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雨のち曇りのち晴れ


三蔵一行は足止めを食らっていた。

雨が止まず、ぬかるんだ道を進むには厳しい地形で街の滞在を余儀無くされている。

そんな雨の日は、決まって三蔵と八戒は部屋に閉じ籠る。

そんな二人のどちらかと相部屋になれば、空気の重たさが半端ない。だから、出来る限り八戒と三蔵が相部屋となる様にしているのだが、今回取れた二人部屋はまさにそれだ。
二人きりの空間に、とにかく、重たい空気が流れている。


それを知ってか知らずか、悟浄と悟空は文句も言わず、隣の部屋でいつもよりは大人しくしている。
いつもはカードをやろうだの、飲もうだのと誘うのだが、こういう日にはあまり誘わないようにしている。


そんな中、空気を読まない奴が一人…



――コンコン

「お邪魔しまーすッ!!」

ノックと同時にドアを開け、ズカズカと部屋に入ってくる。
テーブルを挟んで座る三蔵と八戒は少し驚いた様に、入ってきたななし1を見た。

「うっわぁ、煙たいっ!んで、空気、重たいっ!!」

窓開けるよっ。と断りも聞かずななし1は窓を開けた。
雨の降る湿気って冷たい風がスーッと入ってきて、部屋に流れる淀んだ空気を変えてくれる様だった。

「三蔵、少しはタバコ減らしなよ〜?」
「………あ"ぁ?…てめぇに指図される筋合いはない。」

いつまで以上に怖い顔をしている三蔵。そんな彼をななし1は気にする様子もなく、さらに言葉を返す。

「その内、八戒が三蔵の副流煙のせいで死んじゃうよ?」
「……フン、知るか、そんなモン。」
「可愛くないなー。八戒が居なかったら寂しいでしょ?」
「……馬鹿か、お前は。」

ななし1と三蔵の会話に苦笑いをする八戒。いつもよりも眉間のシワが深い三蔵と、言い方は悪いがデリカシーの無いななし1を見れば、どっちもどっちだ…と言う気持ちになってしまう。

「まあまあ、二人とも落ち着いて…。ところで、ななし1は何をしに来たんですか?」

「あ、そうだった。」

八戒の一言に、ななし1は手にしていた包みを思い出した様に見せびらかす。

「コレ、八戒に渡して欲しいって言われたの!」

ななし1がウキウキ話せば、可愛くラッピングされている手のひらサイズの包みをテーブルに置いた。

風呂上がりのななし1がキッチンの横を通ると、同い年くらいの宿屋の娘に声をかけられ、渡された物だった。
その包みを不思議そうに三蔵と八戒が見れば、八戒はななし1に問いかける。

「…何ですか?」
「ほら、八戒がご飯終わって、片付け手伝ってたでしょ?それのお礼だって。」

開けてみよっ!と悟空みたいにワクワクしているななし1に、八戒はいいですよ。と包みを開けた。

包みの中には、星やハートの形をしたクッキーがたくさん入っていた。

「……中々、ウマそうじゃねぇか。」
「うん、美味しそうっ!よかったね、八戒!!」
「折角ですし、頂きましょうか。」

悟空達には内緒ですよ。にこやかに言う八戒に、いいの?と飛びつきそうな勢いのななし1。まるで女版の悟空の様に見えて、八戒は再び苦笑いを浮かべた。
ななし1が食べやすいように袋を器用に開けると、八戒がお茶を煎れてくると席を立つ。そんな彼の後ろを袋を開き終わったななし1が付いて行く。

「あ、三蔵、先に食べちゃダメだよ??」
「…うるせぇ、さっさと行ってこい。」

ななし1が振り返り三蔵に言うと、眉間にシワを寄せた三蔵が睨む様に言った。どこかの猿と一緒にするな、という目線で。


――――――


お茶の支度をする八戒とななし1。
カチャカチャとななし1は湯呑みを棚から出しながら、今まで疑問に思っていた事を八戒に聞いた。

「ねー、なんであんなに三蔵は機嫌が悪いの??」

「…僕達、ちょっと訳ありなんです…。」

八戒は少し困った様に笑うと、答えを濁す様に言った。
相変わらず馴れた手つきで茶筒から急須に茶葉を入れていく。そんな横顔を見ながら、ななし1はふーん、と首を傾げた。

「……訳あり…それって、雨の日だから?」

「…えぇ、雨の日の三蔵は、いつにも増して機嫌が悪いんですよ。……フラッシュバック…って言うんですかね、大切な物が無くなる瞬間が、ふとよ過ってしまうんです…、」

「…そうだったんだ……ごめん、知らなかった、…じゃあ、八戒もそうなの?」

「…僕も、やはり雨の日はあまり夢見も良くないですね…。」

切ない表情を浮かべた八戒が自分の拳を見つめた。
そんな顔を見てしまっては、ななし1は何も言えなくなる。
それは今までの行動や発言に配慮が無かった事が申し訳なく思えてきたからだ。かと言って謝り倒すのも変に気を使わせてしまうし、考えれば考えるほど何を言ったら良いか分からない。明るい取り柄が活かせれる言葉が、見付からない。

