「チビちゃん、最近何かあった?」

真正面からされた問いかけに、日向はボーッと見つめていた己の手に握られたカップに満ちるオレンジ色の液体から顔を上げた。
端正な顔を形作るパーツの一つである濃い茶色の瞳が、穏やかな色を称えて日向を映していた。
どうして及川がそんなことを聞いたのかは自身の態度から思い至って、日向はすみませんと頭を下げた。
考え事をしていたせいで、及川とのデートの最中だというのに完全に上の空だった。
申し訳なくて体を縮こまらせていると、「それで、何を考えてたの?」と問いが重ねられる。

「あの、なんていうか、最近影山のヤツが変で…」
「変?」
「えっと、気付いたらジーッとこっち見てたり、いつもより機嫌が悪かったり、前までそんなことなかったのに急にコレのこと気にしだしたりして…」
「…ふーん」

コレ、と日向が指差したのは、今はパーカーのフードに隠れている首筋に残る赤い痕で、それが何なのか口にするのは憚られそうした日向に、及川は考え事をするように視線を流した。
普段よく喋る及川が黙り込んでしまったことで、日向はなんだか落ち着かなくなってそわそわと小さな体を揺らした。
高校に入るまでの影山を知る及川ならば何かわかるかもしれないと、及川が次に口を開くのを待ち構えながら、手の内にあるオレンジ色を白いストローで吸い上げる。

「そっか、漸くか…」
「え?」
「……」

やがてぼそりと溢された言葉が聞き取れず、聞き返した日向に、ジッと深みを増した瞳が向けられる。
そうして、面白くないというように息が吐き出され、日向は自分が何かしてしまっただろうかと反射的に肩を竦ませた。

「あぁ、違うよ。これはチビちゃんにじゃなくて、トビオに対してだから」
「影山、が何か…」
「チビちゃんはさ、トビオのことどう思う?」
「え…えっと、顔が怖くて、口が悪くて、でも一生懸命で、トスがすっげぇ上手い…?」
「んー、じゃあ、そんなトビオと付き合ってみたいとか思う?セックスしたいとか」
「セッ……そ、そんなこと、考えたこともない、です」
「俺たちとやってるようなことをトビオとしたいとか思わない?」
「ない、です!あいつのこと、そんな風に見たことないし、なんていうか、あいつは違うっていうか…そんなじゃ、ない、です」

公共の場である喫茶店の一席でとんでもない言葉を口にした及川に仰天しながら、日向は全力で否定する。
テンパって大きくなりがちなそれにこそ衆目を集めてしまって、居た堪れない気持ちで小さい体を更に小さくしてオレンジ色に泡を立てた。
いったいどうして突然そんなことを言い出したのかさっぱりわからないまま、なんとなく及川の顔が見られず、赤くなっているだろう自分の顔も見られたくなくて、ひたすら手元のそれを睨み付けた。
けれど、無言に戻った及川がどんな表情をしているのか、見えなければ逆に怖くなって、日向はそっとストローから口を離すとおずおず顔を上げた。
そこにあったのは、どこか寂しげな、諦めたような表情をした覇気のない及川の姿。

「ど、したんですか…やっぱり、俺が何か…」
「ううん。何かしたのは、俺。…結局、全部俺の独り善がりだから」
「…?」

主語が見受けられず、自嘲するように口角を上げた及川に、日向は首を傾げる。
及川はそのままテーブルに肘をつき、日向の方に顔を寄せると、その口から軽やかに言葉を転がした。

「別れよっか」

耳に届いた音の羅列が何を意味するのか、呑み込むのに時間がかかって、ぱちぱち目を瞬かせる。
体を引いた及川は、それが幻聴だったのではと思わせるくらい平然とした表情を貼り付けていた。

「正確には、お試し期間終了ってことだけど」
「何で急に…」
「トビオが、その所有の印に気付いたら終わりにしようと思ってたんだ」
「これ、がどうして…」
「あいつったら変に世間知らずじゃない。だから、それがキスマークってことにも気付かない。チビちゃんが誰かと付き合って、その相手にいいように啼かされてるなんてこと考えもしない。そのトビオが、それを気にしだしたっていうなら、随分な進歩だなと思うわけ」

だから、と続けられた言葉も、秘められたままの及川の心情や目論見も、日向が自ら理解するにはまだ時間がかかりそうで――本当の恋というものを知らない日向には。
その日の予定を切り上げてレシートを持って去って行った及川を、日向は呆然と見送っていた。
テーブルにおかれた全体の半分ほどの位置で揺れるオレンジ色が、それ以上減ることはなかった。



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