:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

X:続く未来へ @


itinerary


「旅行?」
「うん。来月の連休にでも泊りでどっか行かない?」
「いいね!行きたい!」


頻繁では無いにしても20代前半の頃はある程度の頻度で友達などと行っていた旅行も、ここ数年は仕事の都合や友達との予定が合わなくて行かなくなっていたし、泊まる準備をして出掛けた事と言えば電車で2時間ちょっとの実家に帰るくらいになっていた。
健吾君と付き合ってからの遠出と言えば日帰りで充分な所だったり、お泊りと言えばどちらかの家で。
なので健吾君からの提案は青天の霹靂というか「旅行なんて暫く行ってなかったからそんな発想無かったな」なんて思うくらい、あたしの頭の中から旅行という発想が無くなっていた事に少し苦笑いを零しそうになった。
とは言え今までに行った旅行は楽しい思い出ばかりだったし、ましてや健吾君と初めて二人で泊りがけの旅行となれば、今までのデートや泊まりとはまた違った楽しみが自然と募り始める。

始まったばかりの旅行の計画立て。既にワクワクする気持ちが溢れ始めているが、問題がひとつある事に気が付いた。

あたし達は付き合ってすぐの頃、デートの場所を決めるのに凄く時間が掛かった。それは互いの主張が強いとか優柔不断だとかの理由では無く、自分より相手の気持ちを優先させたいという気持ちからか互いに「行きたい場所とかやりたい事で良いよ」と言ってしまうからだ。
だけどいつまでもこれじゃあ埒が明かないとジャンケンで勝った方が行き先を決めたりする時も有れば、一方ばかりの意見に偏らない様にどちらかが「あそこに行きたいな」と自発的に場所を提案する様になった。

そんな風にデートの予定を決める様になったが今回は初めての旅行な訳である。きっと楽しい旅行になるんだろうなと思いつつ、これは久しぶりに行きたい場所の譲り合いになって行き先を決めるのは難航するかもしれない。


「健吾君は何処か行きたい所ある?」
「俺?俺は真奈美さんとだったら何処に行っても楽しめるけど……って真奈美さんも同じ事言いそうだね。」
「そう。それで行き先が決まらなくなるパターン。」
「それじゃあ具体的な場所はとりあえず置いておいて、とりあえず頭に浮かんだ場所を「せーの」で言わない?」


まるで悪戯でも思い付いた様な笑顔を向ける健吾君。悪戯どころか、ゲームの様にする事によって変に互いに気を遣ったりするどころか楽しく行き先を決める名案だなと思った。
こうゆう健吾君の発想には正直助けられる。年下だけどあたしよりよっぽど大人で頼もしい。

それなら単純に「旅行」ならやっぱり温泉とかに行きたいな。と、ぼんやりひとつの事が浮かび始めれば健吾君が行きたそうな場所に合わせるとかじゃなくて、あたしが彼と何処に行きたいか何をしたいかが次々と浮かび上がってくる。
幾つか候補が思い浮かんだけれどやっぱり最初に浮かんだ場所が良いかな、と考えをまとめた所で健吾君の方に視線を向ければ、彼も楽しそうに何かを考えている様だ。


「決まった?」
「うん。真奈美さんは?」
「あたしも決めた。」
「それじゃあ、いくよ?…せーの、」
「「温泉。」」


綺麗に重なった二人の声。
あまりにも綺麗に重なり過ぎて、顔を見合わせたあたし達はどちらともなくクスクス笑い出した。


「……何て言うか、流石だね。」
「ふふっ。以心伝心ってやつ?」
「それじゃあ温泉は決定ね。次はどこの温泉地に行くか。」
「うん。泊るならやっぱり露天風呂がある温泉旅館とかが良いな。」
「いいね。それから旅館だけじゃなくて他にも行きたい場所考えなきゃ。」
「それと、目的地だけじゃなくて細かな移動手段も考えたりしなきゃだよね…。時刻表とかも見ておかなきゃ後々困るかもしれないし。」
「それだったら現地でレンタカー借りれば良くない?高速使って行けそうな距離だったら、最初から車でも良いし。」
「え?」
「え?って?……え?」
「いや、あの、車…。」
「あぁ…。普段は電車通勤だし困らないから車持ってないけど、実家に帰った時とか友達とどっか遠出する時とか結構運転したりするよ。……って、真奈美さん俺の運転じゃ信用ならないみたいな顔しないで。」
「ううん、そうじゃなくて!あたしも一応免許は持ってるけど免許取ってから運転なんてしてないペーパードライバーで、車を使うって発想が無かったから単純に吃驚しただけ。」
「そう?でもレンタカー借りてしまえば郊外の方とかでも自分達のペースで見て回れそうだし、行きたい場所の選択肢も広がるだろうしさ。初めから車で行くって言うなら借りる当てもあるし。俺の運転で不安じゃないなら、の話だけど。」
「だーかーら!吃驚しただけで別に不安じゃないってば!……むしろ、ちょっと健吾君の運転する車に乗ってみたいし…。」
「………。」
「健吾君?どうかした?」
「いや、真奈美さんのそうゆう所やっぱり可愛くてずるいなって。」
「は?何それ。」
「急に可愛い事言ってくれる所とか、そうやって可愛いって言ったら照れる所とか。」


そうやってあたしの心を掻き乱して手の上で転がしてる様な健吾君の方がよっぽどずるいと思うけれど。と口にしたい気持ちを抑えた。これまでの経験上こう言ったやりとりをするとあたしばっかり何だか恥ずかしいと思って、健吾君を照れさせようとするのだけど、そんなあたしの思惑が簡単に通る無く結果的にあたしだけが打ちのめされる事が圧倒的に多かったから。
いっそ甘い雰囲気の方が素直に甘える事が出来る。特別な言葉なんか無くったって互いの存在を確かめ合いながら強がりや建前なんか要らない時間と空間の中でなら、あたしは自分でも驚くほど素直になれる。なのに、いつまで経ってもあたしは不意打ち、しかも面と向かって「可愛い」と言われる事には慣れないし、そう言った言葉が恥ずかしくて仕方ない。


「……いつかその頬を真っ赤に染めてやる…。」
「え?」
「何でもなーいっ!」
「……俺だって普通に照れる時は照れてるよ。あんま顔に出てないみたいだけど。」
「……聞こえてたんじゃんっ!何が「え?」だ!」
「ははっ、それより行き先決めなきゃね?」


それから健吾君と大体の旅行プランを練り後は各自で行きたい場所を検討するという事で、今日はひとまず旅行の話をお終いにした。

さっきみたいにじゃれあいながら旅行の計画を立てる時間と同様に、旅先でもドキドキわくわくがたくさん待ってるんだろうな。
そんな事を考えながらバッグから手帳を取り出し、来月分のカレンダーにふわふわした気分で赤丸をみっつ並べて書き込めば、隣に居る健吾君もふわっとした笑顔でその赤丸を眺めていた。


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