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雪が降った日は、

...


「師範!師範!外見て下さいっ!雪ですよ!雪!」
「なまえ、うるさいよ。いいから閉めて、寒い…」
「明日になったら積もるかな?どうしよ、わくわくしてきた!」

滅多に降ることのない雪を前に胸の奥からムズムズと湧き上がる感情が抑えきれない。私は積もった後の事を考えると楽しくて仕方ないのだ。雪だるまに、雪合戦、かまくらも作りたい。炭治郎や善逸にも声を掛けようかな、なんて考えただけで顔がどんどん緩んでしまう。

しかし、私とは逆に師範はどんどんと表情を無くしていく。


「積もったら上手く踏ん張れないじゃん、雪の上って結構滑るし。手だって悴んで刀を上手く握れなくなるし。僕あんまり好きじゃないんだよね…
そもそも積もるかも分からないのに喜ぶってバカなの?普通に考えていい事なんてないのに、なまえってさ、僕より年上なのになんでこんな子供っぽいの?…本当、能天気でいいよね。」


机に肘を付き遠い目をして、師範は何やらブツブツと小言を言い始める。
よく聞けば、途中からは私に対する悪口だ。

バカ、子供っぽい、能天気、師範から発せられた言葉の刃が胸にグサグサと突き刺さる。


「…あの師範、それ以上は堪えます…、やめてください。」
「分かったなら早く閉めて。いつまでも開けてたら、風邪引くよ?」
「……....はい」

うっすらと白く変わる景色をまだ眺めていたい。けど、師範を見れば早く閉めろと目が訴えている。私は襖を閉めるという選択肢しか持ち合わせていなかった。
それはもちろん、師範の言葉が私にとって強烈なものだからだ。

それにこれ以上、師範に言葉の刃で心を抉られるのは勘弁してほしい。せっかくの楽しい気持ちが台無しになっちゃう。雪が積もっているかは明日の朝のお楽しみにとっておこう。


自室に戻り、布団に入ったけど、やっぱり外が気になっちゃう。明日の事を考えると眠れないかも。
明日は何しよう。雪だるまは絶対作りたいな、あとは雪合戦もしたい。けど、師範は乗り気じゃなかったし…なんて考えている間に瞼は重くなり、あっという間に夢の中へ落ちた。




「うぅ"ー、寒い……」

布団を頭まで被っても寒い。ダメだ、起きよう。
のろのろと上半身だけを起こす。まだ完全に覚醒していない頭がカクンと揺れた。
そういえば、昨日は雪が降って…、ふと襖に目を向ければ、溢れる光がいつもより明るく見える。
それを見た瞬間、私の頭は完全に覚醒した。重たかった瞼も気にならないほど、一気に目が開いた。


勢いよく襖を開ければ、真っ白な世界が広がる。庭も木も池もいつもと同じ見慣れた景色は昨日とは打って変わってまるで別の世界へ来たみたいだった。

「うわぁ、積もったっ!やったー!!」

いつもの私なら、「いつまで寝てるの?さっさと起きて支度しろ」と師範に叩き起こされるのだが、今日は違う。足早に向かうのは師範の部屋。
おはようございます!と勢いに任せて襖を開けた。


「………................は?」
「.........................あ、」


そこにはさっきの自分と同じ様に上半身だけ起こしてまだ寝ぼけている師範がいた。起きたばかりだろうか、ただ単に機嫌が悪いだけなのか、ものすごい目で睨んできた。

それだけならよかった、睨まれるなんて日常茶飯事だから。

いつもと違うのはいつも先に起きて身なりを整えている師範より先に起きた事。
そして何も考えず師範の部屋を開けた事。

だから目の前には浴衣の前がガッポリ開き、引き締まった腹筋が見え、髪も寝癖なのか少し乱れている。いつもの知っている師範とは違う師範がいた。

「………寒いんだけど。そんな所に立ってないで入って来たら?」
「えっ?いやっ、はい、お、お邪魔します…」

入ってすぐの場所に正座をして座る。師範を直視する事が出来ずに身体ごと横を向く。チラッと横目で見れば、師範はまだ眠そうに大きな欠伸をして頭をポリポリと掻いていた。

うわわわぁ、いいから早く前を閉めてくれー!
これは何も考えずに部屋を開けた私への罰?それとも早起きできたご褒美?
頭を抱えて項垂れている私の行動が不思議なのか師範は首を傾げる。
これは私の身が持たない。だから早々に立ち去ろうと決めた。

