ふと、次の町を目指して歩く途中でベロニカは思った。 勇者であるイデアと会話をする際、彼がある行動を取るようになったと。 そう思うきっかけが何かあったわけでは無い。 それは本当に突然で、彼女自身それに気付いたのが今だったのだ。 彼女の少し前を歩く青年の背中を見上げ、ベロニカは暫くそのままの状態で歩き続けた。 イデアは気付いていないようで、先頭を歩きながら辺りの魔物を警戒している。 それはイデアに限らず仲間達も同じで、皆辺りを警戒しながら目的地へと向かって歩を進めていた。 暫くするとキャンプをした跡が見つかったため、一行はそこでキャンプをする事にした。 それぞれが自由行動を取り始める。 ある者はテントへと入って休み、またある者は夕食の準備をし始める。 そんな中、ベロニカは相変わらずイデアの背中を見上げていた。 おっとりしているイデアも流石にそれに気付いたようで、ベロニカの方へと向きを変えた。 ベロニカの表情が、驚きという言葉がぴったりの表情になる。 イデアは頭を傾げると、何か言いたそうに、しかし何も言わずにベロニカを見た。 「ね、ねえ、イデア」 ぽっと頬を赤らめながらベロニカは青年の名前を口にする。 イデアの耳がそれを拾い上げると、彼はベロニカの元へと歩み寄り“跪いた”。 増々赤みを増すベロニカの頬。 同時に感じる、体温が上昇した感覚。 一時間を開けると、彼女はふと思ったそれを問いかけた。 「……前までは、そんな事しなかったわよね」 ベロニカの言葉を、イデアはすぐに理解できなかった。 そんな事が何を指しているのか理解するのに、ベロニカからの追加の言葉を必要とした。 “顔だけをあたしに向けて話してた” “前までは、跪かなかった” その言葉を聞いた時、イデアの頬がベロニカ同様に赤く染まった。 体温が上昇した感覚も同じらしく、優しく吹く風は互いに冷たく感じていた。 『……こうすれば、ベロニカの顔がよく見えるから』 声も良く聴こえる、と続けたイデアは優しい微笑みを浮かべて見せた。 急激に恥ずかしくなったベロニカは、思わず顔を背けてしまう。 そうして暫く何も言えずにいた。 キャンプから少し離れていたらしい仲間の一人、カミュの言葉で、ベロニカは口を開く事となった。 「お、二人とも何イチャついてんだ?」 「バッ……うるさいわね!」 カミュに強くそう言い放ったベロニカは、跪くイデアの横を通って揺らめく火の傍へと歩き始める。 その途中で、青年の横に彼女は立ち止まると俯く。 そしてか細い声で、カミュには聞こえぬよう、イデアには聞こえる声で言の葉を告げた。 「ありがと…イデア。……嬉しいわ」 ベロニカが嬉しそうに笑うのを知るのは、彼女の目先にある地面だけだった。 イデアの微笑みは、ベロニカの言の葉で笑顔に変わる。 立ち上がると、小さなベロニカの背中を幸せそうな表情で見つめていた。 炎の側にある丸太に、ベロニカは腰を下ろした。 揺らめく炎を暫く見つめ、温かみを全身で感じる。 そうして今度は自分自身だけが聞こえる声で呟いた。 「……王子サマみたい、ふふ」 “あ、王子サマなんだ” 恥ずかしそうに、同時に嬉しそうに続けて笑うベロニカ。 少女の表情は、まるで姫君のように輝いているのだった。 2018/1/15 暫くは顔だけをベロニカちゃんに向けて話すイデア。 ベロニカちゃんを強く意識し始めた頃に、自分にとってのお姫さまって意味でも跪いて話しててほしいなぁと……。 [*前] [TOPへ] [次#] |