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X:続く未来へ B


relaxation


健吾君が調べてくれていたサービスエリアは数年前に建て直されたらしく近代的な造りで綺麗な複合型施設だった。駐車場もほぼ満車、フードコートやお土産スペースが入ってる屋内は勿論、軒を連ねている屋台や併設されている公園のどこを見てもたくさんの人達で賑わっていた。
その中でもあたし達のお目当てである焼き鳥とソフトクリームの販売所は、どちらも長蛇の列が出来ていたので広いサービスエリア内でもすぐに見つける事が出来た。
一番のお目当てである焼き鳥を買おうと列の最後尾に加わったが、人の多さだけでは無く炭火でじっくり丹念に焼いたものを提供してるらしく待ち時間が長く、焼き鳥を買い求める列は伸びていくばかり。ソフトクリームの方もやはり列は長いが回転が速く列はどんどん進んでいく。


「買えるまで時間掛かりそうだし、ソフトクリーム買って来てもいい?糖分補給しながら待とうよ。」
「あ、うん。それじゃあお願いしていい?」
「ふふっ、了解。いってきます。」


健吾君を列に残し、あたしはソフトクリームの方の列に並んだ。並んですぐに一歩、また一歩と列を進む事が出来きて僅か数分で次の番になる。一番人気の特濃バニラと二番目に人気だと言うミルク抹茶をひとつずつ買って、あたしは健吾君が並んでる列に戻った。


「お待たせ、買ってきたよ。」
「早かったね。こっちは一回焼き上がったみたいでちょっと進んだけど、また長い待ち時間。」
「ソフトクリーム食べながら気長に待とう。こっちが特濃バニラで、こっちが抹茶ミルクだって。健吾君はどっち最初に食べたい?」
「んー、……バニラかな。」
「はいどうぞ。それじゃあ、いただきまーす。」
「いただきます。」
「……んっ!美味しい!」
「こっちも美味いよ。まさに特濃って感じ。」


バニラソフトを健吾君に渡し、抹茶ミルクのソフトクリームを口にするとジャージーミルクのコクと抹茶の風味が口いっぱいに広がった。美味しくてあっという間に半分無くなった所で、互いに持っていたソフトクリームを交換する。半分になったバニラソフトも濃厚でとても美味しい。
ソフトクリームを食べ終え「そう言えばあそこのソフトクリームも美味しかったね。」なんて思い出話に話が始まり、こうやって他の事を楽しみながら待ってる時間も悪く無いと思いながら、列に並び続けて数十分が経ったところでようやく焼き鳥を買う事が出来た。ようやく口にした焼き鳥はこのサービスエリアで圧倒的な人気商品であるのは勿論、たくさん待った分とても美味しく感じた。
それから名産品やご当地グッズが並ぶお土産スペースを見て回っていると、あちらこちらから漂う美味しそうな匂いに釣られ、あれもこれもと買ってしまえばキリが無い上に今日まる一日分の食事量を摂取してしまいそうだ。
そんな誘惑と葛藤しながらサービスエリア内を一通り見終わってから、お土産コーナーで一番気になった地元の野菜で作られたお煎餅をこの旅行中のおやつとして買ってサービスエリアを後にした。

車に戻ってから「また今度このサービスエリアに来たいね。」なんて話したりとか、これから行く先々の話とか、あとはいつもみたいな日常会話とか、尽きる事の無い会話をしている間に目的地である温泉地に到着。

時刻は正午過ぎ。旅館のチェックインは18時で予約していたので早過ぎる到着だが、旅館の周りに幾つか点在する観光スポットを回る計画なので予定通りと言える。
実際に掛かった時間よりも楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうけれど旅行はまだ始まったばかり。過ぎてしまった時間よりも、これから過ごす時間の方がまだまだたくさんある。

まずは旅館から少し西の方に進んだ所にある渓谷へ足を運ぶと、青々とした木々が生い茂る山間を流れる透明度の高い川は見ているだけで清々しい気持ちにさせる。都会ではなかなか感じる事が出来ない壮大な自然。目で見る景色と肌で感じる空気、それらを取り込むかの様に大きく深呼吸するとまるで体内が循環されて綺麗になっていく様に感じながら、事前に調べておいた木陰の休憩所で鮎の塩焼きを食べたり、川辺を歩いたりして楽しんだ。

