ゼルダの伝説
〜A bloody score〜


*******


暗闇にぼんやりと紫暗の魂が浮かび上がる。並べられた瓶の所々には、狂ったように歓声を上げる燈色の魂もあった。何に使われるのか、想像すらも至る事ができないような器具が掛けられた壁に、申し訳程度に点された灯りが、辺りを不気味に照らし出す。その奥の人物に、リンクは声をかけた。

「店主、頼みがあるんだが」
「キヒヒッ、こりゃあ驚いた。珍しいお客だ」

お客、というよりは品定めといったような視線を受けながらも、リンクは臆する事無く交渉に移る。

「譲ってもらいたい物がある」
「そりゃあ、もしかして金を積んでどうにかならないもんじゃないのかい?」
「それを決めるのは貴方だ、しかし、交渉に使うのは、私自身の魂だけどね」
「ほお、興味深い話じゃないか」

カウンターに身を乗り出して、意気揚々と言葉を待つ店主。リンクはうっすらと笑みを浮かべながら、自分の求める所を言う。

「弓が欲しい。そしてそれに見合う矢も。貴方なら持っているんじゃないかな、【守り手】の弓矢を」
「成る程、確かにあれは金じゃ譲れん。渡すべき者の魂と引き換えでなくては」

店主はニヤリと笑う。深々と被られたフードの隙間から覗く口元が見えるだけでも、その顔がどれだけ滑稽に歪められているかを知るのは、難しくなかった。リンクは無表情に、店主に向かう。

「お前さんが、その受け取り手という証拠は?」
「その物にこう刻まれているだろう、『親愛なる君へ、この先で待つ』と」
「所持者の名は?」
「貴方は名を知らない筈だ。…彼の記録も抹消されている」
「よろしい。本物のようだ。」

そう言うと、店主は奥へと隠れ、暫くして両手にモノを携えて帰ってきた。異質、そうとしか思えない雰囲気のそれは、淡い暗緑色を放っている。技巧を凝らされたろうその姿は、幾年月を過ぎたとしても得られないような、一矢放てば壊れてしまうのではないかという程古びたものであった。

「間違いはないかね?」
「確かに。矢は、誰かの手が加えられているようだけれど」
「先代さ。もっとも、我等に代など有って無いようなものだがね」

リンクは調子を確かめるように、弦を弾いた。弛みのないそれは濁った音を生み出し、静かに震えて元へと戻る。複雑な模様の中の刻まれた文字は、一字一句間違う事無く、リンクが話した内容が遺されていた。そしてその下には、削り取られた部分が修正を受けずに存在している。一瞬、リンクの目が細められたのを、店主は見逃さなかった。

「まあ、ここにそれがあると知っていた時点で、お前さんは本物に違いなかったがねぇ」
「構わないさ。これさえ手に入れば、彼処に行けるからね」
「おや…墓暴きとは感心しない」

「ははっ、むしろ今私以外で彼処に入ろうと言うものがいるなら…それこそ許せない」
店主は、懐かしい恐れを感じて、その身に走る戦慄に高揚した。生者でも、死者でもない自身に、まさかこのような思いをさせられる者が居ようとは。それは過去の『自身』の記憶の中にも数えられる程しかいなかったが、まさか今こうして経験できるなんて。店主はリンクを今一度まじまじと見つめた。

「面白い子だ。本当に惜しい。…しかしその分、その魂は価値がある」
「こんなもの、欲しければくれてやるよ。全てが終わったらだけどね」
「キヒヒッ、こりゃあ楽しみだ」

リンクは耳障りな声を無視して、出口へと向かう。店主は黙って、不相応な体と、その背中に背負われた弓を見送った。リンクが進む度に、静まっていた筈の魂が狂喜する。それが、店主には可笑しくて堪らなかった。
扉の軋む音が聞こえる頃には、もう静寂しか残ってはいなかった。不気味な空間に、再びつまらない時間が訪れる。

「この先で待つ…か」

ポツリと溢れた言葉は、店主の頭の中の記憶を引っ張り出した。この言葉を言った彼は、どんな顔をしていただろうか。自分が何を思い出しても、今は自分に笑いをもたらすだけ。
それはリンクに対してか、はたまた店主自身に対してか。

「その『彼』と同じ所にいけるとは、到底思えないがね」

薄暗い灯りが、一つ消えた。その呟きのみが、じわりじわりとその場に染み込み、やがて誰が知ること無くそこから消え去った。


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