県境を通り過ぎた辺りで寄ったサービスエリアで会社で配る用のお土産をもうひとつ買ったり、あとは帰ってから自分達で食べたいお土産なんかを買ったりして約1時間の高速での移動を終えた。インターを降りて海沿いの道路を走れば、少し開けた窓から潮の香りが入り込んでくる。車内に流れるBGMは好きなバンドが最近出した新譜。まだうろ覚えの歌詞は鼻歌で誤魔化しながら二人で口ずさみながら、この旅の最後の目的地に到着。 温泉地の隣県に数か月前に出来た港の側にあるアウトレットモール。アウトレットの他にも電気店やホームセンターの大型店舗、更には臨海公園なんかもあったりして敷地面積は相当なものらしい。 観光所巡りも良いけど最後に最近あまり買い物にも行って無かったし、普段来ようと思っても来れない場所で買い物するのも悪くないだろう。という理由でこのアウトレットモールに来る事を決めていた。 週末の、しかも三連休の最終日という事もあって駐車場に入る前から混んでいる。「わぁ…混んでるな…。」なんて負の想いより、車を停めるまでに屋外にある店舗の看板を眺めながら「あ、あのブランドのお店もあるね。」とか何が欲しいとか、健吾君の行きたいお店を聞いたりあたしが行きたいお店を告げたりきながら、高まっていくのは買い物を楽しみたいという欲。なんとか駐車場に車を停めた頃にはワクワクとした高揚感で胸がいっぱいになっていた。 最初はあたし達が入った入口から一番近かった、健吾君が看板を見て行きたいと言っていたショップ。メンズもののお店では流石に自分が欲しいものは無いけれど、自分が男だったらこうゆうの着たいなとか健吾君はこうゆうの好きそうだなとか色々考えながら見て回ったり、健吾君が商品を手に取って悩む姿を見たりするのが好きだったりする。そのお店では、どうやら「これだ!」と思うものは無かったらしく違う店に移動する。 そうやって何店舗かを見て回ってる間に、健吾君は服ではなく白地にキャメルでラインなどのデザインが施されているハイカットのスニーカーに一目ぼれしたらしく購入していた。健吾君っぽいなと思う。こうゆうデザインが好きみたいで似た様なのをいっぱい持ってる。でもそうゆうのを持ってても微妙に違うデザインとかが気に入って買っちゃう心理はよく分かる。あたしもいつも買った後になって持ってる服と似た様なデザインのものだなと思うから。他人から見たら似た様なものでも、買った本人にしたら「微妙に違うの!」ってやつ。 その後も、健吾君はスニーカーの他に服も何着か。あたしも服を何着かとちょっと出掛ける時とかに使えそうな小ぶりだけど使い勝手が良さそうなバックとかを買って、それぞれ久しぶりに買い物をいっぱいして歩く。 二人とも幾つかのショップバックをぶら下げながら入った雑貨屋さんで見つけたマグカップ。一人暮らしを始めた時に買ったものや粗品で貰ったりして増えたりして買い足す必要は無いんだけど、可愛いと思って手に取ってみた。 「マグカップ?」 「うん。食器や雑貨って家にあるものが殆どだから、あまり買わないけどこれ可愛いなと思って。」 「気に入ったらなら「たまには」と思って買ってみたら?」 「そうしようかな。でもこっちのパステルカラーのやつだけじゃなくてあっちの和風っぽいやつも可愛い。」 数種類あるマグカップの中で気になったのは白地にパステルカラーでデザインされてるポップなものと、黒地に原色でデザインされている和風っぽい感じの二種類。どちらもカラーバリエーションが豊富で「こっちの組み合わせも可愛い、あっちも可愛い」と目移りしてしまう。 どっちを選ぶにしても自分用ともうひとつ健吾君用に同じ種類の色違いを買いたいな、なんて思いながら幾つか手に取って見ながら隣であたしと同じ様にマグカップを眺めてる健吾君に合う色のものもこっそり探した。 「これにしようかな…。」 悩んだ結果、白地の方のバイオレットとライムのカップを二つ手に取った。自分用にバイオレット、健吾君にはライム。黒地の方の深紅のも可愛いと思った。そしてそれを買うなら黒と茶のも一緒に買ってそれを健吾君用にしようかなって。 どっちのデザインも気に入ったけど、両方買っても仕方無いと思って最初に目に留まった白地の方を選んだ。と言っても結局はあたしが選んだものだから、使って貰う健吾君にもこれで良いか聞いてみようとしたら、 「じゃあ、俺はこれとこれ。」 