ゼルダの伝説
〜A bloody score〜




町の外の空と切り離された固有の空間。数日見なかったこの場所は、当たり前のように終わり無き漆黒に沈んでいた。瓦礫の積み重なる町のあちこちに、慟哭のような嘆きを絶えず響かせる屍も、自分達のあるべき姿を忘れ、未だに眠りにつくことなく歩き回っている。リンクは、今度はオカリナを吹かずにその中心を歩いた。足を止めようとする視線が、リンクに降り注ぐ。しかし、リンクの足は止まらなかった。何かに導かれるように、ただ真っ直ぐに進んでいく。
町を城側に抜けるその手前に、幼い少年がいた。否、少年のような者が。
胴体両腕は一人の少年のものだろう。だが、両足は恐ろしく華奢だった。そして首には、目を失った衛兵の腐りかけた首。全てがバラバラだった。

「狂った旋律に、侵されてしまったか…」

その胸には、根を張るように一冊の本が埋め込まれていた。描かれた旋律も、それに見合う筈の白い紙も、鮮血とは程遠い色に染まっている。生きる筈のないそれは、死者の鼓動に合わせるように拍動した。

「私を殺すのか、それとも…どちらにせよ、待たせてしまったようだね。楽譜よ」
相手は、何も答えずただ黙している。リンクは答える声を失っているのかと思ったが
、すぐにそうではないと理解した。声帯に異常を来してしまっているかのような音で、まるで咆哮を上げるように叫び、それはやがて狂ったような嘲笑へと変わった。鼓膜を震わせるそれに、リンクはあからさまに顔を歪める。

「やはり、私がやらねばならないようだ。あのリンクには重すぎる」

そうは言ったが、元よりリンクは、この役を誰かに任せようとは思っていなかった。あれを還すことができる刃も、あれと戦うべき宿命も、自分以外が負うべき事では無いと、口にはせずとも誰より自分が納得していた。それだけの業を、生み出してきた事実という毒を飲んで。

「さあ、もう忌々しい歴史は終わりにしよう」

その言葉を境に、周りの屍達がリンクに群がり、命を貪ろうとしがみついてくる。だが、リンクは至って冷静だった。振り上げた刃は次々に敵を薙ぎ払い、四肢を切断する。数分と経たないうちに、周囲は本来あるべき姿へとなった屍達が朽ち果てていた。それらは優柔な炎へと姿を変え、その場から消え去っていく。
全てが消えた時、もう楽譜はそこにはいなかった。

「君も、死ぬのが怖いんだね。…もう、逃げ場なんて無いのに」

死とは絶対である。故に生は存在する。リンクは知っていた。その意味から、あの楽譜だけでなく、自身も外れてしまっている事を。異端者として、何処か近くに存在している事を。
リンクは、楽譜がいるであろう城へと向かった。ガノンドロフに襲撃され、既に崩れ落ちたその城に。
再び握った剣が、リンクに応えるように煌めいた。


*******


深い深い、闇とも言えない黒の世界。
城と呼ぶに相応しくない場所を通り、かつてこの世のリンクとゼルダ姫が出会った場所へとリンクはたどり着いた。その中心に空いた穴、むしろ地獄への誘いのために開けられた口のような所から、リンクは躊躇い無く身を踊らせた。その先は、黒と生々しい異臭のみで満たされ、リンクの感覚を狂わせる。迂濶に動けば何が襲い来るか分からない。それを分かっていながらも、リンクは足を前へと動かした。入り口からの微かな光も、もう暗闇に完全に飲み込まれてしまった頃、突然、リンクは腕に熱を感じ、それがじわじわと痛みという感覚へと変わっていくのを感じた。触ってみれば、ぬるりと妙に生暖かい感触がする。

「ちっ…」

そのまま追撃が来るのかと思いきや、また変わらぬ沈黙が辺りを包んだ。全身に張りつめた警戒も、無意味であるかのような雰囲気に、リンクは目を細める。

「…久しぶりだ。こんな場所を見るのは」

記憶に残る幼少の時の居場所。息苦しいそこは、今自分がいるこの場所に酷似していて、リンクは吐き気がした。
ゆるり、と見えない手を動かしてリンクはオカリナを取り出した。冷えきったそのオカリナは、こんな場所でも気高くあるのだろうと思うと、無性に笑いたくなる。あんな王家の持ち物だと言うのに。
自分の気持ちとは裏腹に、オカリナは独自の透き通った音色を響かせた。リンクは確かめるようにひとつひとつ、ゆっくりと息を吹き込む。そして、もうリンクしか吹くことがないだろう、忘れ去られた旋律を、リンクはやはりゆっくりと奏で始めた。
その名前は―――【終焉のカノン】
ひとつ音が鳴る度に、何かに光が灯る。繰り返される音律に、しだいに橙色の光が満ちていく。暗赤色の水面を照らし出した光は、リンクが吹き終わる頃には空洞の奥深くまで渡っていた。


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