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行かせないと誓った日

......


バタバタ、ドタドタと鬼殺隊としてあり得ないくらい大きな足音を立てて部屋に近づいてくる人物を僕は一人しか知らない。


「師範!!今から任務に行ってきますね!」
「…..........は?」
「先ほど、音柱 宇髄様の鴉から連絡が有りまして、女の隊士が必要との事で!」
「僕は聞いてないけど?」
「.........あれ?もう師範の許可は取ってあるって……?」

部屋の襖を勢いよく開けて入って来たのは、僕の継子 なまえ だ。
既に隊服に着替えているし、腰のベルトには日輪刀が差してある。

部屋に入るなり、"任務"だの"宇髄"だの訳の分からない事を口にした。
継子を他の柱が任務に連れていく場合、その柱である僕の許可がいる筈なのにどうしてこの"能天気娘"は行けると思ったんだ?僕が許可を出すわけないだろ。

そもそも宇髄さんだって何を勝手に話を進めているんだろう?女の隊士なら他にもたくさん居るのにわざわざなまえを選ぶなんて…。

「とにかく、僕は許可を出してないからなまえは行けないよ。」
「えー行きたいですっ!お願いします!!帰ったら稽古でも何でもしますからっ!!お願いします!!」

ゴチンと額が畳に当たる音がした。
うわ、痛そう…、僕は少し引いた目でなまえを見れば、まだブツブツと小さな声で、行きたい。お願いします。と言っていて、僕はさらに引いた。

これは何を言っても無駄かな、なまえは一度決めたら突き進む所があるし、変に頑固なんだよな。

僕は諦めて、大きなため息を吐いた。

「........くれぐれも無茶はしない事。ちゃんと無事に帰ってくるんだよ?」
「はいっ!師範ありがとうございます!!」

必死に土下座をして懇願する姿に僕が負けて、今回だけだよ。と許可を出す。
すぐに顔を上げて喜ぶなまえの額が少し赤くなっている事に気づいて、僕は笑ってしまった。

行って来ます!と笑顔で大きく手を振るなまえを見送った。
僕はあの時、なまえに負けず駄目だ、と強く言えばよかったと後悔した。




今、僕は蝶屋敷に全速力で向かっている。

三日目までは、なまえから任務状況や近況報告などが届いてた。
でも、四日目になって手紙が届かなくなった。

そして六日目の今日、"なまえが大変な事になった。"と宇髄さんからの手紙が届いた。

それを見た僕は考える前に身体が動いていた。
屋敷を飛び出し向かうのは蝶屋敷。

無茶はするなと言ったのに。今までに味わった事のない不安が僕を支配する。頼むから無事でいてくれ。僕より先に逝くなんて許さないから。最悪な状況が何度も頭の中をよぎる。


僕は蝶屋敷の門の前に着き、深呼吸をする。
覚悟を決めて一歩足を踏み入れた。
大丈夫、僕はなまえの師範だ。どんな形であれ、僕はなまえを見届ける義務がある。そう自分に言い聞かせる様に、心の中で呟いた。


僕は迷わず屋敷の奥に向かう。
ここは僕が記憶を取り戻す前によく来ていたから分かる。
軽傷者は手前の病室で、重症患者の病室は奥にある。
だからなまえも奥にいるに違いない。グッと拳に力が入る。

ズンズンと大股で進めば、中庭から宇髄さんの声が聞こえて足を止めた。

「おい、コラッ!待ちやがれー!!」
「きゃははは!やだやだーっ!!」
「もう追いかけっこは終わりだつってんだろ!」
「もっとやりたい〜!たのしいもんっ!」

目に入ったのは干してあった真っ白な布を両手で掲げて、楽しそうに走る幼い女の子。
と、それを後ろから追いかける宇髄さんの姿。
元気そうな宇髄さんを見て少し安心した。

