バレンタインキス


「イデア!まだ起きてる!?」

少女の慌てた声と同時に、一室の扉は勢いよく開かれた。
部屋にいた青年イデアは、少々驚きながら椅子に座ったまま体を扉の方へと向ける。
右手を壁に当て、左手に何かを持った少女ベロニカは、肩で息をしていた。
その様子に更に驚いたイデアは慌てて椅子から立ち上がり、ベロニカの元へと駆け寄った。
そうして跪き、青年は声を出す。

『ベロニカ、どうしたんだい……!?』
「はぁ……はぁ……あ、あたしの事はいいから、それより今、何時……?」

心配そうにベロニカを見つめていたイデアは、ベロニカの問いかけで壁に掛けられた時計へと頭の向きを変える。
長針と短針は十一と十二の間にほぼ重なった状態でいた。
後五分もしない内に長針短針共に十二という数字へと重なる――日付が変わるであろう深夜を示していた。
イデアが時刻を伝えると、ベロニカの表情は安堵したものになった。
落ち着いてきた様で、肩で息をする事も止み、通常の呼吸へと戻りつつあった。

「間に合った……みたいね……」

ふう、と一息つき、顔を俯け呟いたベロニカの声をイデアは聞き逃さなかった。
何の事か聞きたそうにしているのが、表情から見て取れる。
頭をゆっくりと上げ、改めてイデアを見ると、ベロニカの頬はほんのりと赤く染まった。

これ、そうか細い声で告げると、ベロニカは左手に持っていた袋をイデアへ差し出した。
雪のような白い袋には、少女の服やとんがり帽子の色である赤のリボンが結ばれている。
慌てていたのだろうか、リボンは今にも解けそうになっていた。
イデアは驚きながら、貰ってもいいのかと尋ねる。
ベロニカの承諾の言葉を聞くと、イデアは袋の中身を見ようとゆっくりとリボンを解いた。

『……これを、ボクに……?』

白い袋の中から顔を出したのは、ハート型になった幾つもの小さなチョコレートだった。
優しい茶色の中には白のチョコレートもいくつか混ざっており、まるで花畑のような賑わいを見せていた。

「ええ。今日……バレンタインでしょ?だから作ったのよ」

イデアはもう一度、時計がかけられた壁へと顔を向けた。
時計の傍にかけられたカレンダーに目をやると、日付が二月十四日である事を教えてくれている。
顔の向きをベロニカへと戻すと、イデアはとても嬉しそうな表情で笑って見せた。
ありがとう、そう伝えると早速、イデアはチョコレートを口の中へと運ぶ。
優しく甘い味が口の中全部に広がり、強い幸福感で胸がいっぱいになった。

『こんなに美味しいチョコ、今まで食べた事がない……』

思わず、イデアはそう声を零した。
そう感じるのはベロニカの、かけがえのない者の手作りだからであろうとイデアは強く感じた。
ベロニカの頬が一層赤く染まる――そうして、恥ずかしさからか顔を背けて声を出した。

「ほ、ほんと?……良かった」

普段男性にも負けない程勇ましい少女が時折見せる、女性らしく大人しい一面。
忙しい旅の途中でチョコを手作りするのは大変だっただろうとイデアは感じた。
同時に、そんな中でも日付が変わる直前までチョコを作り、渡しに来てくれた事を彼は心から嬉しいと感じるのだった。

時計の針が進み、日付が変わった。
時計はそれを知らせるように音楽を奏で、部屋の主にそれを伝える。
深夜だからだろう、眠っている者を起こさない程、それは小さな音だった。
その時イデアはある事に気付いた――ベロニカの口元に微かにチョコが付いている事を。
恐らく味見した時に付いたのであろうそれを、イデアは袋の中の布で拭き取ろうと取り出そうとした。
――出そうとしたが、彼は袋から取り出そうとした布を戻し、少女の名前を呼んだ。

『……ベロニカ』
「な、何イデア……っ!?」

少女の返答を最後まで聞き終える前に、青年は顔をベロニカへと近付けた。
そうして目を閉じると、ベロニカの頬に付いたチョコへと向かうと唇を重ねる。
そうしてキスをした直後、イデアはそれを優しく舐めとった。

『……ありがとう、美味しかったよ。ご馳走様、ベロニカ』
「ば、ばばっ…バカ…イデアのばか!!」

身に纏っている服やとんがり帽子に負けないくらいの赤に顔を染めると、ベロニカは恥ずかしそうにその場から走り去っていった。
隣の一部屋先のベロニカが取った部屋へと向かうと、彼女は勢いよく扉を開け入り、勢いよく扉を閉めた。
周りには既に休んでいる旅の者がいるであろう事も忘れて。
そんなベロニカが入って行った部屋を、イデアは暫く愛おしそうに見つめるのだった。

2018/2/14

本日はバレンタインなので…!
ロトゼタシアにバレンタインがあるのかわかりませんが……(苦笑)
でも甘い勇ベロが書けて満足です^^*


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