その次は渓谷から程近い場所にあるオルゴール館へ行った。オルゴール館という名称だが、館内にはオルゴールは勿論ガラスで出来た像や瓶なども展示されている。キラキラ輝くガラスと、あちこちで柔らかな音色を奏でるオルゴールが美しい空間を作り出し、中でもピアノ程の大きさのオルゴールが置かれ、壁一面に施されたステンドグラスから陽が差し込む幻想的な空間は言葉が出ない程美しい。
普段、雑貨屋などで目にしても手にとったり購入しようとは思わなかったけど、まるで綺麗な音や光を放つ宝石が散りばめられた様な館内そのものが宝石箱の様で、優しく綺麗な音色を奏でるオルゴールやガラス細工の魅力に惹き込まれた。

そうこうしてるうちに陽は傾き始め、チェックインの時間が迫ってくる。心から癒された時間に名残惜しさを感じつつも、あたし達は旅館に向かった。


「渓谷も素敵だったし、鮎も美味しかったし、オルゴール館も音色とかステンドグラスとか綺麗だったね。」
「そうだね。チェックインまで結構時間あると思ってたけど色々回ってたらあっと言う間に時間になっちゃたし。」


現地に来てみて改めて感じたのは車の便利さ。車に大きな荷物を乗せたまま身軽に歩ける事、そして徒歩で行き来するにはちょっと厳しい距離も楽に移動出来る事。そして何よりも公共機関を使うと周りの眼と言うものを少なからず気にしなければいけないけど、二人しか居ない車内ではそんな事を気にする必要は無い。終始心置きなく旅行する事が出来る。車で旅行する事を提案してくれた健吾君に感謝しなくては。


「車で旅行って良いね。」
「楽しい?」
「うん。本当に健吾君には感謝だよ。」
「俺は一緒に旅行してくれてる真奈美さんに感謝だけどね。あと車を貸してくれた遠藤君。」
「そうだね。お礼のお土産奮発しなきゃ。」
「奮発しなくても真奈美さんが選んでくれたらきっと何でも喜ぶよ。」
「えー?木彫りの熊とかでも?」
「ははっ、多分すっげぇー喜ぶと思う。」
「そっか…、じゃあ可愛い木彫りの熊見つけなきゃ。……ここ北海道じゃないけど。」
「きっとあるよ。あ、可愛いこけしとかでも良いかもしれない。……あるか分かんないけど。」


なんて冗談を言い合ってるうちに旅館に到着し、トランクから荷物を出したのだがあたしが受け取ったのは健吾君の荷物だった。
あたしの荷物よりも大分軽いそれを持ったまま自分の荷物を受け取る準備をしていると、健吾君はあたしの荷物を待ったままホテルに向かって歩き始めた。


「なんで荷物反対なの?」
「ん?そっちの方が軽いから。だから真奈美さんはそっち。自分のじゃないからってわざと落とすのとか無しだからね。」


健吾君なら両方軽々と持てるのであろう二人分の荷物。だけどもしその両方を健吾君が持ってしまってたら、あたしは自分の荷物を持つとか健吾君だけに荷物を持たせたくないと言ってただろう。始めから軽い荷物を預けられそんな事を言われてしまっては、大人しく従うしかない。
ほんと、こうゆうさり気ない所は健吾くんらしいな。と思いながらあたしは健吾君の隣に駆け寄り、ホテルの中に向かった。
フロントでチェックインを済ませ通された客室は10畳の和室で、壁には掛け軸が飾られ広縁にはゆったり座れる一人掛けのソファーが対面して2脚置かれて窓の外には緑豊かな自然が広がっている。まさしく旅館と言った、綺麗な部屋だった。


「浴衣はあちらに御座います。露天風呂と大浴場も入浴可能ですので、夕食までゆっくりご寛ぎ下さい。」
「はい、ありがとうございます。」


仲居さんが部屋から出て行った後、ひとまず腰を落ち着かせる為に客室にあるお茶を淹れて頂いた。温かいお茶と用意されていたお茶請けのお饅頭の甘さが少し歩き疲れた身体に優しく沁み渡っていく。
窓の外からは川のせせらぎに混じって温泉街から声がぼんやりと聞こえてくる。この温泉地は幾つかの旅館や日帰り温泉の施設が立ち並ぶ温泉街になっていて、旅館に着いた時に浴衣姿でこの旅館に戻って来たお客さんも居た。部屋に案内されるまでに仲居さんに話を聞いたら、温泉に入ってから浴衣で温泉街をぶらぶらする宿泊客も多いと教えてくれた。


