※「テイルズオブジアビス」で、神音様宅の設定とキャラをお借りしています。
「ティアー、俺ちょっとジェイドとデートしてくるからさ、なんか服貸してくれ」
ティア・グランツは危うくとっておきの紅茶を台無しにするところだった。
*
静かなる帝都グランコクマの朝。ティアは行きつけの喫茶店で優雅に朝食をとっていた。
今日は休日である。毎日忙しく世界のために奔走するティア達だが、たまに物資の補給などの関係で一日ぽっかりと暇が出来ることがある。まさしく今日がそれだった。
パーティの中にはまだ高いびきをかいている者もいたが、ティアは真っ先に起きて宿を発った。目的は朝一番淹れ立ての濃い紅茶だ。彼女はこの水晶のごとく透き通った琥珀色を見つけるまで、五軒はカフェを渡り歩いた。
彼女が紅茶マニアなのには理由がある。物資の不足しがちな魔界で育った彼女にとって、娯楽といえば厳しい修行の後の一杯の紅茶だった。グランコクマの茶葉は魔界のものとは違い新鮮かつまろやかで、胸にじんわり染みこんでくる甘みがある。つかの間の快楽に身をゆだね、胸の中を蒸気と香りでいっぱいにするのが彼女流の乙な楽しみ方だ。
からんころん。ゆったりしたベルの音と共にドアが開いた。新しい客が来店したお知らせだ。
入ってきた人物はまっすぐにこちらの席に向かってきて、ティアの向かいに座った。
「レオンじゃない。どうしたの?」
「いや、ちょっとさ」
もしやローレライ教団の刺客か、といつでも投げられるようナイフを構えていたティアは、あわてて獲物をしまった。レオンは黒髪を揺らして、真摯な口調で切り出した。
そのセリフが冒頭の爆弾発言だった。
*
「……ごめんなさい、今なんて?」
「だから、女の子っぽい服とかあったら貸して欲しいな、って。
アニスはサイズが合うわけないし、ナタリアはドレスとか引っ張り出してきそうだしさー」
ティアはカップをソーサーに置いた。素早く周りを伺う。彼女らの他には、うつらうつらしているお爺さんとマスターしかいない。
彼女は混乱しつつも、なんとか冷静な声を絞り出した。
「あいにく、私もあなたに似合いそうなものは持ってないわ。ノエルに聞くか、むしろ買いに行った方がいいと思うけれど」
レオンは手を顎にあてて考え込んだ。その表情に、いつものホラを言おうとする態度やふざけた成分は見当たらない。いたって真面目な面持ちである。
「ん……ノエルも駄目だったんだよ。どうすっかなー」
とっさにティアはこう言っていた。
「だったら一緒に買いに行きましょう。私も買いたいものがあるの。今からならお昼にも間に合うわ。待ち合わせはいつなの?」
「別に時間はいつでもいいんだけどさ。でも助かるよ。ありがとう」
待ち合わせ時間がないデートって、なんなのかしら……。
ティアの頭にはそんな疑問がよぎるが、なんとか顔には出さずに微笑で誤魔化す。レオンは頷き、重ねて礼を述べて「準備してくる」と店を出た。ティアはほっと胸を撫で下ろした。
……何故こんなにも彼女がレオンの何気ない発言に困惑しているのか、というと。
彼女の言うデートの相手とは、パーティ最高齢者三十五歳のジェイド。レオンは確か十六歳。二人の付き合いはそれなりに長いが、あくまで仲間として、だった。今まで、恋人らしきそぶりなど見たこともない。なのに、どういうことなのだろう。
理由はまだある。いつも男物の上着に「動きやすいからさー」とズボンばかり履いている、あのレオンが。スカートに対して拒絶反応を起こし、「アレルギーが出るから無理だって!」とまで言う、あのレオンが。好んで女物の服を着たい、と言ったのだ――。
これが恋の力なのだろうか?
いや、これはありえないことである。
天地がひっくり返っても絶対にない。いや、これは実は夢で、本当に天地逆転してたりして――。と思って窓を見たら、空はちゃんと上にあって、朝の優しい色に染まっていた。
ティアは悩んだ。パーティの皆にこのことを伝えるかどうかを。
もしこの時誰かが近くにいたら、彼女は勢いで喋ってしまっただろう。しかしあくまで休日の朝は静かだった。
彼女は甘いため息を吐き、きっちり畳んだ伝票を手に紅茶の代金を払いに行った。