1-1.零時の目覚め 一分は六十秒、一時間は六十分、一日は二十四時間。 かち、かち、と秒針が動く。決して狂うことなく、動力の続く限り半永久的に時を刻み続けるもの。 『彼』はその存在を知っていた。平面上にある長針と短針が、常に一定の方向に、一定の速度で回る『あれ』。 だが、そこまで分かっているのに……『あれ』の名前が出てこない! 「ええと、なんだっけ、あれは……」 と、口に出して『彼』ははっとした。瞼が開いたのだ。 ぼやけた視界に、少し古びた感じの部屋が見えた。壁には凝った刺繍を施した布飾りが掛かっている。 「……」 『彼』は上半身を起こして、辺りを見回した。今更のように気づいたのだが、今まではベッドの上で寝ていたらしい。 大して広い空間ではなかった。知らない場所だが素朴な内装があたたかい。普通の家、というよりは調度からして宿屋ではないか、と推測する。 「って、そうじゃない! あれは……」 焦燥をにじませて『彼』がぶつぶつと呟く。かちかちと音はするのに、『あれ』はどこにも見あたらない! ついに『彼』が掛布団を払いのけて立ち上がろうとした時、不意に部屋にひとつきりの扉が開いた。 その奥にいるであろう人物に目をやろうとして、ふと『彼』は動きを止めた。 「あ……」 今まで探していなかった場所、扉近くの壁に掛かっているものを見つけて微笑んだ『彼』は、ちょうど扉を開けて入ってきた『その人』と目があった。 『彼』はゆっくりと口を開く。 「……時計」 『彼』は紅茶色の瞳を細めてにこやかに言った。 ←*|#→ (4/132) ←戻る |