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熱燗と違和感



カツカツと廊下を歩けば、修行僧達が同じ角度で頭を下げ、彼に対し労いの言葉を口にする。あぁ、と短く答え過ぎ去れば、修行僧達から尊敬の視線と言葉が上がって。

今日来た参拝客の長話には思う事がいくつかあって、早く休みたいと思う気持ちと、早く会いたい気持ちがはやり、三蔵が向かうは寺院の奥。離れにある、自分の家。

ガラリ、と家の扉を開ければ、パタパタと足音が近付いて来て。

「三蔵様、今日もお勤めご苦労様です。」

「…あぁ。」

少し息を切らしたななし1が急いで正座で出迎えれば、三蔵は草履を脱いで家に上がる。その草履をななし1は靴箱に仕舞えば、三蔵の後ろを付いていく。

「もう夕食の準備は出来ております。お召し上がりになられますか…?」

「あぁ。」

「では、ななし1は支度します故、お着替え下さいまし。」

ななし1が台所へ向かおうとかかとを返した時、三蔵がななし1の手を掴んだ。何事かとななし1が目を丸くして振り返れば、三蔵がななし1に熱い視線を送っていて。
紫色の瞳とななし1の視線が絡まれば、彼女は緊張した面持ちで目線を反らす。

「……っ、三蔵様…如何なされたのですか…!?」

「…、何でもねぇ。」

「…そう、です…か…??」

三蔵が彼女の手を離すと、自室へ向かうべく、背中を向ける。
本当に何があったのだろうか。心配とトキメキが入り交じる感情に胸を押さえながら、ななし1は心配そうに三蔵の背中を目で追った。
三蔵とななし1が結婚して三年の歳月は経つが、ななし1は未だに馴れない事が多かった。先程の様に、彼に見つめられると言うのは、ななし1の中でも馴れない事の上位に食い込む程だ。

そんな事よりも、今は食事の支度をしなくては。
年末に向けて忙しくなるこの時期、精を付ける様にと僧侶達から沢山の食材を貰えたものだから、ななし1は腕に頼をかけて作ったのだ。

(……きっと、食べたら三蔵様も元気になりますよね。)


台所に行くと、丁度炊き上がった米の良い匂いが立ち込めた。
手を洗い、手際良く料理を盛り付けしていくななし1。
ドアの音が聞こえれば、三蔵が居間に入ってきた合図だ。椅子に座った音が聞こえ、まずは突き出しを盆に乗せてテーブルに出す。

「冷めない内にお召し上がり下さいね。」

「あぁ。」

三蔵専用の箸を箸置きに置き、ななし1は台所に戻った。
茶碗にご飯をよそい、盛り付けたおかず皿や小鉢をお盆に乗せれば、再度三蔵の元に行く。

「…、如何なさいました…?」

配膳するななし1が三蔵を見れば、三蔵はまだ突き出しに一口も手を付けていない状態で。
珍しく煙草も吸わずに、新聞を読んでいるのだ。
いつもであれば既に口にしているハズなのに、やはり何かあったのか。ななし1が三蔵を心配そうに見れば、彼はななし1をチラリと見て、こう言うのだ。

「…早く自分の分も持ってこい。」

「………もしかして、お待ち頂けるのですか…?」

「いいから早くしろ。」

「…っはい!!」

三蔵がぶっきらぼうに言えば、お盆を胸に抱いたななし1は嬉しそうにパタパタと台所に消えていく。
そして直ぐに自身の夕食を配膳して持って来れば、二人でテーブルを囲み、手を合わせる。

「三蔵様、ご飯は冷えていませんか…??」

「あぁ、問題ない。……にしても、」

米を口に運びつつ、三蔵はテーブルの上を見渡した。

「今日、僧侶さん達が食材を沢山持って来てくれたんです。どれも美味しそうで…沢山作りすぎちゃいました…。」

鰤大根、南瓜の煮付け、レンコンのきんぴら、だし巻き玉子、豚の生姜焼きに自然薯と、三蔵専用マヨネーズ。どれも手の込んだ料理ばかりで、三蔵は全ての皿に手を付ける。
そんなモグモグと頬張る三蔵の姿に、ななし1は息を飲む。
毎回、三蔵好みの味を研究し続けているのだ。彼の眉間に一つでもシワが入ろうものならば。その品は今後、三蔵の口に合うようになるまでは食卓に出される事は無い。
寺院の僧侶達に、ささやかな励ましと言う名の実験体になってもらわねばならないのだ。

「…コレはいらん。」

「はい、直ぐに仕舞いま……えぇ!?三蔵様、本当にどうなさったのですか…??!」

返品きた!!とななし1が三蔵の手元を見れば、三蔵がおもむろに手渡したのは、マヨネーズ。
いつもの彼であれば、生姜焼きには絶対かけるのに。鰤大根や南瓜にもかけると思ったのに。まさかな展開にななし1は驚きが隠せない。

「もしや…!!風邪でも引かれましたか…!?」

急いで三蔵の隣に行き、額と首元に触れる。ペタペタと触るななし1に成されるがままの三蔵は、口をへの字に曲げていた。

「…何だって俺がマヨネーズかけねぇ位でそんな大騒ぎなんだよ。」

「だって…何かにつけて、マヨネーズマヨネーズ…と愛を語っております故…。」
「流石にそこまでは言ってネェだろ。」

呆れ顔の三蔵が夕食に箸を進め直すと、お前も早く食え。と言われ、ななし1はチラチラと三蔵を見ながら席に戻り、箸を進める。

「…ななし1、」

「ぇ…はい、只今…!!」

名前だけ呼ばれ、差し出された茶碗。
突然の出来事にななし1はボケッとしてしまったが、それがおかわりの催促だと分かれば、とても嬉しそうな顔で台所に向かっていく。
それもそうだ。あの食の細い三蔵が、おかわりを所望するのだから。急いで台所に行き、ご飯をよそって持っていく。
やはりその飯も平らげるのだから、ななし1は珍しいと目を丸めて彼を見るのだった。



