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小さな夢と赤に染まる




ななし1は切に願う。

今まで通りの生活がしたいだけなのだ。

ご飯を作り食べ、仕事をして友人と遊び、愛する人と暮らしたい。ただ、人として在るべき生活を送りたいだけなのだ。
今日も普通の生活を送り、ごくごく当たり前の1日だったハズなのだ。

なのに、何故こうも世界は残酷なのだろうか。

いつの間にか、彼女の目の前に広がるのは血の海だ。
手足を残酷に切り落とされ、転がる残骸。周りに響き渡る怒号と悲鳴。まだ息のある者が微かに紡ぐ死への恐怖と呻き声。

何が原因かなんて分からない。少しずつ、周りが変わっていってしまったのだ。それは決まって、体に紋様がある者にだけ訪れる。


いつかは、自分もこうなるのだろうか。

ななし1は恐怖から、町を必死に逃げ回る。

「ヒィ…ッ!!こっちに来るな!化け物っっ!!!!」

ただ、自分も助かりたいだけなのだ。
なのに人は彼女を見るや否や、恐怖に顔を歪めて逃げていくのだ。何故、自分がこんな言われ方をしなくてはいけないのか。答えは簡単だ。


――――ななし1は、妖怪だった。


と言っても、まだ自我は失っていないし、あまり気の強くない女性だ。
この町は人間と妖怪が共存する町だった。もちろん、妖怪が暴れだした話は巷から入ってはいたものの、町人の誰もがそんなものは有り得ないと高を括っていた。
それは、町の人口に対して妖怪の人口が極端に少ないと言う、何かが起きても人間の力で治めれるだろうと傲っていた部分が少なからずあったからだ。
ただ、実際に自我を失った妖怪が人々を襲えば、あまりの強さに町の人はただ逃げ惑うばかりで、人間達がやっとの思いで数人の妖怪を殺す事が出来ても、他の妖怪に殺される。
―――これが現実だった。

現にななし1が良くお世話になっていたパン屋の女将は、目の前で死んでしまった。それも、ななし1が愛する彼氏が殺してしまったのだ。
彼氏も妖怪だった。夕方、妖怪が暴れだしたと大騒ぎになっている事を聞きつけ、彼の無事を願い家に帰ろうと走っていた所、女将を殺める瞬間を見てしまったのだ。直ぐに姿を消した彼を追うことが出来ず、ななし1は女将に駆け寄った。
勿論、助かる方法が無いか模索しようとしたのだが、まだ辛うじて息のある女将に止められたのだ。

―――生きる時代が悪かった、と。

アンタだけでも、"普通"で良かった。女将は手に持っていた帽子をななし1に持たせた。それはツバの広い帽子だ。そして息も絶え絶え、血塗れの手で彼女の手を取りこう言ったのだ。


――――いきなさい。


女将の言葉にななし1はハッとした。
彼女はななし1の無事を信じ、耳を隠せる様な帽子を片手に家を飛び出したのだ。そして、ななし1を見付ける前に妖怪の手にかけられてしまった。
込み上げてくる熱も涙も全て無視して、帽子を強く握りしめるとななし1は女将に背を向けて走り出した。



町は至るところに人が転がる様に倒れている。
家の窓ガラスは割られ、人から吹き出した血が壁や地面を赤く染める。町のあちこちにある飯場からは火の気が見えて、暗くなった空をオレンジに染めている。パチパチと燃える音と燻る臭いがななし1の嗅覚を狂わせる様な気分だった。
逃げ遅れた人々が背を丸め震えている。危害をつもりなんて毛頭も無いのだが、人々はななし1と目が合えば、涙を流しながら死の恐怖に怯え震えていく。

これからどうすれば良いのか、どう生きていくのか、考えても不安は底を着くことが無い。
かと言って、ずっと立ち止まっている訳にも行かない。ななし1は女将から貰った帽子を深く被った。少し大きめの帽子は、ななし1の耳をクラウンの中に隠す事が出来る物で、ななし1は急いで耳を隠す。ありがたいことにツバも広めだから、上手く人間に紛れ混めば町を出れるかも知れない。

足を進めれば進めるほど倒れていている人々を見れば、ななし1の良心が痛む。
この町が、この町の人々が好きだから。理由なんてその程度で、ななし1は耳が隠れていることを確認すると怪我をした人へと駆け寄った。

