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洗い物と初恋



今日来た客は、とても賑やかな人達だ。


ななし1は、とある町の宿屋の娘だ。
毎日、客室の掃除と洗濯物をし、朝食の仕込みをするのが彼女の仕事だ。
今日も取り込んだばかりのシーツをたくさん抱えて作業部屋に戻ろうとすれば、ロビーから大きな声が聞こえ、ななし1はシーツの山からチラリと顔を出して見た。

「なぁ三蔵ー!!腹減ったから早く飯いこーぜー!!」
「もう少し待ってらんねぇのか!!このバカ猿!!」

「あぁ、ななし1!お客さんだよ、ちょいと2階の部屋の確認をしておくれ!」
「はーい!!少しお待ちくださーい!!」

そのまま女将の言葉に返事をすると、小走りで作業部屋へと向かうななし1。

(まずは、ベッドメイキングと、換気もしておこう。あ、お茶の葉を補充しておかないと…)

「ぅわっ…!?」
「おっと…大丈夫ですか??」

大量のシーツと、急ぐあまり目の前を見ていなかったななし1は、どん、と人にぶつかってしまう。
サッと倒れないように捕まれた両腕。ななし1がシーツをから顔を覗けば、鴬色の瞳をした男がこちらを見覗いていた。

「ごめんなさい!ケガは無いですか!?」
「いえ、僕は大丈夫です。ちょっと余所見をしてしまい、すみませんでした。」

腕を放した男がななし1の前から退くと、すみませんと頭を軽く下げて道を通る。ロビーに居る賑やかな人と合流したのを見て、一緒の人達なんだと認識した。

(……綺麗な、瞳だったなぁ…)

赤髪の男も合流し、色から何から賑やかそうだ。とななし1は作業部屋へ足を運ぶ。
人数も多いのだから、今日はやることがいっぱいだ、と一人奮起するのだった。



「ごめんなさいねぇ、ウチのが迷惑かけちまって。」
「いえ、彼女は女将さんの娘さんでしたか。」
「……そうだねぇ、娘みたいに大切に思ってるよ。」

どこか寂しそうに笑う女将に、八戒はそれ以上の話は聞かなかったが、何か引っ掛かった気持ちにそうですか、と一人ゴチた。


ーーーーーーー


ーーーー


ベッドよし。換気よし。資材の補充よし。


満足そうに仁王立ちし、ななし1は部屋を眺めた。これで彼等を入れる事が出来ると部屋を出る。
女将を探して厨房に入る。慌ただしく料理を作る女将に、準備が出来たことを伝えれば、彼等は食堂に居るから部屋の案内をしてくれと頼まれた。
亭主も手伝って二人して鍋を振るっているが、そんなに作る物はあったっけ?ななし1は不思議そうに二人を見れば、まずは自分の仕事を、と食堂に向かった。


ーーーーー


「あのー、部屋の準備が整いましたので、ご案内し…ます…??」

テーブルに座る彼等を見るななし1だったが、視線がどんどん上に上がっていく。
この宿にはこんなにもお皿あったんだ、と言わんばかりに、テーブルに詰まれた皿が山を作る。
いつもの事なので、おかまいなく。と鴬色の男が申し訳なさそうに言うが、初めて見る光景にななし1は開いた口が塞がらなかった。女将と亭主の頑張りは、一番身長の小さい彼によって瞬く間に無くなっていく。


「あぁ、部屋の案内をお願い出来ますか??」

「…え……えぇ……。」



聞けば、彼等は車の不調から、一週間ほどこの宿に泊まるそうな。
満足に食事を食べ終えた後の大量の皿を、カチャカチャと洗いながら、物思いに耽る。一人はお坊さんの様な雰囲気だったが、後の三人は何をやってるのだろうか。こんな日々があと一週間も続くのかと思えば、正直しんどい。
朝ご飯もたくさん作らないと行けないな、だとか、お酒もたくさん飲むであろうとこの後の忙しさを考えるが、なんにせよ、普段は静かな宿が賑わうのは、嬉しい限りなのだが、ななし1は少しこれからの事を考えるとため息をついた。


