ゲリラと誘発
宿に戻ろうと歩いていたら、大雨が降ってきた。
この季節は天気が変わりやすい。先程までは暑いくらいの快晴だったのにも関わらず、突然空が暗くなればコレだ。
……そう言えば、宿を出る時、三蔵が雨が降るとか言ってましたね。
インナーまで侵入した雨に嫌悪感を抱きつつ、八戒は走った。
きっとすぐ止むだろうから、何処かで雨宿りをしよう。そう思った矢先に見えた、人が3人入れるか程度の小さな軒下付きの家。
一先ず軒下まで移動して、水を重たく吸ってしまったマントを脱いだ。
軽く絞るだけでボタボタと水が滴るマントをキツく絞り、濡れしまった髪の毛や服の水分を拭き取っていく。
そして、再度マントを絞ったとき、同じく雨宿りをしに来た女性が一人。
「……急に降ってきましたね。」
「えぇ。こんなにも降るだなんて、思っても見なかったわ。」
髪の毛から滴を垂らし、俯いている女性に話しかける。
そして、彼女がおもむろに髪の毛をかき上げた仕草に、八戒は息を飲んだ。
白く透明感のある素肌に、走った後で紅潮した頬。ふっくらとした唇は、グロスなのか雨なのか、潤いを持っている。
何よりも、白いノースリーブが雨に濡れ、彼女の色っぽい下着が透けていて。
「あの…良かったら、コレで雨だけでも拭いて下さい。」
「…えぇ、助かるわ…えっと…」
「猪八戒、と申します。」
「八戒さん、ね。ありがとう、八戒さん。私はななし1。」
八戒は絞ったマントをななし1に渡すと、ななし1はマントを広げ、濡れた髪を両手で包み込むように拭いていく。まるで、風呂上がりを彷彿する様な光景に、八戒は顔が赤くなるのを感じた。
じっとななし1を見つめてしまい、視線に気が付いた彼女が首を傾げてニコリと微笑んだ。
「……八戒さんは、旅の御方かしら?」
「えぇ。訳あって西に向かっています。」
「あら、西に…。」
不思議そうに八戒を見た彼女。
話を聞けば、自身も旅をしていると。
異変で地形が変わってしまったこの世界で、新しい地図を作る為に各町村を回っているのだとか。これは奇遇ですねと八戒が微笑めば、ななし1は面白い事があったのか、クスクスと無邪気に笑うのだった。
「さっきから八戒さん、ずっと私の事を見ているけれど…おかしな所があったかしら??」
「あ、……いえ、こんな美人な方が旅をしていらっしゃるとは、」
「アナタみたいに格好いい男性にそう言ってくれるなんて、嬉しい限りだわ。」
ななし1を直視出来ない八戒が、視線を反らし照れた様に言う。
彼女は身体を拭いたマントを絞ると、八戒にありがとうと返してくれる。受け取ったマントから、仄かに香る彼女の甘い匂い。
もっとこの香りを、堪能したい…そんな変態の様な思考が八戒の頭を過ってしまえば、それを掻き消す様に小さく頭を振った。
ザアザアと聴覚を犯す様に、雨音が酷くなる。
「ぬかるんだ道を走るのも楽じゃないから…暫くは足止めかしら。」
「…と言う事は、貴女も車で旅を…??」
「ええ。それなりに人数が必要だから、馬車もあるけどね。」
男女の10人で旅をしているから、たまには一人になりたくて。悪戯そうに笑う彼女に、胸の鼓動が大きくなっていくのが分かる。
こちとら、むさ苦しい野郎4人だ。今日を切っ掛けに、悟浄が女性を欲しがる理由が、少しだけ分かる。
しかも、近くの宿に宿泊していると聞いた場所は、八戒達が泊まっている宿の向かい側で。こんな偶然も中々ないと、笑い合う。
スッ、と、ななし1が一歩ずれて、八戒の真隣に来た。少し肩が当たってしまうほどの密着に、八戒の鼓動が先程よりも大きくなった。
「…少し、寒いわね…」
「あぁ、それなら……コレを。」
返されたマントを固く絞ると、ななし1の肩にフワリと掛けてやる。やはり、彼女の甘い香りが鼻を霞めて高鳴る胸。
「ねぇ、八戒さん…もう少し、近くに寄っても良いかしら?」
