暗い海の中、ただ静かに揺蕩う。
暑さも寒さも何も感じない、虚無の世界。思考は波に攫われてしまったようだ。

ゆらゆらと漂う黒子の体を、どこから生じたのか突如として眩い光が包み込む。
目を閉じていてもわかるほどの眩しさに視界を焼かれる。

それまでの浮遊感が消え、徐々に引いていった光に、いったい何だったのだろうかと窺うように瞼を開く。
緩やかに開けた視界に飛び込んできた光景に、黒子は目を疑った。

黒子の目の前、一つのソファーに大きな体を並べて座る黄瀬と青峰の姿。そして見覚えのあるその場所は自宅のリビングのようで、二度と見ることのないと思っていた光景がそこにはあった。

「俺の方が大きいしサイズ的にはぴったりだと思うっス」
「ぜってー俺のがいいっつーの」

そう言った二人の恨みがましい視線はどうも黒子の背後に向けられているようで、その先を確認しようとしたところで、ぐらりと体が揺れた。

「そんなものは関係ない。テツヤのパートナーは僕だからね」

背後から聞こえた声に、黒子はまたも衝撃を受ける。
同時に背に伝わる体温に、前方にばかり気を取られていた黒子は、漸く自分が誰かの膝の上に座っている状態だということに気が付いた。先程体が揺れたのは、後ろから密着するように引き寄せられバランスを崩したからだった。
改めて背後を確認すると、まるで挑発するかのように狡猾な笑みを浮かべた赤司の顔があった。
黄瀬と青峰と対面するソファーに座る赤司の、その膝の上に黒子はいた。
この三人がこうして一つの机を囲んでいるなど、ありえないことだ。
黒子は視界に捉えたその光景を即否定する。
それはそうだろう…だってこれは夢なのだから。
二人を見た瞬間から、わかっていたことだ。自分はまだ眠りの中にある。そこで見る光景など、夢以外の何ものでもない。

「それでも、赤司っちばっかりずるいっス」
「俺だってテツを膝の上に乗せてぇんだけど」
「百万年早いな。テツヤの指定席は僕の膝の上だ。異論は認めない」

よくわからない会話が繰り広げられるのを、黒子は他人事のように傍観していた。これは所詮夢なのだからと。
早く覚めてくれればいいのに。
夢なら覚めなければいい。
相反する思いを抱く黒子には、ただそうしていることしかできなかった。

うぐぐと唸る黄瀬と青峰に、悠然と微笑む赤司。
そこに、来訪者を知らせるチャイムの音が響きわたる。

やっと来たか、と溢した赤司が、出迎えてこいと黄瀬と青峰を促す。
この家を訪ねてくる者など見当もつかないが、黒子以外の三人はそれが誰か知っているようだった。
渋々ながらもおとなしくそれに従い玄関に向かった二人を見送った後は、部屋に赤司と二人きりになる。
空間には余裕があるのに未だ膝の上にのっている状況に僅かにしか異常性を感じないのは、もはや慣れだろうか。

「この家も、少しばかり手狭になってきたな」
「え?」

突然の赤司の言葉に反射的に顔を上げ振り返れば、間近にあった色違いの双眸が笑むように細められる。

「…必ず守ってみせるさ。お前も、お前の幸せも。だから、テツヤは何も心配せず笑っていてくれ…全部、僕のせいにしていいから」
「…赤司くん?」

いきなり何を言い出すのだろうかと、らしくないことを言う赤司に、そういえばこれは夢だったのだと改めて認識する。

「僕はテツヤの幸せのためなら何でもするよ」

例えテツヤに恨まれることになってもね。
ぼそりと溢されたそれは、近付いてきた喧噪に掻き消され黒子の耳には届かなかった。

「その袋、全部お菓子なんスか?」
「そうだよー。一つはゴミだけど」
「食いながら来たのかよ」
「歩き食いなど行儀が悪いからやめろと言っているのに聞かないのだよ」
「一つはプレゼントなんだー」

集団がリビングの前で足を止めたかと思うと、ガチャリと音を立ててドアが開かれる。
そちらに目を向けた黒子の視界は、ドアから差し込んできた光に遮られ、そこにあったはずの人影はすぐに見えなくなった。
リビングだった空間は光の渦に飲み込まれ、黒子はまた一人になる。

…夢が、終わったのだ。
とても短い、現実ではありえないことが詰まった夢だった。
あれらは全て自分の願望だったのだろうか。
一向に闇に戻る気配のない光の中をぷかぷか漂いながら、自分の内にあんな願望が眠っていたことに少なからず動揺が生じる。
まさか本当に自分が夢を見るなんて思いもしなかった。

ふわふわと次第に意識が浮上する感覚に、目覚めの時が近づいていることを知る。
覚醒間際に見る夢に、何の意味があるというのだろう。
果たして、夢には総じて意味などないのだろうか…。
そんなことを考えながら、黒子は静かに目覚めの時を待った。

「本当に今日なんスよね?」
「あぁ、赤司が言うんだから間違いねーだろ」

遠くから、聞き覚えのある声がする。
次いでその中に、どこかで聞いたことがあるようなないような気のする声が混じる。

「眠り姫はキスで目を覚ますんじゃないの?」
「おい、待て。何を考えているのだよ。それ以上近付くことは許さん」
「だってさー、俺これまで散々我慢してきたしー。ちょっとくらいご褒美貰ったっていいじゃん?」
「…確かにそうだが、まずは挨拶が先だろう」
「えー」
「じゃあ、俺がキスして黒子っちを起こすっス」
「寝言は寝て言えよ。ここは俺がやる」
「何言ってんスか?ありえないっスよ」
「あぁ?」
「そう、ありえないな。それは僕の役目だからね」

騒がしい中に、凛と一つの声が響く。
目覚めているのに目覚めていない。意識は覚醒していても長い間眠り続けた体はまだ目覚めてはくれず、半覚醒状態の黒子の耳に周囲の音だけが聞こえてくる。

けれど、こんなに賑やかなのは知らない。
目覚めの時はいつも赤司が傍らにいて、おはよう、と唇にキスを落とすのだ。
これはまだ夢なのかと疑心する黒子に影が落ちる。
喧騒を掻きわけ、眠りに落ちる最中に感じたのと同じ感触が唇に触れる。

「ほら、だから言っただろう?」

それが合図だったかのように、長い眠りから覚めゆるゆると開いた視界には、嘗てないカラフルな世界が広がることだ。


odd vampire
(僕らは愛の名のもとに)




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