毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


貫通(番外編)


三月十四日。"ホワイトデー"と呼ばれる日だ。

バレンタインデーのお返しをする日として、昨年シンドリアで普及したイベント。南国の二年目のバレンタインデーは、初年度以上に盛大に行われた。もちろんホワイトデーへの国民の関心も、昨年以上に高まっている。

これは、恋人としてゴンベエと私が迎える最初のホワイトデーの話。



「ピスティがいてくれて助かった。女性物のお店は一人で入りづらくて」

「いえいえ。ジャーファルさんから非番のお誘いがあったときはびっくりしましたけど、ゴンベエちゃんのためですから」

三月十日。一緒に市街地を歩くピスティは隣で笑う。今回の買い物に付き合わせた礼として昼食に誘えば、すぐにピスティは断る。私の恋人に申し訳ないと言って。

「そういえば、ゴンベエちゃんに何を買ったんですか?」

「ゴンベエの仕事で邪魔にならないように、耳たぶから出ない大きさにしました」

そう言って、ゴンベエのホワイトデーに購入した耳飾りをピスティに見せた。「ゴンベエちゃんが好きそうなデザインですね!」と目を輝かせたあと、ピスティはおもむろに裏を確認する。

「…ジャーファルさん。ゴンベエちゃん、ピアスホール開いてませんよ」

「えっ」

ピアスホールが開いていないとピアスを付けられない。それくらい、ファッションに無頓着な私でも知っている。

「ゴンベエちゃんの耳にチューするときとか、ピアスホールがあるか確認しなかったんですか?」

「いや、ゴンベエの耳たぶにピアスホールがないのは知ってたけど…」

この耳飾りを選んだ決定打は、直感でゴンベエに似合うと思ったこと。それを着けた恋人を想像しただけで舞い上がってしまい、裏面までは確認しなかった。これは完全に私の落ち度だ。

「ピスティ、どうすれば…」

「打開策はいくつかあります」

そう言って、にやりと口角をピスティが上げる。ピスティの説明を聞き、然るべき方法を取るべくもう一度私は店に戻った。



三月十四日。仕事を早めに切り上げた私は、夜番終わりで湯浴みを済ませたゴンベエを部屋に呼ぶ。

「どうしたの?今日は仕事早く終わったんだね」

ゴンベエと会うのは、今日は初めて。どうしたの?なんて言って平然を装いつつ、視線だけ忙しなく動かしてそわそわしている恋人が本当に可愛らしい。二人掛けのソファーの右側に恋人を座らせ、私は部屋の簡易厨房でコーヒーを淹れる。

「今日はアクティアンの深煎り?」

「ご名答」

抽出中のコーヒーの匂いで豆と焙煎度合いを当てるゴンベエは、マーブルチョコレートの筒を卓上に置く。恋人曰く、王宮料理人の男性陣一同からだという。見たところ、カカオ豆への強いこだわりで知られる店の品だ。

「他の人たちからも何かもらったの?」

そう尋ねると、ゴンベエは即答で肯定の意を示した。入浴剤やタオルといった消耗品が多かった、と恋人は不満気な表情を浮かべる。二つのマグカップに適量のコーヒーが入ったのを確認したあと、王宮副料理長の待つソファーに私は向かう。

「ヒナホホさんが言うには、みんなジャーファルに遠慮してるんじゃないかって」

「何それ。私のせい?」

冗談っぽく尋ねれば、そんなわけないと言って恋人は笑った。それもあるだろうが、ゴンベエの飲食への見境のなさや舌の肥え方も影響しているはず。職業料理人のゴンベエに食品を贈るのは、同業者以外にはあまりにハードルが高すぎる。恋人の私とて、例外ではない。

「それで、ジャーファルは?」

コーヒーが入ったマグカップを受け取りながら、いたずらっぽくゴンベエは尋ねた。用意していた箱を、私は後手で持つ。左手でゴンベエの右手のひらを上に向かせ、右手で彼女の右手に小箱を重ねた。

「ありがとう。開けていい?」

すぐに頷き、恋人に開封を促す。箱を開けると、シンプルながら存在感のある二粒の宝石。

「…あのね、わたしピアスの穴は開けてないの」

中身を確認したゴンベエは、ピスティ同様に困惑の色を浮かべる。本当はイヤリングに交換できればベストだった。しかし、同じデザインのイヤリングは販売されていなくて。「大丈夫」と言って、あえて隠しておいた医療針を私が取り出す。

