「…話はわかった。けど、それがどうした」
「俺らの気持ちは、そんなことじゃ変わらないっス」

迷いの消えた揺るぎない瞳が、答えを待っていた赤司を射抜く。

「テツを出せ」
「黒子っちに会わせて欲しいっス」

赤司は見定めるように二人を見た後、溜め息を一つ落とした。

「テツヤは、今、深い眠りの中にいる」

一足遅かったな、と肩を竦めた赤司に二人が気色ばむ。

「勘違いするな。僕が何かしたわけじゃない。吸血鬼にとっては自然の原理なんだ」

尤もらしくそう言われれば、吸血鬼のことなど知らない二人は何も言えなくなってしまう。

「そして、テツヤが目覚める頃には、きっとお前たちはもうこの世にいないだろう」
「なっ!?」
「何スか、それ…」
「僕達とお前達では住む世界が違う」

ガタンッ、と音がするほどの勢いで立ち上がった二人に、お前達はもうテツヤには会えないだろうね、ととどめの一言が放たれる。
黄瀬と青峰は瞬きするのも忘れて信じられないと目を見開いた。
せっかく思い出したのに。こんなにも会いたいと願っているのに。
あまりのショックに動けなくなってしまった二人に、付け足すようにどこか楽しげな色を帯びた声音で赤司が告げる。

「それに、次にテツヤが目を覚ました時、テツヤはもうお前達のことを覚えていないかもしれない」
「黒子っちと、もう会えない…俺達のことも忘れる?」
「何だよ、それ…どうにかならねぇのかよ」
「…方法なら、ある」

呆然と立ち尽くしていた黄瀬と青峰は弾かれたように赤司を見る。真意を探るように、その姿をまじまじと見つめた。

「ただし、相応の覚悟は必要だ」

静かな色違いの瞳は真剣味を帯びていて、二人は同じく真剣な表情で相手を見返すことで覚悟があることを告げた。その態度に、赤司の口角が上がる。

「方法は二つ。一つは、お前達がもう一度テツヤのことを忘れる。今度はもっと強力な、ちょっとやそっとのことじゃ解けない完璧な形で、だ」
「ありえねぇ」
「そんなの、絶対嫌っス」
「そう言うだろうと思ったよ」

考えるまでもなく即否定した二人に、提案は本気だったが結果はわかった上だった赤司は気にすることなく続ける。

「もう一つは、お前達も僕達と同じ時を生きるモノになることだ」

ほんの一瞬、赤司が何を言っているのかわからなかった。しかし、すぐにその意味を理解した二人は、理解したが故に固まる。
例えば、一つの卵があったとして、それを目玉焼きにしようか玉子焼きにしようか、そんな軽い調子で人間から別の生物への転換を提案されたのだから無理もない。

「お前達が吸血鬼になれば、これからもずっとテツヤと一緒にいられる。同じ条件で、同じ生き物として」

ただし、さっきも言った通り相応の覚悟が必要になる。
今まで通りの生活はもう送れない。これまで関わってきた人間とは決別しなければならない。勿論家族ともだ。そして、日の下を容易に歩くことは出来なくなるし、この先生きる糧となるのは、元は同じ人間の血だ。そのすべてを許容できるか。
困惑する二人の答えを、赤司はただ静かに待った。
少しの追憶に浸りながら。

「…その提案、受けるぜ」
「青峰っち…」
「ほう」

先に決断を下したのは青峰だった。
黄瀬と赤司の視線が揃って青峰に向けられる。

「俺らの頭でいくら考えたって無駄だ。俺はテツと一緒にいたい。だったら、答えは一つしかねぇだろ」
「…そうっスね。その通りっス!」

同意を求めるように視線を向けた青峰に、黄瀬は鷹揚に頷きを返す。
そして二人してこれが答えだというように赤司を見た。
赤司はやれやれと肩を竦めて二人の挑むような視線を真っ向から受けとめる。

「全く、テツヤは人を誑し込む天才だな」

ぼそりと小さく溢した言葉は、二人の耳には届かなかった。

「いいだろう。最後に一つ、言っておかなくてはいけないことがある。…お前達が吸血鬼になるには、僕の血を飲まなくてはならない」

それが出来るかと試すように問われ、散々衝撃を受けてきてこれ以上驚くこともないだろうと思っていた二人はその考えが甘かったことを知る。

「そのくらい、なんてことねぇよ」
「黒子っちといるためなら、どんなことだって平気っス」

しかし、躊躇ったのも一瞬で、すぐに二人して頷きを返す。
今度こそもう、二人は何を言われても心揺らすことはないだろう。
瞳に宿る決意の色は確固たる光を称えていた。

「では、早速始めようか」

そう言って赤司が右手の人差し指を立てると、丸みを帯びた形の良い爪が一瞬にして伸び、先が鋭く尖る。それを自分の左手首に近づけ、顔色一つ変えないまま切りつけるように手首の上に滑らせた。爪の通った後を示すように、一筋の赤が広がる。
黄瀬と青峰は息を呑むようにその光景を見ていた。

