:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

X:続く未来へ E


gentle


楽しい夢を見ていた様な気がする。優しく温かい気持ちになる様な夢を。
まるでその気持ちが温度と化した様な、あたしを包み込む温かさを感じながら目を覚ました。

眠る瞬間まであたしの頭を撫でてくれていた健吾君の手は明け方になると、布団の中で向き合って寝転がる二人の体の間であたしの手を包み込んでいた。
数回瞬きを繰り返した後(今日はいつも以上にスッキリとした目覚めだな…)と思いながら、繋がってる手をぼんやり眺めながらギュッと力を込めたら、健吾君の眼がパチリと開く。


「おはよう。……今ので起こしちゃった?」
「ううん、少し前に起きてたよ。ちょっと考え事してただけ。」
「そっか。」
「うん。おはよ。」


そう言って今度は健吾君が握り合っている手にギュッと力を込めた。その動きはくすぐったさと一緒により一層心地良い目覚めを与えてくれる。
二人で起き上がって時間を確認すると6時ちょっと前だった。随分早くに目が覚めたなと思ったけど、昨夜は寝る時間が早かったから充分眠った様で「うーん!」と言いながら体を伸ばすと「ぐっすり寝れた?」と健吾君に声を掛けられた。「お陰さまで。健吾君はぐっすり寝れた?」と返せば「俺もぐっすり寝れたよ。」と疲れ何て感じさせない笑顔を向けられる。

それから昨夜寝る前に話していた、朝風呂に入りに行く事にした。

陽が昇り始めた空に向かって上る湯煙は昨夜入った露天風呂の景色とはまた違った趣がある。「二泊って結構あっと言う間だったな…。」そんな独り言を溢しながらも、過ぎた時間に対しての淋しさではなく楽しかった思い出や残りの時間に対する楽しみが胸の中を浸していく。

温泉の後に朝食を済ませて出発の準備をする。ここに来た時と同じ様にあたしは健吾君のリュックを、健吾君はあたしの旅行鞄。そしてそれぞれの手には新たに増えた紙袋をぶら下げフロントでチェックアウトして車に向かう足取りは、荷物の量に反してとても軽い。


「良い旅館だったね。温泉も良かったし食事も美味しかったし。近場や温泉街の散策も楽しかったし。」
「ホント。連休が続くならもうしばらく泊まってても良いな。会社用にとりあえず一つと個別にマナと井上さん、それから遠藤君へのお土産も買えたしね。」


あたし達の部署では大半の人がバレンタインで義理チョコを配る様な感覚で、旅行に行くと部署内でお土産を配ったりする。その大半の中にあたしと健吾君も属していて、これまで長期休暇中に実家に帰ったり遠出をした時にはおみやげを配っていた。
なので今回の旅行でも会社用にお土産を。と思っていたが社内では付き合いを公言していないあたし達が「二人で旅行に行ったお土産です。」と言って一緒のお土産を配るわけにはいかない。だからと言って職場には何も買わないのも、どちらか一方だけがお土産を配るのも何だか違う様な気がして、旅行中に離れた別の場所でお土産を二種類を用意する事にした。一つは昨日温泉街で買ったクッキー、もう一つは今日の帰り道に買う予定にしている。

マナと井上さんの二人はあたし達が付き合ってる事を社内で唯一知っているし、普段からお世話になってる事もあり個別にお土産を買った。マナにはあたしが選んだミストと入浴剤、井上さんには健吾君が選んだペアのお猪口が付いた地酒。それから、この旅行中に大活躍の車を貸してくれた遠藤君には「実家暮らしだし家族仲良いから皆で食べれる物とかだと喜ぶかも」という健吾君の意見で、名物の蕎麦と温泉まんじゅうを昨日温泉街で買った。

