×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




言葉一つで惑わせて

....

それは突然、告げられた。
師範との辛い朝稽古が終わり、机を挟み朝食を取っている最中。

「潜入調査....ですか?」
「そう。ある街で"若い女だけが忽然と姿を消す"って噂が流れてきてね。それの調査に行くことになったんだ。」
「若い女の人……。それを師範が?絶対、可愛いと思います!」
「……は?する訳ないでしょ?僕は男だよ。継子のなまえがやらなくて誰がやるの?」
「…… ソウデスネ。」

なんかすごく冷たい、虫ケラを見る様な目で見られてる気がする。
それに気付かないフリをして味噌汁を流し込む。

早々に朝食を済ませて、自分の部屋に戻る。
師範も準備があるから、と部屋へ行ってしまった。


いいじゃないか。師範だって顔は可愛いんだし、少し化粧をして着物を着れば、そこら辺の女の子より可愛く仕上がると思うのに。

ブツブツと小言を言いながら箪笥を開けた。最近はめっきり着なくなっていた着物を引っ張り出した。

隊服から着物へと袖を通し、軽く唇に紅を付けた。どこから見ても町娘に見える。完璧じゃないか。鏡の前でクルクルと回る。


「なまえ、準備できた?時間がないか……」
「あっ!師範、どうですか?似合いますか?」
「……えっ。あ、うん」

襖が開いてそこに師範がもたれかかる。
私は両手を広げて先ほどの様にクルクル回って見せた。
口元を押さえて目を逸らす師範の意図が分からず私は首を傾げた。もしかして似合ってないのかな。ともう一度、鏡を見て勝手に落ち込む。

だが、すぐに落ち込んだ気持ちは何処かへ行ってしまった。そう師範の格好を見たからだ。

「あれ、師範も隊服じゃないのですか?」
「潜入調査だからね。隊服じゃ怪しまれるでしょ。」
「.....そうですよね。袴姿もすごく似合いますよ!」
「ありがとう」

白地に霞門柄が描かれた羽織を身に纏い、髪を後ろに一つにまとめている。いつもと雰囲気のちがう師範の姿にドキッとした。
準備が出来たらさっさと行くよ。と言われ屋敷を出る。

昼過ぎには目的地へ着いた。
そのまま聞き込みに回る予定で街を歩く。これは周りから見たら私たちは恋仲に見えるのかな。なんて半分、浮かれなが歩くと腕を引っ張れた。

「お姉ちゃんどこまで行くの?ここで休もうって言ったでしょ?」
「……お姉っ?!はぁ?ちょっと待って!」
「どうしたの?声が凄く大きくて五月蝿いよ。」

お 姉 ち ゃ ん 。

ニヤニヤと意地悪な笑顔で私を見つめてくる師範。恋人ならまだしも"姉弟"なんてなんの嫌がらせなのか。少しでも恋仲になんて思った私はすごく恥ずかし感じた。

何を言っても無駄な気して私は黙って甘味処へ入る。
そして甘味処ではこれといった情報は得られなかった。


「次はどこ行こうか?僕、街って初めてだからワクワクする!」
「あの、師範…「師範じゃないよ。今は弟なんだから僕の事は"無一郎くん"でしょ?」
「.........無一郎くん。」
「ん?」

これは何かの拷問か?この設定はいつまで続くの?鬼の頸を切るまで?
そんな可愛い弟が、いや悪魔が、笑顔を向けてくる。耐えられる気がしない。

そして最後のトドメは
「ほら、行くよ」と私の手を握ってきたことだ。

きっと今、私の顔は熱が集まって真っ赤なはず。握られている手もだ。目の前で揺れる新橋色を見ながら思う。

これが"姉弟"ではなく"恋仲"だったら…。



少し歩いた所で師範の足が止まった。
ここで待ってて。と手が離れる。まだもう少し繋いでいたかったなと思いながら、師範に言われた通り軒下で待っていた。少し離れた所で師範が店の亭主となにか話をしているのが見える。