「針まで用意してくれたんだ。医務室に持っていけば開けてもらえるかな?」

「ゴンベエ、何を言ってるの?私が開けるんだよ」

私の言葉に、唖然とした表情をゴンベエが浮かべる。

「…麻酔は?それにジャーファル、人のピアス開けたことあるの?」

「人のピアスを開けたことはないけど、麻酔は用意してる。人間の感覚を麻痺させるのも金属を人体に貫通させるのも、私は慣れているから安心して」

「そういう問題じゃないんだけど…コーヒー飲んでからでいい?」

渋い表情を見せつつも、私がピアスを開けることをゴンベエは承諾した。



「これ、わたしたちの"偽装婚約"の指輪と同じ色だね」

そう言ってゴンベエが指さすのは、医療針の先端についた石。ゴンベエの左右の耳で輝くであろう二つの石は、私たちの誕生石になっているらしい。

「耳たぶなら針はどれを選んでも同じ」というから、医療針選びはピスティに一任していて。穴を開けるだけの物にそんな意図があったとは。宝飾品に無頓着な私は、石の色の意味など考えもしなかった。

「まずは耳を拭くね」

最初に、ぬるま湯で濡らしたタオルで耳を拭く。湯浴みしたあとの恋人からは、ほのかに石鹸の香りがする。ゴンベエの意思を鏡越しに確認しつつ、穴を開ける位置に羽根ペンで印をつけていく。

「これが麻酔。耳たぶ周辺だけに塗るから」

麻酔に使う毒を見せると、興味津々な様子でゴンベエはそれを眺めている。今回使うのは、"シャム=ラシュ"時代から使っていた付着部の感覚を麻痺させる毒。敵襲に備え、今でも政務室と私室に常備している。

ゴンベエの死角になる場所で軽く毒を舌に乗せた私は、彼女の右側から耳たぶごと口に含む。あらかじめ記憶した印の位置にしっかりと舌先を這わせ、毒を塗布していく。

「ジャーファル?ちょっと…んっ」

印をつけたときに使った鏡を片付けずにいたため、鏡越しにゴンベエの表情が見えた。顔を紅潮させて舌の感触に耐えるゴンベエを見ると、もっといじめたくなる。

「まだ麻酔が効いてないね。もっと塗らないと」

「やっ…ん…」

もう一度舌に毒を乗せて、今度は左耳に毒を塗っていく。両耳に毒を塗るだけの行為は一瞬で終わる。しかし、感覚がなくなるまで鏡越しに恋人の反応を楽しむ。

「そういえば、この麻酔は効くの?」

毒味をできるレベルで毒を身体に仕込ませている王宮副料理長。彼女に麻酔が効かない可能性を失念していた私は、散々恋人をいじめ抜いた後で確認する。塗布物なら聞くはず。そう言ってゴンベエは頷いた。恋人の身体に仕込まれた毒は基本的に内服毒であり、塗布毒には特に慣らされていないらしい。



「そろそろ…かな?」

毒が耳の感覚を奪う頃には、肩で息をしながらゴンベエは目を潤ませていて。幸運なことに麻酔が機能したため、無事にピアスを開けられそうだ。このまま恋人をソファーに押し倒したい気持ちを抑え、私は消毒液と綿布を取り出す。

「もう一度消毒するよ」

せっかく最初に耳を拭いたのに、自分の唾液で無意味なのは初めから承知で。消毒液を含んだ綿布を耳たぶに這わせるが、耳の触覚が麻痺しているゴンベエの反応は鈍い。

「右耳から開けるね」

「…お願いします」

耳たぶの表裏両面の印を確認し、医療針を耳たぶにあてがう。本当に開けてもいいか最後に確認すると、ゴンベエは頷く。医療針で、一思いに恋人の耳たぶを貫いた。耳の表裏両面を確認すると、しっかり印の位置にピアスがついている。

「痛くなかった?」

「思ってたよりは…平気」

麻酔が効いているうちに、左耳のピアスも同様に開けた。左耳も印の位置にピアスが貫通しているのを確かめ、消毒液を両耳のピアスホールに塗布する。両耳についた誕生石を見せるべく鏡を向けると、左右に首を振って自身の耳をゴンベエは確かめた。

「ちゃんと開いてる!ジャーファル、ありがとう」

そう言うなり、不意打ちでゴンベエが私の唇を奪う。すぐに離されたので、今度は私から押し当てた。感覚の鈍った舌でコーヒーが残るゴンベエを堪能したあと、顔を上げて彼女の右耳元で囁く。

「つけてあげるから、私が贈ったピアスを早くこちらに」

「…えっ?ファーストピアスは一月外せないんだよ」

予想外の返答に、思わず私は聞き返す。ゴンベエ曰く、ピアスホールを開けたときにつける"ファーストピアス"は、穴が完成するまでの約一月は外せないという。そんなことすら知らなかった私が、恋人に悟られないようにしつつもかなり落ち込んだのは言うまでもない。

四月十四日。朝議終了直後の政務室に、私の贈ったピアスをつけたゴンベエが駆け込んできた。これはまた別の話。



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