それぞれの相手に対して今回や常日頃のお礼の感謝を込めて選んだお土産をトランクに詰め込んだ車は二泊過ごした旅館を後にする。

旅行三日目、まずは山間に位置する温泉地から市街地方面に向かう途中にある神社に立ち寄った。健康長寿、無病息災のご利益があり年末年始には県内外から多くの参拝客が訪れる全国的な神社だ。
二人揃って鳥居をくぐり、杉並木の参道を進んでいく。旅行初日で歩いた急な傾斜があったり岩が転がっていた渓谷の道とは違いなだらかな砂利道の道になっている。歩きやすさを比べればこちらの方が楽だけど、高くそびえる木々が木陰の涼しさや吹き抜ける風の心地良さなど、自然を感じる空気はどちらも同じくらいあたし達の体と心を癒してくれてる気がする。
手水舎で手と口を清め、神殿前でお賽銭を入れてお参りをする。それからお守りなどを見て回ってからおみくじを引いた。


「あ、大吉だ。」
「え?凄いじゃん!健吾君初詣の時も大吉だったよね。」
「真奈美さんも初詣の時大吉だったじゃん。それで今回は?」
「えっとね……。」
「真奈美さん?」


言葉を返さず、黙って健吾君の目の前に差し出したのは「凶」と書かれているおみくじ。初詣では二人揃って大吉を引いた事もあり、健吾君が良い結果なら自分も良い結果だろう。と心の中で思い込んでしまっていただけに「凶」と書かれたおみくじはあたしに大きなダメージを与え、きっと表情にも出てしまっている。それが自分で分かるから、更に嫌になる。


「…でもさ、大吉とか凶とかよりもおみくじに書いてある事の方大事だよ。良い事書いてあるかもしれないからまず読んでみよう?」


手元に戻ってきたおみくじに書かれている内容に目を向けると、運勢の部分には簡潔させると「何事も努力が大事。」という内容で、仕事や健康の部分を見ても「努力や基本を怠るな。」と言った事が書かれている。だけど恋愛に関しては「今の縁談は良縁。信じて進め。」と書かれている。


「どうだった?」
「…え、あ、何事も努力しなさいだって。」
「努力?それ以上するの?」
「頑張らなきゃな…とかは思うけど別に努力って程の事してなくない?」
「そう思って何事にもベストを尽くそうとして結果出してるのは、真奈美さんが努力してる結果だと俺は思うけどな。」
「そうかな。まぁそうだとしても、何事も初心を忘れず常に向上心を持ちなさいって事じゃない?そう言う健吾君は?」
「何事も慎重にすれば結果は必ず付いてくる、みたいな感じかな。俺のと真奈美さんの合わせて調度みたいな感じだし一緒に結んで帰ろう。」


傍にあったおみくじが結ばれた木の枝に、あたし達も引いたばかりのおみくじを二つ並べて結ぶ。ふっと吹きぬけた風がさっきまでの曇った表情を何処かへ運んで行くのが分かった。あたしって本当に単純だ。


「これで二人揃って小吉くらいだね。」
「え?」
「大吉と凶、それぞれ分け合えば二人揃って間の小吉くらい。」
「……何それっ。」
「笑うなんて酷いな。結構真剣に言ったつもりだったんだけど。」
「可笑しいんじゃなくて、そうゆう考え方出来るのって健吾君らしいなと思って。…ありがと。」
「おみくじの結果だけじゃなくて何でも分け合ってくれる?」
「……うん。健吾君もあたしに色々なもの分けてね。」
「勿論だよ。」


「信じて進め。」おみくじに書かれていた言葉と、今こうして彼の隣に居る事の喜びを一緒に胸に刻む。

『嬉しい事、悲しい事、二人が抱く感情を分かち合いながら支え合う様に、これからも彼の隣に居れます様に。』

おみくじを引く前に両手を合わせて願ったあたしの想い。
さっき吹き抜けた風は「信じて進みなさい」と神様が言ってくれたものだったかもしれない。なんて柄にも無く思ってしまったが、そんな考えも悪く無いと思えた。

 


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