「………、」

「……さ、お茶も入りましたし、甘いクッキーでも食べましょう…!それに…ななし1は、気にしなくても良いんですよ。」

「………うんっ!…ねぇ八戒、話してくれてありがとう。」

「…、いえ、良いんですよ。」


どこまでも優しい八戒に、ななし1の気持ちは軽くなった。
お盆に乗せたお茶を八戒が持っていけば、ななし1はその後ろを付いていく。


ーーーーーーーーーーーー


「美味しい〜〜っ!!三蔵も一つどうぞ??」

ななし1はクッキーを手に取り、三蔵の前に出した。
はい、口開けて。ななし1が三蔵の口元にクッキーを放り込もうとすれば、三蔵はこれでもかと言う程眉間にシワを寄せ、嫌な顔をした。

「食べないの??じゃあ、八戒あーんして。」
「いや、僕も遠慮しときます…」
「えーッ!!二人ともノリ悪い!!」

ースパァーン!!

「痛ぁっ!!、なんで叩くのよ!?」
「馬鹿な事ばかりやるからだ、」

二人に食べさせようとしたななし1を三蔵がハリセンで叩けば、ななし1は叩かれた頭を擦りながら手に取ったクッキーを自分の口に放り込んだ。
モグモグと噛み締めれば、仄かに甘く風味の良い味が口に広がる。その味に頬を緩ませると、未だに何処か辛気臭い空気を感じてななし1は口を開く。

「…美味しい物も、楽しく食べないと美味しくないんだよ??」

「「…………、」」

拗ねた様に言うななし1は、またもめげずに三蔵の口にクッキーを口に運んだ。

「………チッ」

「確かに、そうかもしれませんね。」

ななし1、一つくれますか?八戒が言えば、ななし1は嬉しそうにクッキーを八戒の口に入れる。
八戒もクッキーを食べ飲み込めば、その素朴な美味しさに少し肩の力が抜けた気がした。

「…、美味しいですね、」
「でしょでしょ!?ほら、三蔵も、あーんっ」

「……………。」

半ば強引に三蔵の口にクッキーを押し付ければ、三蔵も根負けして渋々を開ける。ななし1はそれを見て満足そうに笑い、三蔵の口にクッキーを放り込む。

「……、…、……、」

「……どう?」
「………不味くはねぇな。」

「素直じゃないなぁ〜。私は二人と食べれて嬉しいし、美味しいけどなぁ??」

「「…………。」」

「憂鬱な時はさ、じっとしてるのも良いかも知れないけど、たまにはこうやって楽しく過ごした方が良い時だってあると思うよ。」

「…てめぇみたいな年中能天気な奴に言われても説得力がねえな。」

「ひど?!私だって落ち込んだりしますよ!!ねぇ、八戒!?」

「あはは、すみません、僕も三蔵と一緒でななし1は能天気だとばかり思ってました。」

「えー!!八戒まで…!!…でもいいもん。」

表情をコロコロと変えながらななし1はムスっとして立ち上がった。その足でベットの縁に座ると、足をバタバタさせて二人を見る。


「…それが、人だもん。二人が笑顔になってくれたら、私は嬉しい。」

「「………、」」


そう一言だけ言うと、ななし1はベッドに背中からボスン、と倒れ込んだ。

三蔵と八戒は返す言葉を探す内にタイミングを逃し、無言の時間が過ぎる。
何となく気まずくて、三蔵と八戒はテーブルのクッキーに手を付けた。家庭的なその味に、八戒とななし1が煎れたお茶が良く合って、二人はポリポリと手が止まらない。

クッキーをかじる音と、サアサアと外から聞こえる雨音だけが、部屋に響く時間。



――――――



「…ななし1、寝るなら部屋に戻れ。」
「……ん〜………、」

クッキーも殆ど食べ終わり、ヤケに静かなベッドを覗き込めば、静かに寝息を立てていたななし1。
三蔵の言葉に、言葉にならない返事を返したななし1はベットの上で丸くなり、もぞもぞと身を捩らせた。
全く起きる気配が無い彼女に三蔵はハリセンをかまそうかと思ったのだが、健やかに眠るななし1の顔を見れば気が引けた。
そんな三蔵とななし1に苦笑いをしながら、八戒はななし1に毛布をかけてやる。そして深くため息をついた三蔵にこう言うのだ。

「…ベット、一つ取られちゃいましたね。どうします?三蔵。」
「…ったく、コイツには振り回されてばかりだな。」
「でも…、結局僕たち、ななし1に助けられてるんですね。」

ほら、雨止んでますよ。八戒は開いた窓から外を見た。
雨上がりの街並みは、雲間から夕日が射し込んで辺りを夕焼け色に染めている。窓に付いた雫が太陽に当たれば、キラキラと反射して眩しく見える。

「……あぁ。そうだな…。」

「…三蔵、コーヒー飲みます?」

八戒はコーヒーを入れて椅子に座る。二人はななし1を見
れば、どこかおかしくて、どこか切なくて、どこか優しい気持ちになる。自然と口に弧が描かれる。


「………ん〜……、」


穏やかな雰囲気に変わる空気は、まるでベットで眠る彼女の様だった。


END

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