ゼルダの伝説
〜A bloody score〜


中は埃を被った家具に、欠けたガラス、針を止めた時計など、誰かが生活するのにはあまりにも寂れてしまった光景が広がっている。森の木々による日光の遮断も相まって、外とは全く違う暗さを保っていた。ガノンドロフが歩く度、長らく手入れをされていなかった周辺からむせるような埃が舞った。

「メグ、いるな?」
「はい。お久しぶりですガノンドロフ様」

ふわり、と浮かび上がった姿は、人ならざるものだった。紫で統一された衣服を身に纏った体は、透き通りその先が見えてしまっている。しかし容貌は恐ろしい程整っていて、幽霊である事実に拍車をかけていた。

「勇者…?」
「別人だ。今はな。お前に聞きたい事がある」
「何でしょうか…」
「お前は楽譜の在処を知っているのか?」

その問いに、メグは動揺を隠せないようだった。知られてしまったという恐怖か、はたまた何故知っているのかという困惑か。おそらくその両方であろうが、ガノンドロフは気にせずメグから視線を逸らさない。

「はい。し、しかし…駄目です。あれは、あなた様の力でも、支配できない程危険なものなのです。」
「良かった、つまり知っているんだね」
「何故、あなたが知っているのですか勇者」
「今はリンクだけれど、私自体はそれと同じ時に生きたからだよ」

メグは、リンクの言葉によりいっそう目を見開いた。限られた者しか知り得ない事を、姉妹達ですら知らない事を、この少年が知っている。その時漸く、メグは事態が飲み込めた。末の妹であるエイミーの占いの危惧は当たっていたのである。

「ガノンドロフ様、楽譜をどうなさるおつもりですか」
「使えぬ物に興味はない。『リンク』…いや、リンクに消させる」

ガノンドロフの言葉に、メグはひとつの憶測を立てた。もしかしたら、その楽譜を消し去ると同時に、この少年も消し去るつもりなのではないかと。勇者と楽譜、厄介者を消し去る強かな考えで、この男は動いているのではないかと。

「…そうですか、分かりました。リンク様、楽譜はレギット様達によって、城の地下深くへと封印されたと、文献には書かれております。」
「ケポラゲボラはそれには?」
「ケポラゲボラ様、ディット様のみ、それには関わらなかったそうです」

懐かしい名前を聞いた、とリンクは笑った。しかしそれは決して良い意味ではないと、二人は瞬時に悟る。目が、全く笑っていないのだ。それに、メグは恐怖を感じ、ガノンドロフは滑稽さを感じた。

「行き方は?…いや、聞く必要はないだろうね」
「どういう意味なのです?」
「このリバースソードと、守り手の弓矢。これらを持ち出さなくては収拾できない事態。意味はよくわかるだろう?」
「では…やはり、甦って…!?」

完全な意味で甦ったという事実。それに対抗するために、遺された遺産。その先にある未来を知ってなお、刃を振るう少年。もう、メグは止めようとは思わなかった。そこにある真実が、あまりにも残酷過ぎて。
ガノンドロフは、リンクをちらりと見やった。そこには、あの勇者と瓜二つの【勇者】。そしてその目の光は、変わらず冷たかった。

「おそらく、もう地上に出てきているだろうね。私の手の届かない所にか、もしかしたら、私を返り討つ為に待っているか」
「楽譜に意思か…記述の通りだな。しかし、ならばまだ城の付近にいるだろう。あそこはまだ、格好の餌場だ」

餌とは、血の事である。かつて、幾万の命を吸い込んだそれは、未だにその飢えを満たせずにいるのだと、リンクは憐れなようにも思えて仕方無かった。だが、容赦をするつもりも無い。

「有難う、メグ。彼と会ったら、君の事を伝えておくよ」
「はい。…ご無事で」

リンクは、直ぐ様踵を返すと、扉へと歩いていく。ガノンドロフも、メグに何を言うでも無く外へと向かった。
残されたメグは、一人ぼんやりとして、彼等の去った後の扉を見ていた。そこに、遠くから覗いていた者達―――ジョオやベスが、不安そうに近づく。

「御姉様、大丈夫なの?深刻そうな話だったけど」
「そうよ、メグ姉様…辛そうな顔をしてるじゃない」
「大丈夫、大丈夫よ…エイミーには、この事は言わないでおいて」

二人は、訳も分からないまま、メグの言葉に頷いた。メグは、エイミーにだけは、知らせてはいけないと感じていた。天性の吉凶を占う能力と、姉妹随一の優しさは、互いにアンバランスで、故に危険だからだ。失いたくない家族を、これ以上過去で縛ってはいけない。

「御姉様…」
「あの少年は」

メグは、何処かで期待していた。冷たい光の奥の、本当の感情に。友人の信じた、その存在に。
メグはそれ以上は語らず、静かに祈った。その本当の意味は、姉妹たちですら知らない。


*******


扉を出て、すぐの辺りに、リンクは佇んでいた。これから向かうべき場所と、そこにある物に向けるように、見えもしない森の奥深くから、じっと睨みながら。
手に握る柄が熱い気がする。背負った弓が重くなった気がする。リンクの中で、明らかに何か『感情』らしきものが、生まれ始めていた。

「行くのか」
「ああ、やっと準備が整ったからね」
「本当に城にあるのか?」
「今はもうその場所にはないだろうね。使い勝手のいい器でも見つけているだろう」
「ほう…動けない物がどうやって?」
「死者すらも魅力する、旋律を使ってさ」

リンクは、リバースソードを高々と掲げた。あの日使ったまま、数え切れない年月を経た筈が、それは変わらぬまま銀の光を放つ。後ろに背負う矢も、残り三本。

「さあ、さよならだ。君に会えた事を嬉しく思うよガノンドロフ。君は間違いなく王に足る人物だった」
「まさか勇者から言われようとはな。期待しているぞリンク」

リンクは、お決まりの薄く浮かべるだけの笑みを見せて、一人歩いていく。ざわざわと流れる風は、本来の勇者が受けた事のある風よりも幾分か強い。ガノンドロフは、リンクが見えなくなるよりも少し早く、リンクに背を向け、音もなく何処かに去った。リンクはそれを感じながら、振り返らずに城の元へと急いだ。


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