どこからともなくグラスを二つ取り出した赤司が、左手首から伝う赤い液体をそれに注ぐように垂れ流す。
二つのグラスには、それぞれ半分ほどまで赤い液体が注がれた。
過程を見てしまえば、どうしてもその赤が不気味に映る。
グラス二つ分を注ぎ終え、尚も流れる血を舐めとるように赤司が己の腕に舌這わせると、用が済んだとばかりに血が止まり、傷口も綺麗さっぱり消え失せる。
言葉を失くしただ一連の流れを眺めていた二人の前に、それぞれグラスが差し出される。

「さぁ、これを飲めば、お前達は僕達と同じモノになる」

簡単だろう?と赤司が笑う。
すると、黄瀬が思い立ったように口を開いた。

「その前に、一つ確認したいんスけど」
「何だ?」
「これって、黒子っちの血じゃダメなんスか?」
「……」

その言葉に、そういえばそうだと、青峰の視線が黄瀬と赤司の間を素早く移動する。
それは、飲むなら愛する黒子の血の方がいいだろう。二人の記憶を消した赤司ではなく、黒子の血なら寧ろ喜んで飲むかもしれない。
赤司は押し黙ると、やがて二人の予想していなかった暗い瞳で首を横に振った。

「テツヤの血ではダメだ」
「何で…」

違いがわからず首を傾げる二人を、赤司はギロリと鋭い瞳で制する。それ以上聞くことは許さないというように。
それまでは、無表情に手首を切っても、その傷が一瞬で治っても、ただただ驚くばかりだったが、鋭く光る瞳には恐怖を与え有無を言わせぬ力があった。
そして何より、ここで赤司の機嫌を損ねれば今回のことはなかったことにされ、今度こそ黒子と二度と会えなくなってしまうだろう。

「わかったなら、さっさとそれを飲め」

赤司の豹変ぶりに圧倒され黙り込んでしまっていた二人は、促されるままに大人しくグラスを手に取り目配せすると、躊躇いがちにグラスに口をつけた。そのまま勢い付けるように一気に中身を呷る。
濃い赤い液体が、緊張に乾く喉を通り、二人の体内へと消えていく。
空になったグラスを机に戻した瞬間、ドクンッと一際激しく心臓が脈打ち、引き摺られるようにして二人は意識を手放した。

グラスを掻き消し処分すると、赤司は中途半端にソファーから転げる二人を静かに見下す。
これで次に目覚める時には、二人は吸血鬼として生まれ変わっている。意識を失ったのは、その間に体の構造が作り変えられるためだ。
今の間に、あの地下に更に二人分の棺を用意し、二人を移動させなければならないのだが、馬鹿みたいに図体のデカい二人を見ていると、自然と溜め息が漏れる。
赤司は面倒そうに息を吐き出すと、開け放った窓に視線を投げる。
そして、差し込む風に煽られたカーテンの隙間から覗く月を見上げ、自分も大概甘いな、と自嘲気味に笑った。

人間を吸血鬼にするには、純潔の吸血鬼の血を必要とする。
故に、純潔の吸血鬼は不用意に血を流してはならない。

間もなくやってくるであろう二人の来訪者への対応を考えながら、どうせならついでに手伝いを頼もうと決めこみ、黄瀬と青峰をその場に放置したまま思考に浸るように目を閉じた。

ここに、二人の新たな吸血鬼は誕生した。覚醒を終えたら、黒子が目覚める前に吸血鬼について何も知らないだろう二人に教育指導を徹底し、躾なければならない。それが赤司の役目なのだが、決していい意味ではなく躾がいのありそうな二人に、先々のことを考えるといっそ放棄したくもなるというものだ。しかし、それで黒子が幸せならば多少の労力は厭うまい。
きっと一言目には非難の言葉が飛んでくるだろうが、それも最初の内だけだろうことは容易に想像できた。けれど、最終的にこちら側に引き込んだのは赤司でも、黒子は自分が関わったせいだと責任を感じ、後悔は一生残るかもしれない。
太陽の下を歩けない黒子にとって、この二人が太陽だったのかもしれない。それを闇の世界に引き込んだとなれば、また恨まれてしまうだろうか。
例え恨まれても、黒子がただ傍にいて、たまに笑ってくれたらそれでいい。こうして罪を背負うのは、自分だけでいい。
古い昔は、自分が他人に対してこんな感情を抱き、その誰かのために動くなど想像もしていなかった。世界に愛想が尽きたあの日から。
そんな赤司の心を動かした黒子の存在は、赤司にとってなにものにもかえがたいものであった。

賑やかになるだろうこの家で、これまでよりも笑顔の増えることを考える。
ふと、青峰と黄瀬が黒子を取り合いしているところに割って入る自分を想像して、それがまた容易に想像できて可笑しくなった。

間もなく、愉快そうに笑う赤司の元に、月の光を背に受け二人の同胞が降り立った。




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