「、大丈夫ですか!?」

「う"ぁ…足をヤられちまって…」

「捕まって下さい!!どこか避難出来る場所まで行きましょう!!」

自分よりも大きな男に肩を貸し、火の気も妖怪の恐怖も無い場所を探し迷う。
時より足に激痛が走るのであろう、男が膝を着こうとすると、ななし1は名一杯の力を振り絞って男を支えた。
そんな中、角から現れた一人の青年に二人は声を掛けられる。

「!!貴女方も早くこちらへ避難を…!!」

声をかけたのは深緑の瞳の青年だった。年は同じ年くらいだろうか。老若男女隔たりなく駆け寄り、手際よく避難させようと働き掛ける。そして自我を失った妖怪が襲って来れば、気功術でその命を奪うのだ。

「早く、向こうの家には地下室があるそうなので、貴女も避難して下さい…!」

「!!はい、…行けそうですか…!?」

「あぁ、…っ、何とか大丈夫そうだ…、」

「……少しじっとして下さい。傷を塞ぎます!」

青年が男の傷に手を翳すと、温かみのある光が発せられた。
何が起きるのかと男とななし1が見ていると、次第に男の表情が明るくなるのが分かった。

「おぉ…!痛みが消えた…!!」

「良かったです…さぁ、『町長の隣の王さん』そこに皆さん避難していますから、急いで下さい!」

「あぁ、これなら一人でも行ける!!他に助けが必要な人が居れば一緒に連れていく!!」

「えぇ、私ももう少し町を見てきます!!」

男は少し足をひきつらせながらも、小走りで目的の場所へと向かって行った。反対にななし1は青年の伝えた場所とは反対の方角へ急ごうとする。
そんな彼女を見て、八戒は咄嗟に引き留めた。

「待って!!僕達でやりますから、貴女も避難して下さい!!」

「……いえ、私は…行けません…、」

「…!??」

その場を動こうとしないななし1に再度声を掛ければ、ななし1は瞼を伏せたまま首を横に振るのだった。青年…八戒からすると、ツバが広くてしっかりとした表情まで見ることは出来ないのだが、どこか寂しげな雰囲気がして、放っておくことが出来なかった。

「私には、やる事があるんです、」

「今は緊急時です、僕に出来ることがあれば…」

「……これは、私の問題なんです、」

「っ、とにかく、火の手が来ています、こちらへ!!」

クッ、っと声を出した八戒はななし1の腕を引っ張った。ガクン、と転びそうになる膝を何とかもたつかせて、八戒に引っ張られるまま後を付いていく。

ガラガラと音を立てて崩れる建物を避けながら人気のない小道に出れば、ななし1は彼の手を離し足を止めた。

「、貴女……」

少し疑う様な眼差しで八戒はななし1を見る。それを知ってかななし1はゆっくりと帽子を取った。
もしかしたら、彼の気功術で殺されるかも知れない。でも何故か、ななし1はこの男なら大丈夫だと思ったのだ。同じ匂いがしたと言うか、ななし1の本能的な勘でしかないのだが。
八戒が目にしたのは、人間とは明らかに違う、尖った耳。

「貴女…まだ全員が自我を失った訳では無いと言う事なんですか…!?」

「それは分かりませんが、……殆どの妖怪は…、」

言葉を詰まらせたななし1に、八戒は息を飲んだ。
知ってはいるものの、彼女はただの人間と何ら変わりがない。八戒自身も自我を失う事の危惧は忘れていないし、彼女が自我を無くしてしまった場合、手に掛けなくてはいけない。

「彼氏が、町の何処かで暴れているんです。大切な人を殺したんです。…だから、彼を止めないと…、」

「………事情は大体分かりました。ただ、貴女一人で行くのは危険です。…僕も手助けさせて下さい。」

「…、良いんですか…?」

「はい、もちろん。」

八戒と名前を名乗られれば、ななし1も名前を名乗る。こんな最中でも優しく笑う八戒に、ななし1は少し心が安らぐのをを感じた。

もしかすると、彼氏は既に残りの三人が倒してしまっているかも知れない。八戒がそう言えば、四人で旅をしている事を聞いた。どんな形にしても、彼の姿を見付けたくて二人は走った。
途中、人間を襲う妖怪達を八戒が気功砲で吹き飛ばせば、帽子を深く被ったななし1が人間達を避難所に行く様急かしていく。まだ辛うじて息のある人を見付ければ、ななし1が止血をし、彼は気功術で傷を癒していく。言い方は失礼だが、ななし1はこんなに芸達者な人を見た事は無かった。