そう言って健吾君が手に取ったのは黒地の深紅と茶色の二つのマグカップ。 「健吾君も買うの?しかも赤?」 「真奈美さん二つ買って片方俺用にしてくれるつもりでしょ?どうやら俺も真奈美さんと同じ事考えてたみたい。で、こっちの種類なら真奈美さんだったらこれ選ぶかなと思って見てたんだけど、違う色の方が良い?」 「……赤が良いと思って見てた。それ買うなら健吾君用は茶色にしようと思ってたよ。健吾君はライムじゃなくて他の色が良い?」 「ううん。俺達ちゃんとお互いの好みちゃんと分かり合えてるみたいだから大丈夫。そっちだったら俺もその二つ選んでたもん。…こうゆうのってアレだね。以心伝心?」 「そうだね。」 そうしてあたしの家で使う二つのマグカップをあたしが、健吾君の家で使う二つのマグカップを健吾君が買った。どちらかが四つまとめて買わないのは、あたし達はいつだって何だってどちらか一方ではなく二人で色々な事を分け合うのが当たり前だから。 あたしの家で並ぶマグカップ、そして健吾君の家でマグカップ。どちらも「以心伝心」を感じた今日の事を思い出しながら大事に使おう。 そう思いながら、会計を済ませて手元にぶら下がる紙袋の重みに幸せを感じる。 その後も幾つか気になるお店に入ったり出たりを繰り返してアウトレット内を一通り見て回り終えた。買い物を終え荷物を一旦車に置いて、それから臨海公園でのんびり過ごした。特別何かがある訳じゃないけど、ベンチに並んで座りながら潮風に乗って聴こえる波の音や子供の声に耳を傾けていると、ふと膝の上に感じだ重み。 「10分だけ。」 「…うん、分かった。」 会話はそれだけだったけど二人の間に流れる雰囲気はこの日差しの様に穏やかで。ここにきてようやく疲れを見せた健吾君の頭を撫でながら(お疲れ様。)と健吾君のつかの間の休憩を邪魔しない様に心の中で告げる。 この旅行中、あたしの事を気遣ってくれる事の方が多かった彼が、ましてや普段だったら遠い位置に居たとしても自分たち以外の人が居る外ではこんな風に甘えてこない彼が、自分から甘えてくれている事を嬉しく想う気持ちと労わりの気持ちを込めて、柔らかい髪の毛の感触を確かめた。 それからきっちり10分。横になってた健吾君は起き上がって伸びをする。「もう少し休んでもいいよ?」と声を掛ければ「大丈夫。あとは日が暮れる前に帰ろうか。」と返ってくる。 そして座ったままのあたしに向かって差し伸べてくれた健吾君の手を取って、あたし達は駐車場に戻った。 走り出した車。楽しかった旅行もこれで終わりだと思うと、少し寂しい気持ちが湧いてくる。そんな気持ちのせいか止まる事の無かった会話も、これまでと違って知ってる景色が広がる所まで戻ってくると会話が段々減っていく。 「ここまで来ると、帰ってきた感があるね。」 「そうだね。…あのさ、帰る前にちょっと寄り道しても良い?」 そう言って健吾君が連れて来てくれたのは夕暮れの中で観覧車が佇む、初めてデートで行ったテーマパーク。閉園時間が近づいてるせいか駐車場は空いていて、園内に居るお客さんも大分少ない。 「これだけ乗ってても良い?」 「うん。あたしも乗りたい。」 久しぶりに乗る観覧車。昼間に乗ったあの時とは違って窓から差し込む夕日。一日の終わりを連想させるそれは、より一層先程から感じている旅行が終わってしまう寂しさ強める。 「明日から仕事か…。なんか憂鬱だな。」 「三日間楽しかっただけにね。」 「うん。ホント楽しかった。」 「また連休に旅行とかしよっか。」 この旅行の事を振り返るあたし達を乗せたゴンドラはゆっくりとてっぺんを目指して上って行く。 窓の外を見下ろすと観覧車が作る影が門の方へと伸びていて、園内を出ていこうとする人達の上に掛かっている。 もう少しでてっぺん。そこを通り過ぎたらあとは下るだけ。 あたし達が過ごした三日間の終わりもすぐそこまで来てるみたい。 「真奈美さん。」 「ん?なぁに?」 「左手出してくれない?」 「左手?」 てっぺんに着く少し前。飴か何かくれるのかな?なんて思いながら掌を上にして出した左手を、健吾君に手の甲が上になる様に返され、彼はその手を自分の手の上に乗せた。そして空いてるもう片方の手をポケットに入れて何かを取り出す。 (……え?) 