最初は恐らく、ちょっとした興味本位だった。
誰がどうみても格好良くてモテモテな及川が、自分なんかのことが好きだなんて言ったから。
正直、日向にはそういうものは全然わからなかったけれど、それでも嫌ではなかったから。寧ろ、あの及川に好かれているのだと思えば素直に嬉しく感じられたし、「俺スゲー」なんてことを思って浮かれもした。
男同士だということも、特に気になりはしなかった。
日向の人生で、初めて、日向を好きだと言ってくれたから。
それでも、日向も及川のことはどちらかと言えば好きだったけれど、それは憧れや羨望で、きっと及川のいうところの好きとは意味が違っているのだと。そう本人に進言すれば、嫌じゃないのならお試しで付き合ってみないかと尚も食い下がるようにお願いされて、そういうのもありなのかと思った。
何せ恋愛事に疎く、よくわかりもしないのに深く考えずに頷いた日向に対し、本当に嬉しそうに笑った及川の顔は、今でも時々思い出される。
付き合うことにはなったけれど束縛するつもりはないからと言われても、その時の日向にはそれがどういうことなのかわからなくて。首を傾げた日向の頭を撫でながら、及川は笑っていた。

その意味がわかったのは、及川と付き合うことになって暫くも経たない頃のことだった。
先日の菅原と同じように、恋人ができたのかと直球な問いを投げかけてきたのは、音駒の主将である黒尾だった。
その時も、練習試合や合宿でしか顔を合わせることのない黒尾に言い当てられたことに驚いて、日向は盛大に狼狽えてしまった。なにせ指摘されたのは初めてだったので、尚更だ。
日向が何も言っていないにも関わらず黒尾の中では答えが出たようで、顔に出るからわかりやすいと、からからと笑われた。
馬鹿にされたようで頭にきた日向は何か言ってやろうと口を開いたものの、咄嗟に出てきたのは、それがお試しの付き合いなのだというなんとも馬鹿正直なもので。思えば、その一言が引き金になったのかもしれない。
「なら俺ともお試しで付き合ってくれ」と自主練に付き合ってくれというような気軽さで言われ、日向は零れんばかりに大きな瞳を見開いた。
そのまま固まってしまった日向に、「順番が違った。チビちゃんのことが気になるから、付き合って欲しい」と改めて言い直されて、我に返った日向はその時はまだ仮にも付き合っている相手がいるからと断りを入れたのだ。
自分なんかがそんなことをいうのは本当に忍びなくて、でも黒尾にそんな風に思われていることはやっぱり嬉しくて。真剣に頭を下げた日向に、黒尾もおとなしく引いてくれて、事態は丸く収まった――かのように思えたのだが。

その日の夜。どこから情報を得たのか、黒尾から交際を申し込まれたのだろうと核心をつく電話が、及川からかかってきたのだ。
主将同士のコミュニティでもあるのだろうかと疑わしく思いながら、でもちゃんと断りました、ときっぱり言った日向に返されたのは、「え、何で?」という凡そ恋人が言わないであろう台詞だった。
それこそ絶句した日向に、「言ったでしょ、束縛するつもりはないって。本当の恋人ならまだしも、お試し期間中はチビちゃんは正確には俺のものじゃない。だから、他の人にもチャンスを与えないとね」と、及川はそれが然も正しいことのように言ってのけた。
そのせいで、日向は恋愛とはそういうものなのかと誤認識してしまったわけなのだが、生憎とそれを正せるものは、現在日向の傍にはいなかった。
「嫌いならそれでいいけど、そうじゃないなら付き合ってみれば」という言葉を最後に通話は切れて、日向はぐるぐると頭がショートするくらい思い悩んだ。それでもきちんと睡眠をとって、翌日そのことを相談も含めて黒尾に伝えたところ、相手が軽く了承したこともあってお試しで付き合うことになった。

それが一度、二度と繰り返されて今に至るというわけだ。
付き合うことになった相手は、必ずのようにお試しというのはどこまでいいものかと尋ねてきたけれど、日向には意味がよく理解できず、首を傾げていると、なら少しずつ試していくから嫌だったら言ってくれというような旨を伝えてきて、日向はなんとなくで頷いた。
そうして、相談したくともそんなことを相談できるような――恋愛事に長けたような――相手は身近にいなかったので、日向の恋愛に対する誤認識は発展の一途を辿っていた。
発案者である及川や、それにのっかるような形で複数人と付き合うことを許容するそれぞれが何を考えているのかなど、恋愛初心者もいいところな日向には見当の付きようもなかった。



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