「…は、はい…」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
上品に上目遣いをする彼女に、八戒は身体が少したじろいだ。ななし1はマントを八戒に被せると、あろうことか八戒の前に立つ。そしてそっと八戒に体重を預け、自身の身体を八戒の身体と共にマントで包む。
二人羽織に近くなったそれに、八戒の鼓動は今までに経験した事の無いような程、煩く高鳴った。
彼女の背中の熱が、胸板や腹部に伝わって。
時より髪の毛をサイド掻き分けた時に見える、綺麗なうなじ。
指先まで艶のある姿に、瞬きすらする事を忘れそうだった。
「…八戒さんって、温かいのね。」
「それは……、えぇ、まぁ…」
貴女を見ていてそうなりました、だなんて、口が裂けても言えないセリフだ。
なんて、大胆で素敵な女性なんだろうか。
こんなにも綺麗な女性が男達と旅をしているだなんて、羨ましい。
ゾクリ、と来た興奮に、少しみじろいだ腕がななし1の横腹をさわってしまった。
するとななし1は、八戒の両手を掴むと、自身の腹部に抱きしめる様な形で持っていくではないか。
「八戒さん、手だけは冷たいのね…こうしたら、アナタも温かいでしょう…?」
完璧に後ろから抱きしめる様な形になってしまった事を、八戒は少し後悔をした。
最近、過度な戦闘や野宿を強いられていたからか、八戒自身が少し膨らみを持たせてしまっていたのだ。
そしてそれが、彼女の尻に当たっているのが分かる。
誤解です!!と言おうものなら、変に意識してしまった自分を認める事になる。かと言って恐らく気付かれているであろうソレを無視して世間話なんて出来やしない。こんな体勢なんだぞ。
八戒は恥ずかしさのあまり、口が開けない。
そんな八戒を知ってか知らずか、ななし1は八戒の肩にポスリと頭を預けた。
そして見えた、あまりにも官能的な景色に八戒がゴクリと喉を鳴らした。
髪は片側に寄せられ、見える首筋と鎖骨。そして、八戒の手に重ねて手を添える事で白いノースリーブが浮いてみえる、谷間と下着。
見ない様にしようと思っても、視線を下げればすぐ見えるソレは、どんな男であっても見てしまうだろう。
これ以上は限界だと思った八戒は、ななし1に回す腕に力がこもる。
「…ねぇ、八戒さん…、」
「……何でしょう…?」
「身体を、ソッチに向けても良いかしら…?」
器用に身体を回転させて、ななし1は八戒の胸元に収まった。八戒の抱きしめた手は、今度は彼女の腰を触る。
ハラリ、とマントが彼女の背中からはだけてしまえば、八戒がすみません…と裾を掴んで掛けてやる。
雨に濡れた衣類が、二人の体温で生暖かくなるのだが、そんな不快感さえ全く気にならない。
八戒は、魔が差した。
ななし1の首筋に顔を埋めて深呼吸をすれば、彼女の匂いが充分に堪能出来きて、八戒の脳内がクラっとする。
その白く綺麗な首筋に唇を這わせれば、彼女の身体はピクッと反応するのだから、余計に八戒は理性が効かなくなりそうで。
「……すみません、初対面の方に、こんな事…」
「……八戒さん、もしアナタもこの街にもう少し居るのであれば、」
また、会いたくない??
八戒が顔を上げれば、そこには妖艶で、尚且つ子供の様に無邪気な笑顔で笑うななし1の顔。
彼女が背伸びをすれば、八戒の頬に当たる彼女の唇。
ふっくらとした唇は、想像通りに気持ちが良い。
八戒の答えを待たずして、ななし1は彼の胸元から抜け出した。
「…雨、上がっちゃったわ。」
屋根から外れ、楽しそうに泥道を歩く。
そして、ニヤリと悪戯な顔をして言うのだ。
「今度は、そんなにカタくしないでね…?」
「………、」
煽っておいて、良く言うなぁ…と一人呟く頃には、太陽が雲から出てきた頃だった。
彼女の姿は、もうそこにはない。
end
[ 72/76 ][*prev] [next#]