ボッコと酒と小話編
カラン、と氷が音を立てた。
久々の街で、悟浄とななし2は深夜の酒盛中だ。
少し小洒落たバーのカウンターに座り、グラスを傾ける。
昼間はあれだけメンバーが居るのだ。こんなにゆっくり出来る事なんて滅多にない。
煙草を嗜みながら、特にこれと言って喋る訳でもなく、ただ心地好い空間に身を任せる。
ななし2は、こういう空間が好きだ。
もちろん、皆でわいわいと騒ぐ事も好きなのだが、こうやって一人の空間があるからこそ、皆と居る時に楽しめるのだ。
そして、隣の赤髪を横目で見る。
先ほどの『一人』には語弊があった。しかし、ななし2は隣に座る男、悟浄には気にしなくても良いような気楽さを感じていた。
恐らく、悟浄も同じ事を感じているだろう。
もちろん、二人でも馬鹿騒ぎはする。それでもふとした瞬間、お互い無言になることが以外と多い。今日に関しては、先ほどまでいつものメンバーで大騒ぎして、やっと休憩が出来るタイミング…と言うところだろう。
「ぉ、マスター。コレ、もう一杯。」
グラスを手に持った悟浄が、いつものニヒルな顔で言う。
ななし2もグラスのカクテルを飲み干して、次に何を飲もうかとメニューを開く。
「っと、わりぃ…一緒に頼めば良かったな、」
「んー??そんなの気にしなくてもいいのに。」
お待たせしました。と悟浄の前に置かれたグラス。バーテンダーが悟浄の飲み干したグラスを、新しいグラスと交換すると、ななし2の席にも新しいグラスを静かに置いた。
「……おぃ、コイツはまだ頼んでねーぞ??」
「あちらのお客様からです。」
「………どうも。」
まだオーダーしていないにも関わらず、ななし2のカウンターに置かれたグラス。
ロックグラスに丸氷、いかにも度数がキツそうな茶色の酒。
バーテンダーが手を向けた方を見れば、カウンターの端で酒を楽しむ紳士的な男が一人。ななし2に向かって乾杯するかの様にグラスを持ち上げている。
奢って貰ったからには、ニコリと笑みを浮かべてグラスを掲げるななし2。男も口端を上げて、遠巻きの乾杯だ。飲めばやはりウイスキーで、喉が焼ける様な味わいだった。
しかし、よくやるもんだ。何て言ったって、悟浄を挟んで端の客だぞ。
煙草に火を点けたななし2が呟くと、悟浄がつまらなさそうに言うと。
「この俺を差し置いてよくやるぜ、あのジジィ。」
「ね、ビックリしちゃった。何だか、『ボッコちゃん』になったみたい…!」
「……ボッコちゃん??」
クスクスと笑うななし2に、悟浄は眉間にシワを寄せた。
聞きなれない言葉を聞いたせいでもあるが、何よりあの紳士ぶってる変態オヤジにニコニコ愛想を振り撒いているななし2が気に食わない。
ジロリとななし2を見れば、丸氷をくるくると指で回しながら口を開く。
「私達のトコの小説でね、機械の女の子のお話。」
「…あー、あれだ。アンドロイド、ってヤツだろ??」
そーそー、とななし2が笑うと、話を続けた。
要はこう言う話だ。
とあるバーマスターが趣味でアンドロイドを作った。
とても美人で、人間と見分けがつかない程だ。
カウンターの中に居るアンドロイド『ボッコちゃん』は、たちまち男達を虜にしていく。
飲ませても飲ませても、全く酔わないし、言われた事は殆どおうむ返し。
「僕の事が好きかい??」と聞けば、彼女は「アナタの事が好きよ。」と素っ気なく返す。
そのツンとした態度が、より人気を博した。
『ボッコちゃん』の飲んだ酒は足下から回収し、マスターはその酒を再度提供する。まさに、客もマスターも喜ばしい限りの存在だった。
しかし、とある男が『ボッコちゃん』に一際熱を入れていたが、これ以上ツケを作れないからと、最後に飲みに来た。
当然、彼女に「もう来れないんだ。」と言えば、「もう来れないの。」と返す。
会話はどんどんエスカレートしていき、「全く悲しくなんてないだろう?」と男が言えば、彼女は「全く悲しくなんてないの」と返す。
「殺してやろうか?」
「殺してちょうだい。」
男は『ボッコちゃん』に毒を渡すと、彼女はそれを簡単に飲む。
そして男は「勝手に死ね。」と言うと、彼女はやはり、「勝手に死ぬわ。」と返すのだ。
男は一人、店を出た。
マスターはツケが無くなった祝いとして、その場に居た全員の客に酒を奢った。
それは、『ボッコちゃん』から、今しがた取り出した酒だ。
なにも知らない客も、従業員もマスターも、誰しもが楽しく飲んだ。
そのうち、誰も帰っていないのに、店内にはラジオの音しか聞こえなくなった。
DJの「おやすみなさい」に、彼女は「おやすみなさい」と、おうむ返しをした。
ラジオも聞こえなくなり、『ボッコちゃん』は次は誰が来てくれるのかを、ツンとした顔で待っている。
「ったぁ〜、お前の世界って、こんなんばっかなのか…?」
悟浄がグラスを傾けて酒を飲む。
ななし2は苦笑いをすると、もっと色々な物があると訂正する。
「ただ、バーでお酒を奢られる経験とかって、あんまりないじゃない??だから、ちょっと思い出しちゃって…」
別に、ななし2は『彼女』と違い、ツンともしていない。むしろ、表情は豊かなタイプである。
「まー、俺くらいイイ男だったら、その『ボッコちゃん』とやらも落とせると思うぜ…??」
「あははっ、どーだろーね??」
「てめぇ〜っ、肯定しろよ……!」
悟浄がななし2の腰に腕を回した。
わりといつも肩を組んだり、腰に手を回したりとボディタッチは多い二人なのだが、今夜の雰囲気は何処と無く違う。回された腕が、妖艶な感じがしたのだ。
ななし2はそれを感じ取ったし、もちろん悟浄も感じているだろう。
本来なら、ななし2はここでヘタする前に制止をするのだろうが、度数の強いウイスキーをロックで飲んでいるのだ。少し酔いが回った事を言い訳として用意して、悟浄の肩に頭を寄せる。
「まー、アレだ。その前に。」
「ん???」
煙草を吸って、煙を吐き出す。
そして、そっとななし2の顔に唇を近付けて。
「目の前の『ななし2ちゃん』を、落とさねぇとイケねぇから……な…??」
パッと顔を離し、いつものふざけた笑みでななし2を見れば、今までに見た事の無いほど顔を赤く染めていて。
顔を見られたくないのか、プイと顔を背けてしまう。火照った顔を冷やす様に、グラスを頬にくっ付けている。
ソレが、お酒のせいだったのか、彼のせいだったのかは、分からない。
(……脈アリ…ってコトで、…イイんだよ…な…?)
カラン、とななし2のグラスから、音が鳴る。
end
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