大切な人の日記


静まり返った二階に、本が閉じられる音が寂しそうに響き渡った。
表紙を見せた本を大事そうに、同時に切なそうに見つめる金髪のロングヘアの女性。

名を、セーニャと言った。
彼女が持つ本の主“だった”双子の妹である彼女。
揺れた瞳からは、一筋の涙がゆっくりと零れ落ちた。

主の名前を呼ぼうと彼女は口を開いた――その時だった。
階段を上ってくるのであろう足音が、静かな部屋に届いたのは。

扉の無い二階の部屋。
そこは彼女の自宅であり部屋であり、そして彼女自身とその家族の寝室でもある。
トントントン、と壁をノックしたのであろう三度の音を、セーニャの耳は拾い上げた。

「はい、どうぞ?」

椅子に腰かけていたセーニャは、目の前にあったテーブルに本を置いた。
セーニャの返答を聞いたのだろう、ノックの主が残りの階段を上ってセーニャの前に姿を見せた。

サラサラヘアに紫の衣を纏った、穏やかな表情をした青年。
背中と腰に二つの剣を装備した彼は、勇者であるイデアだった。
セーニャは少し前まで流していた涙を悟られぬよう、普段通りに声を出した。

「イデアさま、どうかなさいましたか?」

時刻は既に就寝時間を超えていた。
イデア以外の仲間達は宿で部屋を取り、それぞれ休みを取っている。
そんな時刻の今、セーニャの部屋の灯りが気になったイデアはここまで赴いたのだった。
彼女はこの時間であるにもかかわらず足を運んだイデアに感謝の言葉をかけると、目を細めた。

間を開けず、イデアの視線がセーニャからある物へと移った。
セーニャはすぐそれに気付いたようで、イデアが視線を移したものに手を触れた。

「……これ、お姉さまの日記なんです。お姉さま、小さい頃から日記をつけていらしたんですよ」

青年の顔には驚きと言う言葉がぴったりのものになった。
お姉さま――名をベロニカと言った、セーニャの双子の姉。
強気で明るかった彼女が、日記をつけていた事に対してイデアは驚いていた。
青年の胸の内に溢れるのは、彼女と、ベロニカともっと話したかった、ともに時間を過ごしたかったという想いだった。
彼女は、ベロニカはイデアの想い人だったのだから。

――ベロニカはもう、ここにはいない。
仲間達を守るため、助けるために行った行動によって帰らぬ人となってしまったのだった。
そんな彼女が杖――今はセーニャが持っている――以外に残したものがあったと知った。
イデアは強く、その日記に惹かれた。
そんな青年の心を感じ取ったのだろうセーニャは、日記を持つとイデアを見た。

「イデアさま、この日記……貰っていただけませんか?」

再び、イデアの表情が驚きと言うそれになった。
ベロニカがもし今の言葉を聞いていたとしたら、何言ってるのよ、あげないわよ、読まないでよ、等と口にしていたかもしれなかった。
青年の頭の中に、そう言うベロニカの声が鮮明に響き渡った気がしたのだ。
そんな彼女が今はいないとはいえ、貰ってほしいというセーニャの言葉にはやはり驚く事しか出来なかった。
その日記はセーニャが持っているべきだと、イデアは顔を横に振りながら伝える。
しかしセーニャは顔を横に振り、日記を差し出しながら言の葉を告げた。

「イデアさまがお持ちになっていた方が、お姉さまはとても喜びますわ」

彼女が何かを知っているような気がしてならなかったが、イデアはどうしてそう思うのかと質問する事はなかった。
セーニャの言葉には強い思いを感じ、説得力もあったのだ。
一時間を開け、イデアはベロニカの日記を大事そうに受け取った。
そうして大切にする、と感謝の気持ちと同時にイデアはセーニャに向けて言葉にした。
夜空に輝く月のような輝いた笑顔をセーニャは浮かべる。
やはり双子なのだろう、イデアはセーニャを見るとベロニカを思い出さずにはいられなかったのだった。

「……イデアさま」

か細く告げたセーニャの表情は、とても寂しそうだった。
イデアはセーニャの言葉を待ったが、暫く沈黙の時が流れた。
喉を通らなかったセーニャの言葉は、寂しそうに胸の内へと返っていく。
今一度セーニャは笑顔を浮かべると、イデアに日記をもらってくれた事の感謝を告げた。
彼女の様子に心配そうに見つめるイデアだったが、彼女はなんでもありませんと告げ、そろそろ休むと伝えた。

何かあったらいつでも相談するよう、イデアは優しい声で告げた。
階段を下ろうと、イデアはセーニャに背を向ける。
一時振り返り、彼はおやすみと声を出して階段を静かに降りて行った。

少し経ち、セーニャは窓から下を見ると、イデアが自宅から出た事が確認できた。
そんなイデアの背中を見ながら、セーニャはイデアの手に渡った日記の内容を思い出していた。

二人が幼い頃、魔法を教えてもらい試した日の事。
勇者を見つけるため、ラムダから旅を始めた日の事。
その旅で起きた様々な出来事の事。
そして、最後に記されていたある事。

「……イデアさまのことなんですよね、お姉さま」

セーニャは、イデアと会話をしている時のベロニカの顔を思い出していた。
生まれた時から共に過ごしてきた二人だが、彼と話す時程に幸せそうな姉の顔をセーニャは見た事がなかったのだ。

“心から大切だと、守りたいと思う人が出来た”

最後に記されていた、セーニャも気付いていた姉の想い。
そんな想いが込められた日記を、姉が守りたいと思った相手――イデアが持ってくれたのだ。
ベロニカの気持ちがイデアに伝わったように感じ、セーニャは嬉しく思っていた。

ベッドへと横になり、セーニャは暖かい毛布を被る。
そうして心に強く誓うのだった。
――ベロニカの想いを継ぎ、旅が無事に終わるその日までイデアを守ると。

2018/1/22

ベロニカちゃんの日記をイデアが貰ってたらいいな…というそれから書きたいと思ったお話。
日記を貰っても、イデアは日記の内容を読もうとはしなかったらいいなぁ。
机の上にある時よんで、初めてベロニカちゃんのものだとわかって読んだことを申し訳なく思ってたらいいです、はい。


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