「はぁー…、何か落ち着く。」
「そうだね。良い意味で気が抜けるって言うか。」
「お土産屋さんが18時までじゃなかったら今日のうちに温泉街も見て回れたのにね。」
「うん。でも明日ゆっくり見る予定だし、今から出て明日の楽しみひとつ減らしちゃうのも勿体ないじゃん。」
「あたしだって子供じゃないんだから我慢出来るよ。さっき浴衣で歩いてる人達も居たし楽しみだな。なんかこうゆう温泉旅館って良いね。」
「うん。こうゆう部屋に泊まるのって小学校の時ぶりかも。部活の合宿とかは民宿って感じの所だったり、あと旅行って言うとビジネスホテルみたいな所だったから。」
「分かる。親に連れてって貰った旅行はこうゆう旅館が多かったけど、自分で行く様になってからは見て回る所もビルが並ぶ市街地みたいな所とか、移動する手間考えて周辺のビジネスホテルに泊まったりするのが殆どだったし。だから今回はちょっと大人の旅行って感じで楽しい。」
「俺も。」


社会人になってから責任を感じる事が多くなったり、立場的にも年齢的にも大人だと思う事は多くなったけど、仕事を自分から切り離してしまえあらゆる事に於いて楽しさを優先させたい、子供の様な気持ちで居続けたいと思う事がある。
だけど楽しさだけを望むのではなく、こうやって落ち着いた場所で過ごす時間も良いなと思える様になってきたのは、きっと自分も少しは大人になってきたという事かもしれない。勿論、わーきゃー騒ぐのも好きだけど。
こうやってこれからも大人になったなと思える落ち着いた時間の過ごし方も、子供の様におもしろい事や楽しい事を求める時間の過ごし方も、両方大切にしていきたいなんて思いながら一息付き終わった所であたし達は夕飯前にまずは大浴場に行く事にした。


「じゃあ、また後で。上がったらラウンジ集合で良いよね?」
「うん。ここの温泉って疲労回復効果抜群らしいから、運転の疲れ癒してきてね。」
「真奈美さんも日頃の疲れと今日歩き回った疲れしっかり取ってきてね。」
「分かった。」


女湯と書かれた暖簾をくぐり大浴場に入ると、脱衣所にはおばあちゃんくらいの人からあたしよりも年下だと思われる子、母親と一緒に来たのであろう小さな子供、幅広い年代層の人が居た。やはり連休初日の温泉地となれば、夕飯前に一っ風呂浴びたいと思う人は自分達以外にもたくさん居る様だ。
身体を流し、広々とした湯船に足を入れると少し熱めだったが大きく息を吐き出し、ゆっくりと身体を沈めていく。しっかり身体を沈めると、熱く感じて湯加減も次第に調度良く感じ始める。
ちゃぷんっと音を立て湯船から上げた腕を撫でると、この温泉地特有のとろみがあるお湯のお陰で肌触りが滑らかだ。入浴剤の入ったお風呂とはまた違う天然成分が全身に沁み込んでいく。鼻歌を歌ってしまいそうになる程気持ち良さの中でゆっくりと寛ぎながら温泉を楽しんだ。

大浴場を出てラウンジに向かうと、閉店時間が近いせいかあまり人が居なかった。窓辺に座る健吾君はこちらに背を向けている。後ろから静かに近寄り「わっ」と言いながら両肩に手を置いてみたが、健吾君は特に驚く事無くこちらを振り向いた。


「あれ?普通なら「わぁ!?」って驚く所じゃないの?」
「だって、真奈美さんが近づいてくるの分かってたもん。」
「え?何で?」
「ほら。」


そう言って健吾君が指差したのは窓ガラス。あぁ、なるほど。息を潜めて近づくあたしの姿はバッチリここに映し出されてたのかと思うと、急に恥ずかしさが込み上げてくる。そんなあたしを健吾君はおもしろ可笑しく笑う訳でも無く、ニコっと笑みを浮かべる。


「浴衣似合ってる。」
「……ありがと。健吾君も似合ってるよ。ビシっと決まってる。」
「そうかな?…って言うかね、着方分かんなくて隣に居たおじさんに聞いちゃった。」
「え?本当に?」
「一人でワタワタしてたら「兄ちゃん違う違う!」って声掛けられてさ。」
「ワタワタしたんだ。ワタワタしてる健吾君とか見てみたいんだけど。」
「おじさんに教えて貰ってバッチリ覚えたからもうワタワタしないよ。今度からはきちんと着れる。」
「じゃあ、またビシッと着れてるかチェックしてあげる。」
「お願いします。…それじゃあ行こうか。」


