:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

X:続く未来へ A


peace of mind


5分前に健吾君から「今から行くから」と電話を貰い、あたしは家を出る準備をしていた。
昨日の夜に必要な物を詰め込んでおいた大きめの旅行鞄を玄関まで運び、下駄箱から歩き易いけどオシャレで気に入ってる靴を出して置いておく。
部屋に戻る前、玄関の横に置いてある姿見で今日のコーディネートをもう一度確認してから、ソファの上に置いてあるバッグを開け、財布やハンカチや煙草などいつも持ち歩くものプラス今回の旅行の為にと計画を立てる用に買ったガイドブックがきちんと入ってる事を確認した。

あたし達は初めてのドライブも兼ねて、ここから2時間半くらいの距離にある温泉地に行く。
有名な温泉地なので一度は行ってみたいと思いつつも、程良く遠過ぎず近過ぎな距離のせいか「いつか行けるだろう」と逆にこれまであたしは旅行では訪れなかったし、健吾君も行った事が無いというので、この二泊三日の旅行の行き先に決めた。

それならばドライブがてらの旅行にしようと友達から車を借りる約束をして来てくれたので、土曜はその温泉街の散策と温泉を充分に楽しみ、日曜はせっかく車が使えるという事もあり更に隣県にある観光地巡り、月曜は帰り道の途中で何か美味しいものを食べたりお土産を買って早めに帰って来る計画を立てたのはあっという間の出来事。それからすぐに旅館の予約を取ってから旅行当日である今日まで、いつも過ごす1ヶ月よりも大分長く感じた。

楽しみが待ってるとどうしてこうも時間が経つのが長く感じるのか。そして待ちに待った楽しみはきっと待ってた時間の何倍もの速さであっと言う間に過ぎてしまうのだろう。
だけど、あっという間に過ぎてしまったとしても一瞬一瞬の思い出は胸に深く刻まれるに違いない。


(旅行は勿論だけど健吾君が運転する車に乗せて貰うのも初めてだしドキドキするな。忘れ物は…、無いよね。荷造りは念入りに確認しながらしたしガイドブックも持ったし。一応代打で運転出来る様に免許も財布の中にちゃんとあるし…。でも免許取ってから……え、8年も運転してないじゃんあたし。……でも念の為だしね。万が一の場合の為だし…。まぁ、何かあってもどうにかなるだろうし後になってみれば楽しかった思い出に変わるだろうし。うん!大丈夫!楽しみだな!)


そんな事を一人で考えていたら携帯では無く呼び鈴が鳴る。着いたら電話をくれるものだと思ってたけど、部屋まで迎えに来てくれたのかな?なんて思いながら玄関を開ければ、いつもと変わらない健吾君の笑顔があたしを待っていた。


「おはよう。」
「おはよう。着いたよって電話くれれば下まで降りてったのに。」
「二日分の荷物って結構多いと思ってさ。トランクに積むのってこの鞄だけ?」
「そうだけど、会社の大掃除で棚とか動かす女にしたらこれくらいの荷物運ぶのなんて全然平気だよ?」
「いいからいいから。戸締り忘れないでね?」


そう言って玄関にあった旅行鞄を軽々しく手に取った健吾君。なんて言うか、やっぱり健吾君のこうゆう所は相変わらず流石だなって思う。
普段のデートで健吾君があたしが使ってるバッグを持つよと声を掛けてくれる事は無いし、あたし自身も荷物持ちみたいな事をさせるつもりは無いし、街中でたまに見かける彼氏が彼女のバッグを持ってあげてるカップルに少し抵抗を感じる。
でもそうゆう荷物じゃなくて、スーパーなんかで買った食材とか重い荷物だとかは当たり前の様に持ってくれたり、買い物に行ってショッピングバッグ何かで両手がいっぱいになってしまえば片手分の荷物を持って空いた方の手を繋いでくれたりだとか。

