太陽が真上に昇る頃。無事服を選び終えた二人はちょっと早めの昼食をとっていた。給仕が無表情に皿を運んできてからしばし無言が続き、カチャカチャという食器の音が虚しく響く。
 いつもなら、レオンが次から次へと話題を提供してくれるので、ティアは適当につっこみを入れるだけで終始和やかなムードで食事が進行できる。しかし、本日のテーブル上には気まずい空気が漂っていた。意識的な重い沈黙に耐えきれず、さしもの軍人ティアも音をあげ、強引に会話を始めた。

「で、これから待ち合わせなの?」
「まーな……」

 目をそらされた。その横顔に林檎色の火照りを見取り、ティアは己の勘違いに気づいた。不機嫌なのかと思いきや、照れていただけらしい。
 やはり慣れないスカート姿だからだろう。まるで真っ当な乙女のように恥じらう(おっと失礼)彼女の様子が新鮮で、ティアの表情はどんどん緩んだ。そして、さりげなくレオンの観察を始めた。
 せっかくだから、と可愛い物好きの彼女は欲望の赴くままにレオンを飾り立てた。丈の短いプリーツスカートに、真っ白い清楚なブラウス。彩度を抑えたモノトーンな晴れ着の胸元に、空色のサテンのリボンと海の底のような深いブルーのコサージュがぱっと彩りを添える。その一際明るい色調は、彼女のポニーテールに結んだリボンとおそろいである。足元は膝まであるヒールの高いブーツでキリッと引き締めた。
 頭の天辺から爪先まで隙なく着飾ったレオンはまるで別人のようだったが、それだけの激変はもともとの素材が極めて優れていたからこそありえたのだ。
 結い上げた髪は特別に手入れもしていないのに、上質のインクのように滑らかで艶がある。とろりとリボンから零れる一房は、水が滴るのではないかと思うほど潤っていた。リボンを結ぶため彼女の髪に触れたティアは、ほうっと恍惚のため息をつかざるをえなかった。
 大人っぽくて真面目な感じ、というレオンのリクエストには最大限応えたつもりである。本人の感想はいざ知らず、ティアは満足だった。しかしレオンは頬を染めて縮こまった。
 そんな彼女をさらに萎縮させたのは、着替えてから二人で町を歩いていると、一度ならず男性から声をかけられたことである。文句なしに輝くような美女であるティアと、服のイメージ通りに(照れくさくて)大人しく振る舞うレオン。道行く人々が思わず振り返る、いやがおうにも目に留まるコンビだろう。男性の硬い革靴の音が近づくたびに、慣れないレオンは余計に戸惑った。
 やっぱり可愛いなあ、化粧もさせれば良かったわ、とティアがヨコシマなことを考えつつじっと眺めていると、レオンははにかんでフォークを置いた。お皿はすでに空だった。

「ティア、付き合ってくれてありがとな。できればこのことは、みんなには内緒で頼むよ。
 じゃあ俺は行くから」

 釣りはいらない、と何枚か紙幣を残して彼女は去った。
 早くジェイドに会いたくてうずうずしている、と見えないことはない。先ほど見せた照れも、逢い引き前の緊張と取れないこともない。これは、いよいよ本当の本当にデートなのだろうか……。
 ティアは食事の手を止め、しばし考えに没頭した。
 さて、これからどうしよう。釘をさされたからにはレオンを裏切り、仲間にばらしたくはない。だが、ティアにはこの大きな秘密を胸にしまっておくことはできなかった。
 ……結局いくら考えても結論はまとまらなかったので、彼女は諦めてレストランを出た。風に当たって頭を冷やそうと思った。
 しかしこれといった目的地がなく、路上に立ちつくして逡巡している間に、後ろから声をかけられた。

「ティア! レオンを見なかったか」

 ルークだ。愚直なまでに素直な彼は、今一番会いたくない人物だった。しかもよりによってレオンに用があるとは……。

「見てないわ」

 とっさに嘘をつく。ルークは疑いもせず納得した。
 ちょっとは他人を疑うことを覚えなさい。この元お坊ちゃんめ。
 胸の中でティアは毒づく。

「そっか。剣を新調するから選んでもらおうって思ったんだけど」
「なら私が付き合うわ。もう用は済んだし」
「いいのか? 助かるよ」

 と二人並んで歩き始めたところで、古本屋から出てきたナタリアとガイにばったり出くわした。なんたる偶然。預言ではなく、本能的に嫌な予感を察知してティアは身を固くした。

「あらお二人とも。ご機嫌麗しゅう」
「こんな所で会うなんて、案外グランコクマも狭いな」

 ガイは両手で古書を捧げ持ち、すっかりナタリアの荷物持ち係になっている。しかもプロの使用人だけあって、その姿が妙に板についていた。
 ルークはやはりレオンの行方が気になっていたのか、ティアに向けたものと同じ質問をした。

「レオンか? ああ、見たぜ。
 ていうか、昼前にティアと一緒にいただろ」
「え」

 目を丸くしてルークがティアを見る。お粗末な嘘の末路にこっそりため息を吐き、ティアは彼の捨て犬のように潤む翡翠の瞳と目を合わせないようにした。良心が痛むからだ。
 彼女がその場しのぎの嘘をでっち上げて何とか取り繕おうとしたとき、新たな声が乱入してきた。

「やっほーみんな。何してるの?」
「皆さん。お集まりのようで」

 手芸用品店から出てきたアニスとイオンだ。トクナガの修繕用らしき布を死んでも盗られまいと後生大事に抱え込んでいる。紙袋からちらっと見えたが、あれは譜石の欠片を織り込んだグランコクマ織りの超一級品だ。ティアの給料の軽く十倍の値がつく。あれをアニスは教団の経費で落とす気だ。導師イオンと四六時中共に行動しているわけだから、時間外労働と言いつのってまんまと実費10%増しのガルドをせしめるに違いない。
 結局、レオンとジェイド、ノエル以外のパーティメンバー全員が一堂に会してしまった(ちなみにミュウもルークの傍らにちゃんといる)。これではせっかくのプライベートな休日の意味がない。しかも話題の焦点は秘密にすべきレオンのことだ。どんどん泥沼にはまっていく状況に、ティアは内心頭を抱えた。
 そんな彼女の気苦労をよそに、ガイは気さくに話しかける。

「お、アニス。ルークがレオン探してるんだってさ」
(やめて。その話は終わりにして!)
「レオン? 見てないなー。ね、イオン様」
(そうそう、ここで私が話題を変えれば――)
「あ、今ちょうどそこにいますよ。ジェイドと一緒に」

 イオンがにこやかに指さすその先には、仲良く腕を組んで歩いている二人の姿があった。両人私服で、しかもちょっとやそっとじゃ着ないような一張羅だ。
 全員の目が点になった。ティアは彼女らしくもなく、天を仰いで嘆いた。

「もう、どうにでもなりなさい……!」

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