月と星

1-3.クロックタウン


 クロックタウンの中央広場に、初雪のように白く輝く銀髪と、紅茶色の瞳をもつ青年が立っている。目の前の巨大な建造物を見上げていた。

「すごいな、これがクロックタウンの名物……時計塔か」

 先ほど目覚めたばかりの青年、ゼロだ。右手には、ナベかま亭でもらってきた観光ガイドを持っている。完璧なおのぼりさんである。

 町行く人々は皆、不審そうな視線を彼に投げかけた。その背中に背負っている立派な剣のせいだ。
 倒れていたときに握りしめていたらしい、とナベかま亭の看板娘・アンジュは言った。少し迷った末、ゼロは持って歩くことにした。

「気を失っても握っているなんて、よほど大事なものだったのね」

 慣れた手つきで剣を扱うゼロを見て、アンジュは苦笑していた。

 ……と、回想に浸っていた彼は、軽い衝撃を感じて我にかえる。

「あ、ごめんなさい」
「気をつけろよ、ニイチャン」

 存外に優しい語調だった。顔を上げたゼロは相手と向き合う。
 青く染められた衣を羽織り、額にはハチマキを締めている、体格のいいおじさんだ。頭頂部が寂しいのが気になるが……。

「こんにちは。何をしているんですか?」
「何だニイチャン、観光かい? 俺らは大工、今は『刻のカーニバル』に向けてやぐらを造っているのさ」
「へえ……」

 そこに、「親方」と叫びながら、同じく青い衣を羽織った大工がやって来た。ゼロと向きあっている大工と比べると、貫禄や威厳が足りない。弟子か見習いの大工だろう。
 見習いは親方と二、三ほど話をするが、一喝されて逃げるように帰っていく。

「けっ、情けねぇなあ。落ちるもんなら落ちてみろってんだ」

 目尻にしっかりと刻まれた皺が厳しい表情を強調する。声をかけづらい。

「あの……」
「ああ、すまねぇ。ニイチャンはカーニバルを見に来たんだろ?」
「あ、はい。お仕事、頑張ってください」

 ゼロは話が長くなりそうなので早めに切り上げ、逃げるように親方と別れた。





 ナベかま亭もあるクロックタウンの東地区にて、ゼロはぶらぶらしながら、記憶と人名を照らし合わせてみた。

「さっきの人、『親方』って呼ばれてたから……あの人がカーニバル決行派のリーダー、ムトーさんだな」 月落下の噂によって二分した町。主な対立は、カーニバルの実行委員長でもある大工の親方・ムトーと、町の自警団のトップ・バイセンの間で起こっている。

 全てアンジュが教えてくれたことだった。

「でも、あの様子だと……まったく噂を信じていないわけでもなさそう」

 やはり、月は落ちるのだろうか。ゼロはちょっと不安になって、空を見上げた。
 と、その時鋭い声がした。

「おい、君!」

 自分のことか、とゼロはきょろきょろする。
 違った。武装した男の人に――おそらくは町の自警団員――に、ほんの小さな子供が声をかけられていた。

「なんだよ、おじさん」

 思い切り反抗的な口調と態度だった。相手の自警団員が怒らないかと、逆にゼロの方がヒヤヒヤさせられる。
 しかし運が良かったのか、兵士はゼロの想像よりも遙かに冷静だった。子供を諭すように話す。

「君だって知っているだろう、あの噂は。早く逃げなくては危険だ。家族の方はどうしているんだい」
「かあちゃんがあんなもん、絶対に落ちないって言ってるんだ。だから逃げないって。それに、そんなことにボンバーズ団長・ジムは負けない!」

 いつの間にか、男の子の後ろには、同じくらいの年の子供が五人、集まっていた。全員揃いのバンダナを頭に巻いている。彼らがボンバーズ団員だろうか。
 団長と名乗った男の子は、ふんっと兵士を睨みつけ、団員の子供たちと一緒に路地に去っていった。

「まったく……あの子供たちには困ったものだ」

 兵士は顔を上げた。おかげで、ずっと様子を眺めていたゼロと目があってしまった。びくりとゼロの肩が揺れる。その拍子に弁解の台詞が口から出る。

「いや、あの、すみません! オレは別に怪しい者ではなくて……」
「観光の人だね。こんな時に悪いね。いつもなら、この時期は町をあげて歓迎するのに……」

 穏やかな返事にほっとした。いえいえ、とゼロは笑って答える。

「君も、できるだけ早く逃げた方がいいよ。君なら危険な平原も越えられそうだ」

 兵士はそう言って、ちらりとゼロの背中に目をやる。
 一瞬きょとんとするゼロ。が、すぐに理解した。

「この剣ですか?」
「そうさ。最近平原にも魔物が多くてね」
「ということは、前はそうではなかった……?」

 ゼロの言葉に兵士はうなずいた。それを見たゼロは真剣な表情になる。

「……よろしければ、そのお話を詳しく教えてくれませんか」





 ちょうど一ヶ月ほど前、遠くの地方からひとりの旅人がやって来た。その人は毎年カーニバルの時期になると、クロックタウンを訪れる常連だった。
 その人が、平和なはずの平原で魔物に襲われたというのだ。無論、例年ではそんなことはなかった。

「私たちはすぐにその場所に行った。その時は、魔物など影も形も見あたらなかったが……」

 それからちらほらと、目撃情報を耳にするようになった。しかも日を追うごとに増えている。今では、誰もがすっかりおびえてしまい、夜の平原横断は御法度になっている。

 そうこうするうちに、月の噂が囁かれ始め……。

「今のタルミナは危険だ。君も、腕には自信があるかもしれないが、できるだけ日の出ているうちに逃げた方がいいよ。町の人たちは南西にある牧場に避難しているから……」

 このあたりでこれ以上いてもうるさく言われるだけだな、と判断したゼロは、さりげなく体勢をずらす。いつしか日が傾き初めていた。「あの、わざわざご忠告ありがとうございました。あなたもお仕事頑張ってください」
「ああ、どうも。君の名前は?」
「ゼロです」
「私はバイセンだ。なんだか愚痴を言ってしまったようで悪いね」

 バイセン……この人がカーニバル反対派のリーダーだったのか!

 ゼロは心の中で驚いた。一日で両派のリーダーに会えるなんて……。

 しかし、その思考は途中で遮られた。黄昏時の町に悲鳴が響き渡ったのだ。二人は浮き足だった。

「今のはっ……」
「北地区からだ……あっ、ゼロ君!」

 表情を変えたゼロはバイセンの制止の声も聞かず、迷わず悲鳴の方向へ走っていった。


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