「師範!着替えたら縁側に来て下さいね!」

それだけを伝えて、私も着替えるために自室へ戻った。




「…うわ、結構積もってるじゃん…」

師範の声が聞こえた。しっかり防寒対策をした師範が外を見て、あからさまに嫌な顔をしている。

そんなに嫌なものか?てか、十四歳の男の子の発言なのか?もう少しくらい楽しもうよ。
めったにない真っ白な世界が楽しくて仕方ない私がすごく子供っぽく見えるじゃないか!

ギュッギュッと雪を踏む感覚が凄く気持ちがいい。
まだ誰も歩いていない真っ白な世界に自分だけの足跡が残る。なんとも言えない背徳感が込み上げてくる。

やっぱりここは寝転んで人型を残すのが雪遊びの醍醐味だよねと仰向けになって雪の中へ飛び込んだ。

飛び込んだ衝撃に雪がフワリと舞う。太陽に反射してキラキラと光る景色はとても綺麗だ。
そろそろ身体が冷えて来たから起き上がろうと思ったら突然お腹に強めの衝撃が走った。

ぐふぇ。我ながら色気もクソもない声が漏れる。師範が投げる雪玉は結構痛い。

「あははは!何、その気色悪い声!」
「師範?!何するんですか?!」
「何って、…くくっ、雪合戦するんでしょ?」
「笑い過ぎです!でも、雪合戦はしますっ!」

気色悪いと言われたのは聞かなかった事にしよう。今の私は気分がいいからね、代わりに雪玉を思い切り師範に向けて投げる。雪玉は見事に師範の顔に命中した。

「うぇーい!当たった!…………し、師範…?」
「…………................」


あれ、これまずいんじゃないか?師範プルプル震えて……待って!握り方がおかしい!!!あんなに強く握った雪玉が当たったらっ………!!

耳元でヒューンと聞こえ雪玉は髪をかすめた。
その後すぐに竹垣に当たりグシャと砕ける音がした。


「いい度胸してるね、なまえ 」
「ひぃぃ!!……ご、ごめんなさいっ!!あれはワザとじゃなくてっー!!」
「あ、こら!逃げるなっ!避けるなっ!」
「無理無理無理!!当たったら死ぬっーー!!」
「ちゃんと僕が見送ってあげるから」
「いーやーだーっ!!」

たった一球、師範の顔に当ててしまった私は真っ白で綺麗な世界を楽しむ余裕もなく、全力で駆けずり回り力尽きた。
まだ雪だるまもかまくらも作ってないのに…、



そして、

「ゲホッ、……ゲホッ、」
「まだ熱、高いね……、だから、言ったのに」
「……ずいまぜん……次がらは、気をづげまず…」
「そうだね、」


私は見事に風邪をひいた。
喉の痛みと鼻水でグズグズな声で返事をするのがやっとな私。
治るまで蟲柱様の特製薬湯を飲まされたのは言うまでもない。

熱のせいで、頭は重いし、クラクラする。気のせいかもしれないけど、師範が何か喋っている気がした。
ひんやりとした手が私の頬を撫でてくれる。それが気持ち良くて頬を擦り寄せる。そこで私の意識はプツンと切れた。


「早く元気になってよ。なまえがいないとつまらないから」

だから、そう言って師範が私の手の甲に軽く唇を当てた事を私は知らない。


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