空一面が橙色に近い赤に染まっていた。 今にも隠れてしまいそうな真っ赤な夕日が、辺り一面を暖かく照らしている。 もうじき夕日は水平線へと沈み、入れ替わるようにして金色の月が顔を見せるのだろう。 バンデルフォン地方に、二人の人影があった。 夕日に照らされた二人の影が、背中に向かって長く伸びている。 一人は紫の衣を纏った青年、イデア。 もう一人その隣に並ぶのは、赤のとんがり帽子と衣を身に纏った少女、ベロニカだった。 二人の瞳には夕日が映っていた――水平線、海、そしてこの地方にのみ存在する小麦畑を挟んで。 『……夕日の色は、ベロニカの色だね』 突然、イデアの口からそれが零れる。 優しい風が吹き、小麦畑の小麦同士がぶつかり合って音楽を奏でた時と同時だった。 ベロニカの瞳は、夕日からイデアへと映すものを変える。 彼女の表情は、驚きと言った言葉がぴったりのそれになっていた。 急にどうしたの、と普段の彼女なら口にしたかもしれなかった。 しかし二人の前に広がる景色が、あまりにも輝かしいもので。 ベロニカの口からは別の言葉が零れていた。 「……じゃあ、あの夕日が沈めばイデアの色になるわけね」 自分で言った言葉であるにもかかわらず、ベロニカは言ってからおかしな事を言ったと笑いそうになった。 そう口にしてしまう程、目の前の景色と夕日が自身を酔わせているのかもしれない、と思う。 おかしな事を言って笑いそうにはなった、普段ならその理由を少なからず考えたりしたかもしれない。 しかし今は、そんな事はどうでもよかった。 ――こうしてかけがえのない人と共に、絶景を見る事が出来て幸せだと感じているのだから。 そう感じるのは、隣にいるイデアも同じなのだった。 『空は、ボク達の色だね』 「ふふ……そうね」 二人は、今度は瞳に空を映した。 穏やかに流れる雲が浮かび、もうじき星空も顔を見せるであろう空を。 そのまま、イデアは言葉を続ける。 『空も……今のボク達と同じように隣り合ってるんだ』 「あたしとイデアと、同じ……」 時々、ベロニカはある感覚に襲われた。 それがおかしなもので、ここにいるのが夢なのではないか、と強く感じる事なのだ。 自分は確かにここにいる。 イデアの隣に居て、この世界を、ロトゼタシアを生きている。 それがあまりにも不思議で、当たり前のはずのそれが夢なのではないかと。 そう思えて不思議で仕方がなく、同時にこうしていられる事に強い幸福感を感じるのだった。 「……じゃあ、あの空みたいに……」 ずっと隣り合っていたい。 そう言いたかったが、少しずつ募っていた恥ずかしさがそれを喉の奥にしまい込んだ。 イデアは空からベロニカへと向きを変え、続きを聞きたそうにする。 何か言ったかい、と彼は問いかけた。 しかしベロニカは、イデアや夕日、小麦畑に背を向けて何でもない、と口にするのだった。 「……そろそろ宿に戻らない?夕食にしたいし」 振り向いたベロニカを、同じ赤の夕日が照らした。 その光が、ベロニカが頬を赤らめているのを上手くカモフラージュする。 それには気付かなかったが、イデアには夕日に照らされたベロニカの表情が何よりも輝かしいものに見えるのだった。 穏やかな表情で、彼は頷いて見せた。 ベロニカは改めてイデアに背を向けると、宿屋へと向かって歩き出す。 『……この先もずっと、キミを守って見せるから』 あの空のように、イデアは小さな声でそう口にする。 そうして、かけがえのない存在である彼女の背中を見つめながら、青年は強く誓った。 ――今も隣り合う二人の空色の下で。 2018/1/31 夕日は赤いなぁ、ベロニカちゃんだなぁっていう一瞬の思いから書き始めたお話。 勇ベロでほの甘にしたかったのです……。 [*前] [TOPへ] [次#] |