×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




怪物と戦う者




「ねぇ、三蔵〜っ!これ食べてみて〜!!」

ウキウキ、ズカズカ、彼女は擬音が良く似合う 。
今日も三蔵一行の紅一点、ななし1は三蔵の部屋を開けるなりズカズカと部屋に入っては、三蔵の目の前に小さな袋を置いた。
当然、ゆったりとした一時を過ごしていた三蔵も眉間にシワを寄せる事になるのだが、ななし1はそんな事は全く気にしない。それどころか、今日は自慢気に息を荒くしているくらいだ。

「…何だ、コレは。」

「見た目がお手本と"ちょっと"違うけど、頑張って作ったんだ!食べて見てね!!」

周りに花を撒き散らしながらウキウキと言うななし1は完璧に浮かれている。反対に三蔵はテーブルに置かれたソレを見れば見るほど、眉間のシワを深くしていて。
ピクピクと動く眉尻と口端をひきつらせてソレの正体を聞くも、浮かれている彼女に全く届かない。

「じゃー私、みんなの所に行ってくる!!ゆっくりしてるとこゴメンねぇ〜っ!」

「おい、ななし1、コレはなn……」


三蔵の話を最後まで聞く事なく、ななし1は慌ただしく部屋を出て行った。声はドアに遮られ、三蔵の声は独り言の様で。


「………だから…何なんだ、コレは…」


テーブルに置かれた奇妙なソレを見れば、何だか目が合う様な気がして、三蔵は袋を摘まむと目が合わない様に反対に向けた。

甘い香りがする。ソレを気にしない様に再度一人の時間を満喫しようと座るのだが、新聞を読んでいても視界の端にあるソレが少し気になって、深くため息をつくのだった。



――――――――――――



「えっと……ななし1、コレ、なに…?」

悟空は今、始めて見る目の物を前に、冷や汗が止まらなかった。彼の本能が、危険信号を出しているのだ。
そんなひきつった笑顔の悟空と裏腹に、ななし1は満面の笑みでソレを差し出している。

ラッピングは可愛いのだが、中に見える奇妙なソレに身震いも止まらない。

「何って……クッキーだよ??」
「クッキー!?コレが!??」

「え…お手本と"ちょっと"違うけど…変かな…?」
「う"ぇ!?変……じゃ、ない……カ……カワイイ、ヨ、」
「でしょ〜♪」

奇妙なソレもとい、ななし1作のクッキーはどこからどう見てもカワイイとは言えない物だったが、あまりにもニコニコと笑みを浮かべるななし1を前に悟空は今までに無いほど顔をひきつらせてロボットの様に答えるしか無かった。

お手本にはキャラクターの様な"カワイイクッキー"が記載されていたのだが、実際ななし1が生み出してしまったソレは、イビツな形に歪みに歪み、恐らく目であっただろう部分はただれて血の様な涙を流している。ニコニコとした口も泡を吹いた兵士の様にグチャグチャで、正直モザイク処理をしないと見れたものじゃない"グロテスククッキー"になっている。

「…カワ、イイ…妖怪?のクッキー…だな…」
「え、何言ってるの??コレ、ネコちゃんだよ!」
「ネコ!!??」
「そっ!!結構可愛らしく出来たんだよねぇ。はい、悟空あーん…」
「う"ぇ"っ…!?!?」

悪意無く言った言葉に、悪意無く返されてしまっては、どうしようも出来ない。
少なくとも、悟空は他のメンバーの様に遠回しに断ったりする事が大の苦手である。特にななし1の事に関しては。
この窮地をどうしようかと、キョロキョロ目を泳がせていると、当然ななし1は寂しそうな顔をしていて。

「……食べてくれないの…?」

せっかく作ったのに…。そう言われてしまっては、悟空は食べる他選択肢が無かった。

「食べる!!食べる、食べる…っ!!!」
「本当!?良かった!はい、あーーーーんっ」

しっかりと深呼吸をして、ななし1の指先に待つクッキーに恐る恐る近づいて。

(怖っえええええぇぇぇぇ…!!!)


パクリ。


「……モグ……モグモグ…………、」

「どう?美味しい??」

クッキーを食べた瞬間、悟空の目から涙が出てきた。
別に、どこも怪我なんて無いし、感動したと言う事でも無い。ポロポロと溢れる涙に、ななし1はギョッとした。

悟空自身も涙が出るなんて思っていなかったものだから、自分自身が分からなくて驚いている。
ただ、噛めば噛むほど知っているクッキーと違い過ぎて、悲しくて仕方がない。


「…お、ななし1何やってんだ?」

「あ、悟浄!!」

そんな所にタイミング悪く悟浄がトイレから帰ってくるのだから、ななし1の悪意無き攻撃の矛先は当然彼に向いていて。

「はい、悟浄もあーん!!」
「うぉ、いきなり何だよ……っておい、」

悟浄の元に駆け寄ったななし1が、クッキーを悟浄の口元に持っていくと、悟浄はななし1の肩を掴んで部屋の奥を見る。生焼けのソレが悟浄の口端に当たると、グニャリと曲がった。

「おい、悟空倒れてんぞ…!?」
「ん??………悟空!?大丈夫っ…!!?」
「……う"ぅ"……」

ななし1が振り返れば、今しがたハムスターの様に頬を膨らませていた悟空が、地面に伏していて。
驚いたななし1が悟空に駆け寄ると、ゆさゆさと体を揺する。悟浄はまさかと思い、クッキーの破片を摘まむと口に入れてみた。