健吾君は自分の行動や言動がどれだけ乙女心を掴むかを自覚していない。そして本当に無自覚だからこそ、付き合いが長くなっても変わらずにそれが続いて行く。

未だに、っていうかこうゆうのに弱いの多分治らない気がする…。なんて照れ臭がりながらソファの上に置いていたバックの中に携帯を入れて玄関に戻ると、健吾君はしっかりあたしの旅行鞄を持って玄関の前に出ていたので、さっき出したばかりの靴を履いて、玄関の鍵を閉めた。
健吾君の後ろに続いて階段を下りてアパートの前に出れば、ハザードをチカチカさせながら路肩に停められた車の前で立ち止まり「こちらが今日から三日間お世話になる、友人A君に借りた車です。」と畏まった口調で告げる健吾君が可笑しくて、あたしも畏まった口調に合わせる事にした。


「今日から三日間、きちんと友人A君に感謝しながら乗車させて頂きます。」
「遠藤君だから正確にはE君であって、A君では無いんだけどね。」
「ふふっ、何それっ。」
「何それって言われちゃうと困るんだけど。」


会った事は無いけれどたった今名前を聞いた遠藤君に「お借りします」と心の中でお礼を言って、助手席に乗り込みドアをバタンと締める音と、運転席のドアをバタンと締める音が重なった。


「それじゃあ行きますか。」
「はい。運転、そしてこれから三日間宜しくお願いします。」
「こちらこそ三日間宜しくお願いします。それじゃあ出発。」


あたし達を乗せて走るのは外装は白くて内装はベージュっぽい感じの小さくも大き過ぎもしない無い車。視界に入る助手席側のダッシュボードにはCDや洋画のDVDが何枚か無造作に置いてあり、目に着くものはあたしが知ってる健吾君の好みとかイメージとは違うものが多い。持ち主である遠藤君の好みなのだろう。
あまり車は詳しく無いけれど、何となく健吾君だったら黒っぽい車に乗りそうだなとか、ダッシュボードにはちょっとした物置く程度かなとか、DVDなら洋画じゃなくてあのバンドのライブDVDが置いてありそうだなとか、ちょっとした想像を膨らませた。


「あ、一応免許は持ってきたから!だからもし疲れたり具合悪くなったら変わるね?」
「2時間ちょっとの運転だし大丈夫だよ。体調もバッチリだし。真奈美さんがペーパードライバーだからとかじゃなくて、やっぱりこうゆう時は男が運転して連れてってあげたいって思ってるんだから心配しないで隣に乗ってて、ね?」
「……うん。」
「なんか納得いってない「うん」だね。あまり深く考えないでいつも通り楽しもうよ。」
「わかった。ありがとう。」
「そういえば車に乗ってから、ちょっと険しい感じだったけどあとは心配事無い?」
「え?あたし険しかった??」
「うん。気を張ってるって言うか考え込んでるって言うか。」
「あぁ、それはね…」
「それは?」
「……何でもなーいっ。」
「えー?そう言われると凄く気になるんだけど。」


今までは無かった車というシチュエーションに緊張してたり、万が一の場合はあたしが運転しなきゃという不安が相まって、健吾君には険しく見えたのかもしれない。

だけど健吾君の部屋やあたしの部屋では感じない車内に仄かに漂う車用の芳香剤の香りや座り心地の良いクッション。そして無造作に置いてあるCDの中の一枚でもラジオでも無く、シガーソケットから伸びる配線の先に繋がる健吾君の音楽プレイヤーから車内に流れる音楽。そしてさっきのやりとり。
横を見れば運転してる姿を見るのは初めてだけどいつもと変わらない健吾君の柔らかい表情。そしてさっきの様なやりとり。
あっという間に車内はいつもと変わらない穏やかで心地良い雰囲気に包まれ、すっかり今ではリラックスしてる自分が居た。

まだほんのちょっとしか乗っていないけれど、急な発進とかブレーキとかスピードが速すぎる訳でも遅すぎる訳でも無く、ハンドルをがっちり握り締め前方ばかりを気にしてる訳でも無く、片手でハンドルを握りながら煙草を吸ったり飲み物を飲んだりする余裕もあるし、私の事も気にしつつきちんと前方後方を気にしながら運転している。
車の運転には性格が出るって聞いた事があるけれど、健吾君の運転は彼の様にとても穏やかだと感じた。