問題はなまえだ。そう思ってまた踏み出そう足を出した時、宇髄さんが僕の気配に気づいて声を掛けてきた。

「おお!来たか、時透!」
「宇髄さん、ここに居たんですね。あのなまえは?」
「おにーちゃん、だあれ?」
「..........??君は誰?」

女の子も僕に気づいてこっちに走ってくる。
大きな瞳をキラキラさせて"髪の毛長い"とか"お人形さんみたい"と縁に手を乗せてウサギみたいに跳ねている。

どうして蝶屋敷にこんな幼い子供が居るんだろう?
親が鬼に殺され一人になったのだろうか?けれど、そんなのはこの世界では珍しくないだろう。
でもそれは隠の仕事のはず。超屋敷に居る理由も、宇髄さんと一緒に居る意図も分からない。

「やっと捕まえたっ!」
「あー!!やだやだ!はなしてっ!!」
「暴れんなっての!落ちるだろーが!」
「まだあそぶの!!おにーちゃんもいっしょにあそぼっ!」
「いや、僕は…...、」

早くなまえの元へ行きたい。と言葉を発する前に宇髄さんの言葉が重なる。そして僕は自分の耳を疑った。

「なまえの事なら心配いらねーよ。ここにいるからな」
「………え?」

ここにいる?
ここに居るのは僕に宇髄さん、それにこの幼い女の子だけ。
……え?まさか……!!!

「君、名前は?」
「なまえだよ!」


偶然にしては出来すぎている。僕の会いたい人の名前をこの女の子はハッキリと口にした。
手紙にあった"大変な事になった"とは、この事か…。


全身の力が抜けて、僕はその場にしゃがみ込んだ。
今、絶対酷い顔をしてるんだろうな。腕で顔を隠して正解だったな。


「おにいちゃん?.....だいじょうぶ?」

宇髄さんの腕に抱っこされてたはずのなまえが、その小さく暖かい手で僕の頭を撫でる。


ああ、生きていてくれて良かった。

手紙が来なくなって凄く不安だった。
宇髄さんからの手紙を読んで、なまえにこのまま会えないのかと思った。もう二度と笑顔も見れないかと思った。
師範、師範と五月蝿いくらい僕を呼ぶ声が聴きたい。ケラケラと大きな口を開けて笑うなまえが見たい。

いろいろな感情が一気に押し寄せてくる。鼻の奥がツンとなって涙が溢れてきた。
それを二人にバレない様に長い袖で拭く。

目尻に涙を溜めて、震える声で、ちゃんと笑顔で、

「おかえり。なまえ 」
「.......??.....ただいまっ!」

笑った顔は幼さなくなっても、僕の知ってるなまえそのものだ。
僕は、無意識に手を伸ばしてなまえを抱きしめ、何度も何度もおかえりを繰り返した。



なまえにかかった血鬼術は強力なもので、体が元に戻るまで時間がかかると言われた。
それが七日なのか、ひと月なのかは、分からないらしい。
記憶も抜け落ち、自分が鬼殺隊の隊士だった事や僕の事、継子だった事も覚えていない。

その間蝶屋敷で預かると案が出たが、僕はその案を断った。
幼くなっても記憶が無くても、僕の継子には変わりないし、離れて暮らすなんて考えもしなかったからだ。

薬を毎日飲ませる。定期的に診察に来る。些細な変化でも報告する。と胡蝶さんと約束した。




門まで見送りにきてくれる宇髄さん。

僕はなまえの脇に手を入れて抱える。そして宇髄さんにお礼を言った。

「宇髄さん、なまえがお世話になりました。ありがとうございます。」
「いや。俺も悪かったよ。済まなかった。」
「そう思うなら次はちゃんと手順を踏んでからにして下さいね。」
「はいよ。またななまえ 。」

なまえの頭をポンポンと撫でた宇髄さんは屋敷へと戻っていった。軽く頭を下げて宇髄さんの背中を見送る。

僕の肩に、コテンと重みを感じた。
横目でなまえを見れば、目を擦って大きなあくびをしている。

そしてまた、僕はため息を吐いた。
「寝ていいよ。おやすみ」言ったのが先か、なまえが目を閉じたのが先か。

早くいつものなまえに戻って、また笑顔で"師範"と呼んで。そう願いを込めて額に軽くキスをした。


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