ゼルダの伝説
〜A bloody score〜




城下町を、空から見下ろす者がいた。翼を休める憩いの場所も、魔物によって退廃させられてしまった町には、もはや存在していない。赤黒い天候のみに支配され、朝も夜も無くなってしまったその町に、翼はこれ以上近寄ろうとはしなかった。未来を託された少年は、今どうなっているだろうか。翼は憂いを表すように、大きく羽ばたいた。

「何故、今なのか…!」

問いに答える者はいない。蔓延る死者達は、その嘆きを嘲るかのようにうめいた。数年変わらぬ風景に、背を向けようとしたその時、聞き覚えのある旋律に彼は目を見開いた。
漆黒の空に、一瞬の光が宿る。町に響いていた死者達の声が止んだ。町を見渡す彼の瞳に、深緑の衣服を纏う少年が映し出され、彼は驚愕を隠せないままそこに急いだ。

「…変わってしまったか」

少年は言う。見た目は然程変わってはいないが、明らかに何かが違っている。そう感じながらも、翼は少年に近寄った。
町の中の切り取られたような場所、その少年の周りだけが確かにそうなっていた。

「おや、君は…」
「まさか…お主だというのか…」
「そうだよ、ケポラ・ゲボラ。久しぶりだね」

ケポラ・ゲボラは更に驚愕の色を深めた。本来、ここにいてはいけない筈の者が、今目の前にいる。その事実の上に、この世界の勇者の体の中に存在しているという事が重なり、ケポラ・ゲボラは名を呼ぶのを躊躇う程に困惑した。

「もしかして、君にとっては、私こそが災厄のようなものなのかな」
「…『リンク』よ、あの子に何をした」
「何もしてないさ、そして今私はリンクでしかない。含みのある言い方は止めてほしい」

ケポラ・ゲボラはゾッとした。本当に、リンクが『リンク』によって失われてしまったのではないかと、そう思わせる程に、目の前の『リンク』は飄々としていた。

「楽譜は、今どこにある」
「あれはあの日、君達が封印したんじゃないか。力を怖れて、そして、私を恐れて」
「ならば、あれはお主の仕業ではないと?」
「あれには意志がある。今回のガノンドロフの一件で、血を吸い目覚めただけだろう。…君達が生かしたばかりにね」

声のトーンが幾分か下がっただけであったが、それは相手を射殺す程の冷徹さを孕んでいた。ケポラ・ゲボラは飛び去りたい気持ちを抑え、相手を睨み付ける。しかし、自身の中で既に後悔が生まれ始めていることに、ケポラ・ゲボラは気づいていた。あの時、本当にあれを生かしておいて良かったのかと。
力、それは必ず利益と損害を与える。あの力は確かに王家の絶対的な維持には役立った。しかし、それ以上に負うべきリスクは大きすぎたはずだ。

「懐かしいね、本当に。そして浅はかだった。彼女は…それを分かっていたんだ」

忌々しげに放たれる言葉は彼女を境に哀しみの色を帯び、もう二度と触れられる筈のないそれを握り締めるように、『リンク』は固く拳を作る。

「…ねえ、ケポラ・ゲボラ。殺してほしい?」


ケポラ・ゲボラが気づいた時には、既に首元に刃が光っていた。ほんの少しでも動けば死ぬ、本能的にそう感じ、全身が外の空間に飲まれたように動けなくなっている。
「なんてね」
「…殺さない、のか…?」
「ああ。彼女が許した命を、親友が守ろうとした命を、私が簡単に奪っていい筈はないからね。」

その言葉は、誰とは明確には言わずとも、その存在がどれだけ目の前の『リンク』に影響を与えているか、容易に想像させた。ケポラ・ゲボラは退けられた刃に胸を撫で下ろすが、それを嘲笑うように向けられた言葉は、何より辛辣だった。

「そして何より、簡単には死なせない。もっと足掻いて、苦しんでもらわないと、ね」
「…憎いか、わしらが」
「全然、なんて言ってほしいのかな?悪いけど、どうだっていいんだ。死んだ者は戻らない、それは変わらないから。」

その声は間違いなく許した声ではなかった。しかし、憎み通したものでもなく、むしろ達観した印象を残す。

「『リンク』よ、行くのか」
「『リンク』じゃない、リンクさ。今はね。…勿論、あの人達が残したハイラルを消させたくないからね」
「そう、か…」

振り返る事無く、リンクは歩いていく。ケポラ・ゲボラも、それを追おうとは思わなかった。リンクの消失と共に、町は再び時間を動かし始め、死者の声が蔓延する。ケポラ・ゲボラは高く飛び上がり、町を後にした。


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