「ななし1ー!?ちょっと来ておくれっ!!!」
「…???」

皿洗いに手を止め、何事かとロビーに行けば、真っ青な顔をした女将が紙を握りしめる。
そして、その後ろに偶然居合わせたのだろうか、鴬色の男と大食いの青年。

「女将?どうしたの…??」
「ウチの母親が倒れて…危篤なんだそうだ……」
「えっ!!??」

膝から崩れ落ちる女将の肩を持ち、ななし1も膝を付く。
こんな忙しい時に…と身体を震わす女将に、ななし1は息を飲んだ。
いつも世話になっている人が、目の前でこんなに困っているのだ。何か、力になれないかと唇を噛み締める。

「………女将、亭主と行ってきて。宿は私が何とかするから。」
「でもこんな忙しいんじゃ…」
「ダメだよ。行かないと昔みたいに、後悔しちゃう!!」

涙を流す女将に、しっかりしてくれとやって来た亭主が身体を支える。
本当に大丈夫か、と亭主が答えればななし1はコクリと頷く。亭主ご女将を部屋まで連れていこうとした時、後ろから声がした。

「あのー、しばらくの宿泊は僕達だけになりますか?」

「え?…あぁ……そうだが、」

「そうですか、お手伝いとして僕達も手伝いますので、女将さん達はお母様の元へ行ってきて下さい。」
「そうだ!!行かないとかーちゃん寂しいぞ!!」

鴬色の彼が亭主に聞けば、何事かと答える。それを聞いた彼は、ニッコリとした笑顔でそう言った。
大食いの青年も、家族なんだろ!?と諭す。

八戒の話を聞けば、ご飯を一番食べるのも、酒を一番飲むのも、一番うるさいのも自分達なのだから、困った時こそお互い様だ、その代わり、この町で売っていない食材を分けて欲しい、と。

それくらいならいくらでも、喜ぶ夫婦に、ななし1は胸を撫で下ろした。


夫婦は夕方には荷物をまとめ、実家の元へと馬車を走らせた。


ーーーーーーーーー


ーーーーー


「……すみません、こんな事まで手伝わせちゃって…」
「気にしないで下さい。僕も意外と好きでやっているので。」


カチャカチャと音が響く厨房。
夜ご飯もガッツリと食べた彼等の後片付けを、鴬色の男、八戒と名前を教えてくれた彼と一緒にしているななし1。

夕食はそれはもう忙しく厨房と食堂を駆け巡り、今まで作った事が無いような大盛り料理を作るも、次々と平らげていく青年に何度も驚かされた。お酒もまるで水かと思うほど飲んでいく彼らに、途中で半べそをかいたほどだ。

やっと落ち着いたと肩の力を抜けば、厨房には溢れんばかりの洗い物。
こりゃ夜中までかかるな、と出掛けた女将と亭主を思い出してため息をつけば、八戒が手伝ってくれるとやって来たのだった。


カチャカチャ、カチャカチャ



溜めたお湯の中に大量の洗剤と大量の皿を入れ、モコモコと泡立つシンクの中で洗っていく。隣に立つ八戒にそれを渡せば、綺麗に濯いでカゴに入れていく。

八戒以外の三人は、入浴していたり、お互い好きな時間に宛てている様で、好きに時間を使わないのかと聞けば、野宿の時はいつも僕がやってる事ですから…と彼は苦笑した。

あの中で、苦労人ポジションなんだな、とななし1は八戒を見る。
横顔からでも分かる整った顔立ちに、ななし1が好きな綺麗な鴬色の目。優しい声に、性格まで優しいときた。これはモテない訳はないな、と考えていると、八戒がななし1の方を向く。
突然目が合ったななし1は驚き、顔を少し赤らめて目線を反らした。



何か話そうと思っても、中々緊張してしまい、話せない。
たまに他愛も無いことを話せば、特に会話に花が咲くこともなく、また無言な時間になっていく。



ーーーーー


「………あ、……八戒さん、これで終わりですよ!!」

シンクの中に手を入れてあちこち探ると、最後の皿が出てきた。嬉しそうに皿を洗うななし1を見て、八戒は少し微笑んだ。

「ななし1さん、少し、こっち向いてもらえますか??」

「??洗い残しでもありましー…!」


八戒の少ししっとりとした指が、ななし1の頬に触れた。そのまま人差し指で頬を撫でれは、八戒は泡がついてました、と笑顔で答える。
パッとななし1は自身の手の甲でほっぺを拭くと、恥ずかしさから少し顔を俯けた。


「ななし1さん、もう一踏ん張り、一緒に頑張りましょうね。」

そんな事を言う彼の笑顔を横目で見て、ななし1はかぁっと体温が上がるのを感じた。



もっと、洗うお皿が増えればいいのに。



end

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