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大怪我とまではなかったものの厄介な傷を負ってしまった。霊力の消耗は激しく、斬魄刀も、折れなかったとはいえ無理をさせてしまったせいで腹を立てている。
でも、もし言い訳が許されるなら、これは中途半端な報告をした調査班のせいだ。

いつもと変わらない虚討伐のはずが数も能力も出現場所も何もかもが報告と違い、だからこそ私たちは混乱して手間取ってしまったのだ。

伊勢副隊長たちは急いで駆けつけてくれたのだけど、圧倒的な数に押されて苦戦を強いられ、こんな傷を負う羽目になったわけだった。
私たちは満身創痍で、でもなんとか、死にたくないという恐怖だけで動いていた。
これ以上は腕が上がらないと安らかな倦怠感が体を包み込んだ直後、私の無駄に広い視野に虚の太く長い腕がにょっきり差し込み、それが、伊勢副隊長を狙っていると気づいてしまった。
彼女を突き飛ばした後は、目の前が真っ暗になったのとむせ返る血の匂いに吐き気がしたのをよく覚えている。中途半端な善性のせいだ。私はすぐに後悔した。

誰かの絶叫が響く。
お腹を貫く熱。
衝撃。
鉄の味が口いっぱいに広がる。
寒い。
息ができない。
誰かの、腕。 

こんなことなら京楽隊長に好きだって、伝えたらよかった。何かが変わるわけじゃないだろうけど、言っておけばよかったのだ。死ぬぐらいだったら。

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気づくと、四番隊の治療室にいた。まっさらなベッドの上、消毒液の独特な匂いがぷんぷんする部屋の中で、虎徹副隊長が今にも倒れそうなほど苦しげな顔で私を見つめていた。
体の傷そのものは大したことなかったらしいが、霊力そのものの損傷が激しく、魂魄にまで影響を及ぼしているらしい。つまりどういうことか、考えたくもなかった。


「明日の朝、また来ますからね。ゆっくり休んでください」


治療室から入院部屋へ移動すると、同じ班の同僚と伊勢副隊長もそこに寝かされていた。
目を閉じてしばらく、冷え切った指になにか温かいものが触れた。いつの間にかそばに立っていた京楽隊長が、包帯に巻かれた私の手を撫でていたのだ。


「…隊長……」
「聞いたよ。七緒ちゃんを庇ったんだってね」
「…そんな大それたことは……ただ必死で」 
「それでもさ。七緒ちゃんを助けてくれてありがとう、なまえちゃん」
「………いえ」
「痛むかい。しばらくは休隊して治療に専念した方がいいかも知れないね」
「は、い」
「なまえちゃんがいてくれて本当に助かったよ。七緒ちゃんをありがとう」


その声で私の名前を呼ばないで。
その手で私に触らないで。
あのとき私、死ねばよかった。死ねばよかった。足掻いたりせず、あの人を庇ったりせず、どちらかが殺されるのを待つべきだったのに、どうしてあの時体が動いてしまったんだろう。
京楽隊長はするりと背中を向けて、伊勢副隊長が眠っているであろう奥のベッドを振り向いた。
私も二人に背中を見せて寝返りを打つ。
怪我の痛みや不快な痺れより、彼女に寄り添う背中を見せられることの方がずっとずっと苦しく、痛く、私に死にたいと強く思わせた。


「なまえちゃん」
「…な、んでしょうか」
「七緒ちゃんが目覚めるまでは此処にいるからね」


返事は、できなかった。
あのとき私、死ねばよかったの。
休隊した隊員の中で何人が復帰を果たしたか、彼は知っているだろうか。だいたいの者は使い物にならず除籍処分を受けている。きっと私もそうなるのだ。そう、なるべきなのだ。私のためにも。


愛に喪服を着せたなら。



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