「窓の外流れる景色とかカーステレオで聴く音楽って良いね。」
「そうだね。運転してると結構楽しいなって思うし。」
「ちょっと寄り道とかも出来ちゃうしね。」
「あ、そうだった。」
「どうかした?」
「昨日ちょっとルート確認してる時に、途中で寄りたいなって思った場所があるんだけどそこ寄っても良い?」
「いいよ。何処に行きたいの?」
「サービスエリアなんだけど、焼き鳥が美味しいんだって。」
「え、行きたいっ!」
「でしょ?そこのサービスエリア限定の名物とか多いらしいよ。」
「サービスエリアか…あ、ガイドブックに載ってるかな?」


膝の上に乗せていたバッグからガイドブックを取り出してこの旅行のルートを確認すると健吾君が言っていたサービスエリアが有った。目的地周辺の情報は調べてたけどサービスエリアは見逃してたと思ってサービスエリアの紹介ページを見ると、健吾君が言っていた焼き鳥らしき大ぶりな鶏肉がゴロっとしている写真はとても美味しそうだった。


「わー、美味しそうっ。」
「他に美味しそうなのある?」
「えーっとあとは、ご当地の名産を使ったソフトクリームが一押しだって。」
「じゃあそれも食べなきゃね。楽しみが増えた。」


視線を前方から一瞬こちらを向いて笑ってくれた健吾君にあたしも笑みを返す。運健吾君が視線を前方に戻したのであたしは窓の外に視線を向けた。
遠くまで広がる真っ青な空とそんな空に浮かぶ白い雲と流れ続ける景色や増えていく予定に「ドライブって楽しいな」と頬を緩めたのと同時、頭の上にポンポンと温かな感触。
それが何なのか確認するまでも無く分かったし、不意打ちの温もりに益々緩んでしまいそうな表情を隠しながら運転する健吾君の方にもう一度視線を向けた。


「こら、運転に集中してください。」
「道なりだし大丈夫だよ。」
「それじゃあ、あたしも健吾君の頭撫でて良い?」
「え?動揺してハンドル降り切っちゃうかもよ、俺。」
「予告したから大丈夫でしょっ。」


予告なんかしなくてもそんなに動揺しないくせに、といつも健吾君にやられっぱなしでちょっぴり悔しい気持ちを込めて健吾君の頭をポンポンと数回撫でると、窓越しの日差しで少し温かくなっていた彼のふわっとした髪の感触が気持ち良かった。


「……対向車とか傍から見たら俺達バカップルみたいじゃない?」
「だったらこうする?」


私の頭を撫でていて健吾君の手を取って繋ぎ直し、握りしめたその手を運転席と助手席の間に乗せる。さっき感じた髪の温度よりは低いけれど掌に伝わる温度はとても温かい。
健吾君はやっぱり動揺なんかしてないけど、まるで日向ぼっこして気持ち良さそうな猫みたいに一瞬目を細めてギュっと繋いだ手に力を込めてくれた。


「俺は運転に集中しなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
「道なりだから大丈夫なんでしょ?」
「うん、大丈夫。真奈美さんも初めの緊張してたっぽい感じすっかり大丈夫そうだね。」
「乗ってすぐは険しそうに見えてたみたいだけど、今とってもリラックスしてる。」
「俺の運転は不安そうだったもんね。」
「だから、最初から健吾君の運転に不安なんて感じてないってば!」
「俺ちゃんと安心ドライバーになってる?」
「ふふっ、安心ドライバーって何それ。……でも、うん。健吾君は安心ドライバーだね。」
「じゃあ、三日間きちんと安心ドライバーで居続けるよ。」


運転に限った話ではない。
健吾君はいつだってあたしに安心を与えてくれる人だ。
そんな事をあたしが想って言葉を紡いだ事を彼はきっと知らない。

 


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