湯上りのせいでいつもより少し熱い彼の手に引かれながら、館内のレストランへと向かった。
この旅館ではレストランでのバイキング式の夕飯と部屋食を選べる。あたし達はせっかく二泊するのだから一日目の夜はバイキング、二日目の夜は部屋食で予約を取っていた。
レストランに到着すると夕食時間開始早々にも関わらず、すでに半数近くの席が埋まり賑やかな雰囲気だった。並んでいる料理も目を惹く一品料理や地元の名産品などのメイン料理以外に、小ぶりだけど色鮮やかで可愛いらしい種類豊富なデザート、ドリンクコーナーにはビールやワインの他に地酒が置いてあったりと、それぞれのコーナーには数多くの逸品が並んでいた。
その中から少量ずつ幾つか好きなものを選んで行くとあっという間にオリジナルのプレートが出来上がる。健吾君が盛り付けたプレートと見比べると、これだけ多くの料理がありと言うのにあたしが選んだものと半分以上が同じものだった。もともとそんなに違いは無かったけど、最近より一層食の好みが似てきた気がする。同じものを同じ様に美味しいと感じられる味覚の持ち主と一緒にする食事は、普通に食事する何倍もの楽しさがある。
空いてる席に腰を下ろし「まずは旅行一日目お疲れ様、乾杯。」とグラスを合わせ、選んだ料理やお酒そしてデザートのどれも本当に美味しくて箸や口がほとんど休まる事無く、楽しく夕食を満喫した。

夕食を終え部屋に戻ると、仲居さんが夕食の間に敷いてくれたのであろう布団が部屋の真ん中に二組。
テレビドラマや漫画なんかでもこうゆう場面では登場人物達が意識しすぎて顔を赤らめたりするのがベタだし、今更こんな事でと思う関係ではあるけど、やっぱりちょっと照れくさいシチュエーションだ。
健吾君はというとそんな様子を見せる事無く、旅館に着いてすぐ冷蔵庫に入れてた缶ビールを二本取り出し広縁の方に向かって行った。


「乾杯しよ。」
「ふふっ。でも飲み過ぎは駄目だからね?明日、二日酔いで起きれなくなっちゃう。」
「まだまだ大丈夫、って真奈美さんだって知ってるでしょ?」
「知ってるけど念のため。」
「そう言う真奈美さんだって二日酔いにならないでよ?……ならないと思うけど。」
「その辺の期待は裏切らないから大丈夫。」
「ははっ、それじゃあ乾杯。」
「乾杯。お疲れ様でした。」


あっと言う間の一日だったなと思いながら飲むビールが咽喉を伝っていくのもあっと言う間で、一本空にするのに時間は掛からなかった。それはあたしだけではなく健吾君も同じらしくほぼ同じペースで缶を開けていく。
空になった缶を冷蔵庫の隣に置いたビニール袋に片付けて、代わりに冷蔵庫からまた新しいビールを取り出していく。そんな冷蔵庫と広縁の間を数回行ったり来たりしてる間にすっかり夜は更けていった。


「今日楽しかったね。」
「明日も明後日も楽しいよ。きっと。」
「そうだね。新しいビール取ってくるよ。」


空になった二本の缶を持って立ち上がり冷蔵庫に向かって歩き出すと、後ろから手首を掴まれそのまますっぽり背中から抱きしめられた。背中だけでは無く肩や後頭部に感じる健吾君の温もり。温泉とは違う温かさだが、とても心地良い。


「やっぱ、ビールはもういいや。」
「あれー?結構酔っちゃった?」
「少しね。」
「じゃあ、そろそろ寝ようか?」
「まさか。」


くるりと身体を反転させられ今度は正面から抱きしめられる。両手に持っていた空き缶が二人の間にあって、それが押しつぶされる様にぶつかっていつもよりほんの少しだけ痛い抱擁。


「真奈美さん、抱き心地ちょっと硬くなったね。アルミ缶みたい。」
「ふふっ、じゃあちょっとだけ力緩めてくれるかな?」


そう言ってほんの少しだけ腕の力を緩めてくれた健吾君と顔を見合わせて微笑み合えば、次の瞬間には引き寄せられる唇。触れ合うだけのキスは、互いの唇を割ってさっきまで飲んでいたビールの味が少しする舌を絡めるキスへと変わっていく。
チュっとリップ音を立てて離れて行った唇は、ゆっくり口角を上げて笑みを浮かべる表情に変わった。そのまま雪崩こむ様に二つ並んでいた布団の片方に倒れ込めば再開する甘い時間。

旅行一日目の夜はまだ終わらない。
幸せだと感じるキスと健吾君の体温を受け止めるこの夜が明けるまで。

 


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