日向に別れを告げたその足で、適当な路地に身を潜めた及川は、コンクリートの壁に背を預け、広がる青空を見上げた。
心がじくじくと痛んでも、瞳が潤むこともなければ、頬も乾いたままで、安心した。
それに、まだ全てを諦めたわけではないのだと、及川は自身を奮い立たせるように考えた。
日向のことを好きだったのは本当だ。それこそ、お試しでも構わないと頭を下げるくらいには。
例えそれが騙し討ちの卑怯な手だとしても、日向を手に入れられるなら手段など選んでいられないと思っていた。日向を子供扱いして大切に守っているだけの烏野の奴らなど、目ではなかった。
そうして得られたのは、日向の初めての男という称号。
付き合ったのも、キスをしたのも、抱き合ったのも、全て自分が初めてなのだと思えば胸がスッとした。
無自覚ながら影山が日向を気にしていることも、そうして日向が影山を特別視していることも、全て知っていた。
本来なら人生の先輩としてもっと優しく諭してあげるものなのだろうけれど、生憎と及川はそこまで善人ではない。だからこそ、独り善がりに突き進んだ。
影山への当て付けなんてものが全くなかったとは言わない。日向への想いに気が付いて全てを知った影山がどんな表情をするのか、とても興味がある。
同時に、影山への想いを自覚して、これまで遠回りしてしまった…及川がそうさせたことを、日向がどう捉えるかはあまり考えたくない。
全てわかっていながら誘惑した、自分のみならず他の奴とも付き合ってみればいいと勧めた及川を、憎むだろうか。いや、あの子はそんな子じゃないな、と決して安堵からのものではない笑みを漏らす。
結局は、俺の独り善がりに乗っかった他の連中だとて、所詮独り善がりだ。
とはいえ、事の発端の責任として、どうやら潮時のようだと連絡を回すくらいはしてやらなければ――決定打は直接本人が打つと言っていたので。
本人達も薄々わかっているだろうが、心の準備くらいさせてやろうではないか。
俺って優しい、と自嘲気味に考えながら、及川はズボンのポケットから取り出した携帯端末の画面を見つめた。
現在の待ち受け画面は、以前デートで行ったテーマパークで撮った日向とのツーショット写真。
自分の隣で照れ笑いしている可愛らしい日向の姿に、及川は目を細めて一つ息を溢してから、電話帳を開いた。
なにもこれで全てが終わったわけではない、ともう一度繰り返す。
別れようとは言ったが、日向を諦めるとは一言も言っていないし、そんな気など毛頭ない。
影山がもしこれでももたついているようなら容赦なく再び攫いに行くし、めでたく纏まったとしても、その功労者として横槍を入れつつ隙を狙う。
けれど、とりあえずはお手付きのため一回休みなので、通話ボタンを押して間もなく電話口から聞こえてきた訝しみの声に、少し叱ってもらうことにする。

「もしもし、あのさ、俺フラれちゃった……」



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