと眼鏡を光らせた青年にアイザックは顔を引き吊らせた。そしてイセルスの隣に立つレザリックもまた顔を引きつらせる。白い悪魔が白い悪魔を連れてきた。
グリフォンが鳴いてぐりぐりとシロエの頬に嘴を擦り付けた。甘えているのだ。青年は鞄から肉の塊を取り出してグリフォンに与える。酷くなつかれているようで、グリフォンは正当に彼の持ち物のようだ。

「最近どうですか」
「特に変わったこたねぇよ。あ、セルジアット爺さんがお前と話したいっつってた」
「じ、爺さん…!?って、話したいこと?つまり…」
「堅苦しく考えんな。世間話がしてみたいんだとよ」

フランク過ぎるアイザックに驚きながらも腹の底を探るシロエをアイザックは小突く。また人をたらしこんでと呆れるシロエに首を傾げて。
意外と会ってしまえば会話に悩むこともなくあれやこれやと言葉が浮かぶ。多少の時間は取れるがたかが休憩、アキバをソウジロウたちや班長に任せてきてしまった為にシロエに残された自由時間は少ない。今度改めて時間を取ろうかと考えていると、レザリックが二人を呼んだ。

「ふたりとも、話し込むのはいいですが時と場所を考えてください」

見れば演習をしていた部隊がざわざわと落ち着かない。アイザックは「なんでもねぇから進めてろ!」と大声を張った。

「すみません、レザリックさん。お久しぶりです」
「ええ、シロエさん、お久しぶりです。また少し痩せたでしょう?」
「うっ」

言葉に詰まるシロエにレザリックは笑った。頭上で交わされる親しげな会話にイセルスはそわそわと落ち着かない。小さな疎外感が疼いた。

「レザリックさん、そちらの方はもしかしてイセルス様ですか?」
「ええ。あ、そういえばシロエさんはイセルスくんとお会いになったことはなかったですね」

不意に注目を浴びてイセルスは肩を跳ね上げた。構ってもらえないことに一抹の寂しさを感じていたというのに、いざとなれば緊張してしまう。
シロエは白いローブを翻して片膝を付いた。まるで騎士の礼だ。イセルスと目線が近くなって改めて見るシロエの顔は整ってはいるがどちらかと言えば地味寄りだ。丸眼鏡の奥の目はつり上がりともすれば睨まれているようだが次いでにこりと笑みを向けられて優しそうかも知れないと感想を抱く。

「初めまして、イセルス様。僕はアキバの円卓会議構成ギルド代表が一人、〈記録の地平線〉のシロエと申します。姉君にはとてもお世話になっております。以後、お見知りおきを」

スチャリ上げてきらりと眼鏡を光らせるその顔は、意外と胡散臭くて寸前の感想が揺らぐ。
そしてその名には聞き覚えがあった。祖父たるセルジアットが高く評価していたことと、姉たるレイネシアが恐ろしい人だと言っていた。そして、優しい人だとも。イセルスにはどういうことか理解が出来ないが、信頼できるアイザックらが親しくしている様子を見て悪い人ではないのだろうと判断する。
イセルスが形式に沿った自己紹介を済ますと、立ち上がったシロエが屈んでイセルスと握手を交わす。

「おい、その眼鏡は名だたるギルマスを丸め込んでたらしこんだ悪人だからあんまり近付くと取って食われちまうぞ」

アイザックはイセルスの頭をぽんと叩くと揶揄の笑みと共に言う。それにイセルスは「エッ」と身を引き、シロエとレザリックの苦労人ズから二重奏で名を呼ばれる。
もう、と頬を膨らせたシロエがアイザックの脇腹に肘を突き入れ、それに全然悪びれない笑みで謝った。貴方に言われたくないですよタラシ男。唸るシロエの肩にするりとアイザックは腕を回した。

「なぁ、少しくらい時間はあんだろ?」

頬と頬が触れ合う程に近付くと囁く。レザリックは眉をひそめると「こら、こどもの前ですよ」と苦言を呈した。
確かにこどもではあるが、しかし意味もわからぬまま騒ぎ立てる教育は受けていない。一体どういうことなのかとムッとイセルスの頬が膨らませてレザリックを見上げた。シロエは申し訳なさそうに眉を下げる。

「…まぁ、シロエさんも息抜きに来たのですし。ギルマス同志、話すこともありましょう」

溜め息を吐くレザリックはつまり、アイザックとシロエに自由時間を与えると言っているのだ。アイザックの顔はパッと輝き、シロエはきょとんと目を丸くする。

「レザ!」

分かってるなぁ!と笑う黒剣主従に他ふたりはおいてけぼりとなり、親しくはないのにシロエとイセルスは目を合わせて困惑を示す。

「シロエさんのお帰りもありますからね、2時間も取れないですよ」
「ああいいって。十分だ!」

バンバンと背中を叩くアイザックにレザリックの体は前後に揺れるが、副官はその腕を掴むと鉄鋼の仕込まれた脚甲で思いきりギルマスの膝を思い切り蹴り飛ばす。生身の脚からパァンと音が響くが、赤毛の男に痛みの色はない。
レザリックは返す脚でアイザックの膝裏に蹴りを加えて更にその背を叩いた。くらりとアイザックが体勢を崩すのを見もせずイセルスの前に膝を着く。

「イセルス様、申し訳ありません。アイザックくんは今から仕事の話があるので席を外しますが」
「…はい、分かりました」

仕事と言われたらイセルスも引き下がるしかない。不満と悲しみを顔に書きながらもイセルスは健気に頷いた。
アイザックはイセルスの頭をわしわしと撫でる。また今度、街に連れていってやるからよ。

「約束ですよ」

イセルスははにかむと頷いた。しっかりとレザリックの手を掴む。

「お仕事、頑張ってくださいね」
「…お、おう」

流石に今から頑張るのがお仕事ではなくて、とは言えなくてアイザックは頬をひきつらせたがレザリックは流石の厚い面の皮。

「はいはい、間違ってもアオカンはやめてくださいね」
「善処するわ」
「いや確約してくださいよ!?」

あけすけな主従に気苦労の多い眼鏡は絶叫した。少年が「アオカン?」と首を傾げるのにひょんなところで抜けている副官含めて〈黒剣騎士団〉の頭は参謀に手酷く罵詈雑言を浴びせられながら。
──さて久々の彼らが2時間で足りたか否かは秘密にしておきましょう。





20150405

恋敵イセルス



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