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嫌悪感と冷たい手

彼女は、この男が気に食わない。

決して恨んでいるとか、嫌いとか、そう言った感情ではない。

ーーーじゃあ何が気に食わない?

彼女は自分の目の前でニコニコとお茶をすする男をジトっと見ながら、自分に用意された湯呑みに口をつけた。
自身で解せない気持ちを、無理矢理お茶で流し込む様な気分だ、と彼女は思った。



三蔵一行と共に旅をする様になり、しばらくして。
気兼ねなく会話のできる悟空や、セクハラは玉にキズだが頼れる悟浄とは良く話す様になった。
三蔵は未だに怖いところはあるが、彼等に教えられた通り、ただ不機嫌なだけだと思い知ったのはつい先日の事だ。

そして彼女が気になるのはもう一人。
目の前にいる男、八戒。

先程も記した通り、彼女は八戒が気に食わない。

「どうかしましたか?ななし1さん?」

ジトっと彼女の視線を感じた八戒が、不思議そうに言う。

「……いや、八戒さんって何を考えているかわからない顔しているなって…。」

「そう言われましても…あいにく、顔は元からこんな感じなので…すみません、」

相変わらず笑みを浮かべた様な顔で八戒は話す。
別に貶している訳でもなければ、謝って欲しい訳でもないのだと、彼女は少し無愛想にお茶菓子を
頬張った。

彼女、ななし1は少し気まずい。

辿り着いた街で各々行動をした結果、八戒と宿で二人っきりなのだ。
思い返せば、八戒と二人きりになる事が無かった。今まで何気なく出来ていた会話は、今は居ない三人の誰かが居たから成立していたのだ。
何となくその事実に気づいた彼女は、あー、と一人ゴチながら湯呑みの中を空にした。



「ななし1さん、お茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、イタダキマス。」


彼女は湯呑みを置こうとお盆に手を伸ばすと、丁度、自身の湯呑みを盆に乗せようとした八戒と手が触れあった。

少し驚いて手を引っ込める彼女に対して八戒は、僕のも一緒にもらってきますね、と少し明るい笑みでお盆を持って出ていく。

その姿に目が離せなくなった彼女は、八戒が部屋を出るまでしっかりと視線で彼の背中を追いながら、パタン、と小さい音でドアが閉まった瞬間、バタンと机に伏すのだった。

(ーー手が!!ーーー冷たかった!!!)

胸をうるさく鳴らせながら、彼女は八戒と触れた手を擦っていく。
彼女は一行の中で誰よりも八戒が気に食わないが、一行の中で誰よりも八戒の事が気になってる。

「………なんだろ、コレ……」

純粋に胸の内を伝えれば済む話なのだろうが、うまく言葉に出来ていたならば、こんなことにはなっていないのだ。
そもそも何が気に食わないとか、分かっていないのにそんな話も可笑しいじゃないか。と自分自身少し複雑な気持ちに、苦笑いをした。



ーーーーー



「おや、そんな所で寝たりしないでくださいよ?」

「眠い訳じゃないです!」

八戒が部屋に戻って来た。お盆に乗った2つの湯呑みからは湯気が出ていて、お茶の良い香りが部屋を包み込む。

「あぁ、そうだ。ななし1さん、とっておきのモノがあるんです。……はい一緒に食べましょう。」

「これ、皆にもう無くなったって言ってたやつ…!」

「えぇ、あの人達の分はもうあの人達が食べつくしちゃったんで……これは、僕とななし1の分。…あの三人には秘密ですよ?」

人差し指を口に当てて、いつもより、はにかんだ笑み。
そんな八戒に、彼女はフリーズ。



「…………………ずるい。」

「…え?」

「…こう言う時だけ呼び捨てとか、ずるいです。」


顔を赤くした彼女をキョトン、と見る八戒。

彼女は思う。気に食わなかった事は、仲良くなれていない事だったのだ。
唯一、メンバーの中で"ななし1さん"と呼ばれる事に、違和感と不服を感じていた。それが今、一回呼び捨てされるだけでとても新鮮で嬉しく感じてしまう。

「…僕もまだ青い、って事で良いんですかねぇ……?」

「……八戒、さん??」


ボソッと呟かれた言葉を聞き取れず、彼女が八戒の顔を見上げる様に見れば、そこには仄かに顔を赤くした八戒。
それをみた彼女は、人間とはなんて単純な生き物だろう、と思うのだ。


"気に食わないコト"は、意外と"簡単なコト"だったのだから。

end


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