「……この場所とはかけ離れていますが、南東の方にまだ自我を失っていない妖怪だけが住む町があります。」

「…、本当ですか…!?」

「えぇ。……動けるのであれば、その町に行くと言う事をお勧めしたいのですが…」

「………、きっと、とても遠いのでしょうね、」

車でも一週間はかかるその距離に、八戒は言葉を飲み込んだ。その町の妖怪達が、まだ自我を失っていないと言う保証は何処にもないからだ。中途半端に優しさだけを見せても、逆にそれが残酷な結果を生む事もある。それが現実だ。
とは言え、何故だかななし1を放っておくことも出来ず、八戒は複雑な心境だった。
もし、途中に妖怪の村があったなら、そこまで同乗出来ないものか。そんな都合良く、妖怪の集落に行けるとも思えないし、三蔵達は何て言うだろうか。
わがままだとは分かっていても、八戒の脳裏に過ってしまう思考。

「…っ、あそこの建物が崩れます、こっちに…!!」

「、はい…、!!」

今度はななし1に手を引かれれば、まだ火の手が来ていない場所までたどり着く。

そこは人間達が隠れている場合で、窓や物陰から二人の事をヒソヒソと見ているのが分かる。罰が悪そうにななし1が帽子を深く被り直すと、突如八戒はななし1の手を引いてその場を離れた。

人の気配が無い場所に着くと、足を止めた八戒。何事かとななし1が目を丸めて見れば、彼も罰の悪そうな顔をしているのだ。
そしておもむろにななし1の目を見ると、真っ直ぐな瞳で言うのだ。

「……僕達は西へ向かって旅をしています。もし、この先に妖怪の村があるのだとしたら、ななし1さん、そこまででも―――」

「おい、ななし1、何やってんだ…??」

「「!!??」」

遮られた言葉に二人が声の方を向けば、そこにはななし1が良く知る人物が立っていた。
白シャツだったであろう物は返り血で赤く染まっている。
手に持つ刃物と斧は何人の人間を切り裂いたのだろうか。血が滴り落ち、ベタベタと切れ味が悪そうだった。

「……、酷い…、何でそんな事…!!」

「あぁ…?んなもん、本能のまま生きてるだけだ…お前だってそのうちそうなる。」

「…!!、」

「ななし1さん、彼等はもう元には戻れません…!危ないですから、」

「…何だお前、俺の女の何なんだよ…?」

「変な言い掛かりやめてよ!!アンタのせいで、何人の人が死んだと思ってるの…!!!」

「……ななし1よぉ、てめえも死にてぇのか、人間みたいによ。」

「、何で…普通に暮らしたいだけなのに…っ!!!」

男がななし1に襲い掛かると、ななし1は奥歯を噛み締め構えた。振り落とされた刃物を何とか避ければ、怪我も承知で男の手を殴る。その拍子に落とされた刃物を拾えば、距離を取って対面するように刃物を彼に向けた。
初めて人に刃物を向けるのに、何故か恐怖は感じなかった。目の前の男と昨日まで笑い合い愛し合い、人としての暮らしをしていたのに、劇的に変わってしまった日常。

「……八戒、さん…?」

「、待って下さい…、」

「あなたの様な人と、もっと前に出会えていたら…幸せ、だったのかな…、」

「っ、待って――!!!」

ナイフを向けて走り出す。
相手は斧を持っているが、ななし1には恐怖だとか痛覚が無い様にすら感じた。
相手の腹の肉を突き刺す感触を感じれば、自身の背中に感じる衝撃と熱。口から吐き出した物が血だと分かれば、自身の命がもう消えようとしているのを知る。
歯を食い縛り、最期の力を振り絞って、手に持つ刃物で抉ってやる。聞き慣れたハズの男の声からは、初めて聞く呻き声。

旅してみるのも良いなぁ…なんて夢見るのも楽しいだろうな。
きっと、八戒さんとの旅なら、大丈夫だと思うけれど。でも。

ななし1は切に想う。

せめて愛する人の最期は、自分が看取ってやらないと。

end

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