ああ見ると師範だって、普通の少年だな、と眺めていたらふと視界を遮られた。
なにかと思い少し目線を上げれば、知らない男が立っていた。

「見た事ない顔だな。一人か?」
「しは、.....弟と一緒です。」
「そうかい。俺は今暇してるだ、ちょっと付き合えよ。」
「申し訳ありませんが貴方に付き合う気はありません。」
「なんだと?!」
「辞めてもらえますか?」
「ナメた口聞いてんじゃねーぞ!」

ギッと相手を睨みつける。男は身体から酒の匂いがする。私は酔っ払いに構ってる暇はないのよ。殴りたい気持ちをグッと押さえた。
鬼殺隊は政府非公認ではあるが、一般市民を守る立場である。それが酔っ払いであっても同じことだ。

それにこんな所で騒ぎを起こせば今後の捜査に支障をきたすかもしれない。

胸ぐらを掴まれ身体が少し地面から離れる。
うわ、ヤバい。殴られるかも!!

ギュッと目を閉じた。思っていた衝撃は来る事はなく代わりに今まで聞いた事がないくらいドスの効いた師範の声がした。

「ナメてるのはそっちでしょ。僕のなまえに気安く触らないでくれる?」
「あぁ?なんだこのガキ。」
「聴こえなかった?両方に付いてる耳は飾りなの?なまえは僕のだ。触んじゃねーよ、クソ野郎。」


そっと薄目を開けて見れば、私を殴ろうとした男の腕は師範によって止められていた。

男は腕に力を入れてもビクともしない事に驚き目を見開いている。そりゃそうだ。見た目はただの可愛い少年なのだから。

クソ。と捨て台詞を吐いて、胸ぐらを掴んでいた手が離れる。体制が崩れ倒れるかと思ったがすぐに伸びてきた腕に腰を引かれた。
何が起こったか分からずにいたが目の前に広がる霞門柄。これはもしや、抱きしめられてる?!
顔を上に向ければ、すぐ近くに師範の顔があった。

「し、はん…」
「何やってるの?あれくらいなまえなら回避出来たでしょ?」
「………すいません」
「怪我は?どこ触られたの?大丈夫?」
「いや、大丈夫です。本当に、」
「よかった。」

気がついたら先ほどの男は居なくなっていた。

まだ抱きしめられてる状態が恥ずかしくなってきて離れようと師範の胸を押した。

「本当に、ありがとうございました。」
「もういいよ。ほら、コレあげる。」
「…え?私にですか?」
「他に誰が居るの?それとも要らないの?」
「いりますっ!欲しいですっ!」 

ポンと手の上に渡されたのは、師範の髪と同じ新橋色のリボンが着いた髪飾りだった。
さっきはもしかしてコレを買いに行ってくれてたのか。そう思ったら勝手に口角が上がった。

「ありがとうございますッ!一生大事にしますッ!」
「声が大きいよ。貸して、付けてあげる。」

嬉しいのと恥ずかしいのでいっぱいになる。私は素直に後ろを向く。
髪に触れる師範の手が優しくて少しムズムズした。
出来た。と声が聞こえて振り返れば満足した顔の師範がいた。

まだ調査終わってないから。とまた手を繋いで、師範に引っ張れ、また街の中へと足が向く。




そして、一日では鬼の情報は掴めず。なので、この街の調査は継続となったのだが、近くに藤の花の家が無く宿を取る事になった。

「二人ですか、部屋は空いてますか?」
「お待ち下さい。.......二部屋になりますと今日はちょっと空きが…。」
「そうですか…他に宿はあり
「お姉ちゃん、僕たち"姉弟"なんだから一緒の部屋でも構わないよね?」
「(師範、何言ってるの?!同じ部屋って?!) 」 
「あら、"姉弟"だったんですね。ではお部屋へご案内します。」
「行くよ。お姉ちゃん。」

これは早く、一刻も早く鬼の頸を切らなきゃ!!と思う強く思うのだった。




[ 8/19 ]

[*prev] [next#]