「悟空、お水飲む…?」
「飲む!!水、ちょーだい!!!」
「そんな不味かったかな…?」

「……ななし1、コレすげー生焼けだぞ!?」

グラスに水を注ぎ、倒れている悟空に渡すと、勢い良く水を飲む悟空。もう一杯とおかわりを所望されていると、破片を食べた悟浄がムセ気味に言う。

「何だよコレ!外はこんなに焦げてんのに、中がどろどろじゃねぇか!!マッズ!!!」
「ウソ!?ちゃんとレシピ通りに作ったのに…!?本当?!悟空!!??」
「ななし1、ウマ、カッタ、ゼ…」
「馬鹿ザルーっ!!無理すんな!!」

今にもクッキーの様に泡を吹いて魂が抜けそうな悟空にビンタしながら、悟浄が大声を出した。ななし1も稀に見ない瀕死の悟空の姿に、勢い良く体を揺すって他界を何とか防ごうとしている。

「…ゴメ…ン…、オレ…モウ…ムリ……、」

「おいおいおいおいおい…!!!」
「悟空ーー!!!ごめーーんっ!!!」
「おい悟空がモノノケに出てくる奴みたいになってっぞ…!?」

殆ど意識が無くなっている悟空に、ななし1は半泣きで謝り続ける。
悟浄としても悪意が無い事はある程度分かっているものだから、そのまま放っておく事も出来ず、とりあえず悟空をベッドに運ぶ事を提案した。わたわたとしていたななし1も悟浄の提案に直ぐ様対応し、悟空の足元に回る。
ななし1が足、悟浄が腕を持ち、掛け声で悟空を持ち上げた。

「…コワイ……クッキー…コワイ…」

「おわ、何か言ってんな。」
「嫌な夢でも見てるのかな……、」
「ってか、ななし1は何見てアレ作ったんだよ…。」
「何って…コレだけど…」

うなされ続ける悟空をベッドに上げると、ななし1はレシピ本を渋々取り出した。
一応、正規のレシピ本ではある事にホッとした悟浄だったが、その問題のページを見るためにななし1の手からレシピを取り上げた。

ご丁寧に、端に折り目まで付けてあるページを開けば、確かにそれらしきレシピが載っている。
悟浄は糸目でそのページを端から細かく見ていくと。

「………ななし1、これこのページに載ってるレシピ、前のページのレシピだぞ…??」
「え!?じゃあクッキーのレシピどこ?!」
「……次のページだ…。」
「………あぁ、どおりで…、」

ニンニクなんて可笑しいと思ったんだよね。
どう見てもクッキーの見本に、『レシピは次のページ→』となっているのに、何を見てしまったのだろうか。
見た目も味もレシピ通りにはならなかった産物を見て、ななし1と悟浄は苦笑いが止まらない。
悟浄としては、ベッドでうなされている悟空を見ると、その時その場に居なくて良かった…と言う若干の安堵感が拭えない。

「あははは……ごめんなさいっ…!!!」
「いや…とりあえず謝るのは悟空にだろ…なぁ、ななし1。」

ペコペコと頭を下げるななし1に、悟浄は頬を指でポリポリと掻いて聞いた。

「他に渡してる奴いねぇか??例えば…三蔵サマとか…」

「……え…?…渡したよ……?」

「………………………………、」

「……………………………あ。」


クッキーを食べた事により倒れた悟空を二人して見て、二人して目を合わせた。
しばし無言の後、最悪なシチュエーションが二人の頭を過る。

「ちょ、三蔵の様子見てくる!!悟空の事よろしくね!?」

「おー、三蔵サマ倒れてても俺は知らねぇぞー。」

「いじわるーっ!!」

ななし1は悟浄に悪態をついてドタバタと部屋を出ていった。目指すは三蔵の部屋。



人一倍警戒心の強い三蔵の事だから、見映えの悪いソレを食べているとは考え辛いのだが、いち早く回収しなくては。もし死人が出ようものなら、ななし1自身の命が危ない。
息を切らして部屋に着くと、ドアを叩いて彼を呼ぶ。


「三蔵ーーっ、生きてるー!!?」



返事が無い。



「サーンーゾー!??」



返事が無い。



流石に、ななし1の頭に過った最悪なシチュエーションが濃厚になってきた。
息を飲んでドアノブを捻れば、鍵は掛かってなくて。

「……入るよー?」

控え目に断りを入れて部屋に足を進めると、そこに三蔵の姿は無く、ななし1は辺りを見渡した。
なんだ、心配して損した。ホッと胸を撫で下ろしたななし1が部屋を出ようとした時、そこにあるはずの物が無いことに気が付いた。

テーブルに、置いたハズなのだ。

そのまま捨てられたにしろ、何かが怪しい。ベッド横のゴミ箱を覗いて見るも、例の袋が無い。
恐る恐る部屋の奥へと足を進め、バスルームへと続くドアノブに手を掛けた。

案の定、最悪な出来事がソコで起きていて。



「ひぃーーっっ!!!三蔵ぉぉお!!!!!」



それ以来、ななし1は悪夢を繰り返さない様、八戒のスパルタレッスンを受ける様になったとさ。

end



[ 49/76 ]

[*prev] [next#]