想像もしてなかった急な展開に頭が追いつかない。ゆっくりとあたしの左手に向かってくる健吾君の左手。まるでスローモーションの映像を見てるみたいに時間がゆっくり進んでる気がする。だけど鼓動は早く心臓が煩い。 指先で一旦止まり、緊張感が走った。ドキドキと煩い鼓動が重なる手から伝わってるかもしれない。それからあたしの指にゆっくりと嵌められてたそれは夕日を浴びて一段と輝きを増していく。 「サプライズプレゼント。これだったら真奈美さんが付けてるやつと合わせても違和感無いかなと思って。」 「………吃驚した。」 心臓がまだドキドキしてる。 薬指に嵌められると思った。プロポーズされるのかと思った。 でも健吾君が指輪を嵌めてくれたのは左手薬指ではなく、その隣の中指だった。 シンプルだけど小さな石が並んでる指輪。元々自分で買って休日なんかによく付けていて、この三日間も付けていた指輪の上に重なると、最初からセットだったみたいに違和感は無いが今まで以上に輝く指元。 「気に入ってくれた?」 「うん。…ごめっ、……吃驚したのと嬉しいので頭の中ぐちゃぐちゃ……。」 「俺も緊張してたのとホッとしたので頭ん中ぐちゃぐちゃ。」 「でも、誕生日でも記念日でも何でも無いよ?」 「誕生日とか記念日じゃないって分かってるんだけどね。旅行に行く前から渡したいと思って用意してたんだけど渡すタイミング悩んでて。だったら初めての旅行の時にしようと思って。」 「それならあたしも健吾君に初めての旅行記念あげたいよ…。」 「俺はこの三日間の思い出で充分。あ、俺用のマグカップ買って貰ったし。」 「あたしだってマグカップ買って貰ったもん。ずるいよ…。」 「……じゃあさ、ひとつ覚えてて欲しい事あるんだ。」 「…何?」 「隣の指にも俺がまたいつか指輪を嵌めてあげたい、って思ってる。」 「…………それって。」 「この話はここまで。……今の俺じゃまだ頼りない所もあるから、きちんと胸を張れる様になったらこの話の続きをきちんとするから。それがいつになるかはまだ分からないけど、真奈美さんとの事きちんと考えてるって言うのだけ覚えておいて、…くれますか?」 「……そんなの………忘れられる訳無いじゃん…っ!」 「…うわっ!」 健吾君が声を上げた原因は勢いよくあたしが飛びついたらからなのか、その反動でゴンドラがガタンと大きく揺れたかたなのか。多分そのどちらでもある。 動かないままのあたしの背中をポンポンと擦った後ギュッと抱き締められれば、あたしもそれに応える様に彼の背中に手を回した。彼の温かさやの匂い、鼓動、背中に回した手か伝わる感触、体中の細胞ひとつひとつが彼の存在を確かめていく。 健吾君、あなたがさっきの話の続きをしてくれる時にあたしも言いたい事があるんだ。 もしあなたと結婚したら、きっとこうかな。ってこの旅行中何度もあなたと過ごす未来を想像したの。 借りた車じゃなくて買った車でこんな風に出掛けたりする回数が増えるのかな?ペーパードライバーのあたしだけど近所の道路で練習とかして、運転の交換とかしてあげられる様になるかな?って思ったんだよ。 プールであった女の子みたいな子供が出来たら、健吾君が高い高いしてあげればきっとその子も喜ぶんだろうなって思ったんだよ。 そして、温泉街では新婚に間違えられて照れたけど、いつかおじいちゃんとおばあちゃんになってもあんな風に二人で歩いて「おしどり夫婦ですね」って声を掛けられる様になりたいって思ったんだよ。 今日買ったお揃いのマグカップも一緒に棲む様になったら四つを並ぶ様になるのかなって。それを見て「今日はこっちにようか。」「ううん、こっちにしようよ。」なんて言い合いながら、いつまでも大事に使ってられるかなって思ったんだよ。 いつの間にかてっぺんを通過したゴンドラの揺れが収まるのを待ちながら、感じるのは楽しかった旅行が終わりを迎える事ではなく、今日からまた続く二人の未来の事。 真っ赤な空は寂しさを強めるのではなく今では温かく二人を包み、染まった頬や浮かび上がる涙をじんわりとこの空間の中に紛れさせる。 夕日が沈み夜が訪れて一日が終わったとしても、まだまだ続いていくあたし達の未来。 ...END ←
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