ゼルダの伝説
〜A bloody score〜


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コツン、と軽い音が四方に響く。永遠に続くかと思われた暗闇は、予想外に早く地面との再会を許したようで、リンクの足下には誰かに作られた石畳が広がっている。中はひんやりとしていて、むしろ外より整っている印象を与えた。上から流れる滴が、場違いな程に澄んだ音を立てる。

「アウラ…」

リンクは、独り言を言うように名前を呼んだ。勿論、リンクは返ってくる声を望んではいない。それがこの世の理で、ある種の幸福であると、自身がよく知っているから。
些細な音が谺する。足を進めるだけでも騒々しく感じ、リンクは二度と目覚めない愛する人の安眠を妨げるのではないかと危惧するが、これから自分のする事がどれ程罪深い事で、こんなことなどと比にならないのだと考えると、自然と自嘲の笑みが零れた。
見えてきたのは弓に施された模様と似たようなものが描かれた扉だった。両脇に一組の炎が揺らめいている。リンクは二、三段しかない階段を上り、刻まれた模様を見た。そして一通り見渡した後に足下を見ると、炎を食らう二匹の龍が刻み込まれていた。絵の中の炎は龍の牙を焼きながらも、荒れ狂う龍に飲み込まれている。
リンクは扉の上にある目の形をしたスイッチを射た。瞬きをするように一度閉じたそれは、何事も無かったかのように再び開かれる。しかし、何処から来たのか、その場にいるのはリンクだけではなかった。

「フリザドか、成る程」

リンクは凍てつく吐息を避けつつ、フリザドに近寄っては遠ざかる。スライドするように動きながらフリザドは確実に照準を合わせていく。リンクが再び近づき、敵が吐息を吐いた時だった。

「まず、ひとつ」

燃え盛っていた炎が消える。リンクはそれをちらりと見ると、同様にしてフリザドをもう片方へと誘導した。機械的に繰り返されるそれを上手く操りながら、リンクはもうひとつの炎も消した。途端辺りが真っ暗になり、自分のいる場所すらも見えなくなった。
しかし、リンクは見えているかのように、弦を引いて、敵を射った。氷の砕ける音と、低い叫び声が聞こえ、リンクが暗闇に慣れてきた目を向けると、そこには欠片も残ってはいなかった。
リンクはまた扉の前に戻り、扉の模様を見る。淡く暗闇の中で光る文字が、先程は何も無かった筈の所に点在している。リンクはそれを読み取ると、研ぎ澄まされた音を奏で始めた。その手には、時のオカリナ。
それに応えるように、扉のむき出しの歯車が動き、重々しい音を立てた。同時に、リンクの全身を緩やかな風が吹き抜けた。

「久しぶりだね、アウラ」

リンクはゆっくりと進み、部屋の奥の中央の台座の傍に立った。台座の色褪せた布の上に、干からびたミイラが横たわっている。何時からあったのだろうか、ミイラの衣服は時の流れに朽ちてしまっているが、ミイラ自体はどこにも欠けた部分が無く、完全なままである。余りにも不自然過ぎるそれを、いとおしむように、リンクは枯れ木のような肌に触れた。

「長い間、待たせてしまったね。アウラ、これで本当にさよならだ」

リンクは、そう呼び掛けると、ぐっと体を折り曲げ、自らの額をミイラの額へと当てた。過去に感じた温もりが、もうここには存在しないと、分かっていた筈なのに、リンクは自分の胸の辺りが苦しくなるのを感じた。
罪悪感か、無力感か。

「アウラ、きっと君は笑顔で私を許すだろうね。君はいつだってそうだった。笑うことを忘れた私の分まで、笑っていてくれた」

やりきれない思いが、リンクの中を支配していく。自分の足が止まる前に、とリンクは顔を上げた。

「罪深い私を、今度は許さないでくれ」

リンクはミイラの体を突き破り、体内へと手を伸ばした。胸部が砕け、人が発する筈のない乾いた音がリンクの耳に響いたが、それでもリンクは『少女』の奥のものを掴むため、手を引く事はなかった。見えない中にかすった手応えを感じ、一気に引き抜く。ミイラの全身が砕け散り、一本の刃が代わりに現れた。それは虚しい程に光を放ち、闇の中でも十分な程存在を主張している。

「さあ行こう【リバースソード】。また私と共に。」

その言葉が聞こえたと同時に、ミイラが砂へと変わっていく。微かに吹く風に、それは流れて辺りへと舞った。最後まで残っていた頭部に向かい、リンクは手を伸ばした。全てが砂へと変わる直前、一瞬だけ触れたそれは、生前の彼女とは全く似ていないもので、リンクはその時漸く、『時』を感じた。

「待っていなくてもいいから、今度は」

それ以上の言葉は、音として現れる事はなかった。静寂が満ちる空間に、ただひとつ滴が大地を打つ音がした気がしたが、リンクはそれを確かめようとは思わない。
少し小さな体には、多少重くは感じたが、リンクには慣れ親しんでしまったそれは、簡単に過去の記憶を呼び戻す。

「これで、もう私は独りだ…」

噛み締めるように言う。刀身に映る自分は、一体どんな顔をしているだろうか。リンクは目を細め、台座の横の小さな燈から光を受ける刃を見た。
映ったのは、リンクとも『リンク』ともとれない、少年の顔。

「ああ…そうだったね」

リンクは何とも複雑な顔をした。もう、自分一人となった筈なのに、そこにいたのは。

「君も、まだ傍にいてくれるのか」

古くもない記憶を呼び起こし、笑みが零れる。本来なら会う筈のなかった人間に、こうして救われるとは。奇妙な思いに駆られながら、そしてリンクは再び地上へと向かった。


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