ーーーーー


食事も終わり、三蔵が風呂に入れば後片付けと晩酌の準備だ。
洗い物が終われば鍋に湯を沸かし、酒の入った徳利とお猪口を入れる。弱火でゆっくりと温めていけば、酒の匂いが台所に立ち込めて。
からすみを薄く切り落とし皿に盛り、盆に乗せた。

丁度三蔵が風呂から上がった音がして、ななし1は徳利の温度を確認した。丁度良く温まった徳利と一緒に、居間に持って行く。

「三蔵様、今日もお疲れ様でした。」

「あぁ。」

「……では、私もお風呂に入って参ります。」

「……あぁ。」

テーブルに配膳をし、三蔵の徳利に酒を注ぐ。
呑み始めた三蔵にそう伝えれば、ななし1は風呂場へ向かう為に背を向けた。そんな彼女を横目で見る三蔵が何か言いたげな表情をしていた事なんて、ななし1は知るよしも無かった。



ななし1は風呂から上がり居間に行くと、そこに居る筈の三蔵の姿が居ない。いつもなら、此処で晩酌を楽しんで居るはずなのに。

(…疲れて寝てしまわれたかしら?)

まだ湿った髪の毛をタオルで拭きながら寝室を覗くと、やはり彼はそこに居た。しかし、そこに居たには居たのだが、縁側に座っているのだ。
胡座をかき、柱にもたれ、お猪口を傾ける三蔵の姿。

「…此方にいらっしゃいましたか。お風呂の後は身体が冷えます故、そろそろお戻りに…」

「ななし1、お前も呑むか?」

「え、えぇ…?」

ななし1の姿を見た三蔵が、自身の隣に敷かれた座布団に向かう様に顎で促す。
わざわざ座布団とななし1用のお猪口まで準備されているのを見ると、いよいよ三蔵の違和感に笑いが込み上げてくる。
でもそれは、違和感と同時に嬉しさも込み上げてきて。

「わざわざ用意して頂いたのですか…ありがとうございます。」

ななし1は三蔵の気持ちに甘え、縁側に足を出すと三蔵の隣に座る。
ななし1がお猪口を手に取れば、三蔵が徳利を手に取り、彼女のお猪口に酒を注ぐ。並々注がれた酒を溢さない様にななし1が口を付ければ、かなりの熱さにむせてしまいそうだった。

「三蔵様、もしやもう二本目ですか…?」

「……あぁ。」

空を見上げて煙草を吸う三蔵が、煙を吐き出して言う。

「…作ってみたものの、お前の様にウマい酒が作れなくてな…。」

「まぁ、勿体無いお言葉です。…ですが、」

照れた様に笑うななし1が小さなお猪口を包む様に持つと、下を向いて三蔵が注いでくれたそれを見る。

「…私には、三蔵様が作ったお酒の方が美味しく感じます。」

「………そうか。」

ふいに三蔵がななし1のタオルに手を伸ばし、そっと頭に被せれば、わしゃわしゃと髪の毛を拭いていく。密着した三蔵の身体の熱が、ななし1に心地好く伝わった。

「…本当に…今日はどうなされたんですか…?」

「……、今日来た老人に言われてな。」

「…何をですか…?」

「その老人は最愛の妻を亡くし、今は独り身だそうだ。」

「…それは、さぞ大変でしょうに…。」

「今まで経を上げる事が出来ず、やっと貯まった金で寺院にやって来た。」

「……、」

タオルで拭かれている為に三蔵の顔を見ることは出来ないが、その声はどこか寂しそうな声で、ななし1は言葉が出なかった。
三蔵の熱が心地好く感じるのに、それが今は遠く感じてしまう。少し冷めた徳利を包む手が、少し震える様な気持ちだった。


「…その老人は、今でも妻を愛しているそうだ。」

「…………、」

「そして言われた。『貴方にも愛する人が居る内にしてやれる事があるだろう』と。」

「…、三蔵様…」

ななし1の腰を引き寄せ、より身体を密着させる。
抱きしめられていると気付けば、ななし1の心臓がドクドクと高鳴っていく。
今日感じていた違和感は、三蔵の精一杯の優しさや甘えで。女人禁制の寺院で、さらに最高僧である三蔵と二人っきりで出掛けられる事は中々無い。それは彼が忙しいと言う事もあるが、ななし1が街の人々の世間体を気にするあまり誘える事が無い。
三蔵にそれを伝えれば、いつも通りの無愛想な顔で一蹴されるのは分かっているのだが、休みなく動く三蔵の姿を見ればそんな事は言いづらくて。


「いつも、苦労をさせているな…。」

「………、三蔵様…っ、」


三蔵からかけられた言葉の重みが、ななし1の心のつっかえを取り除く陽で、ななし1は泣いてしまいそうな気持ちを、唇を噛みしめて我慢する。

「…ななし1、もっとこっちに来い。」

「三蔵、様…っ」

「たまにはこうやって夫婦らしい事をしても、バチは当たらんだろう。」

優しく笑う三蔵の姿に、ななし1の胸が一段と高鳴って。

一粒だけ落ちた涙を隠す様に三蔵に身を預ければ、三蔵の抱きしめる腕に力が入る。

タオル越しの頭に三蔵が顔を近付ければ、二人の影が一つになった。

end

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