海の上を泳ぐ船の甲板で、何度目かわからない謝罪がカミュの耳に届いた。 カミュの目の前には、表情を曇らせながら大きく頭を下げる女性の姿。 金髪の髪に緑の衣を纏った彼女は、セーニャといった。 船に乗る前訪れていた町、ダーハルーネの出来事でセーニャは謝罪している。 カミュは、その事を全く気にしていなかった しかしセーニャは、その出来事に酷く胸を痛めているらしい。 カミュが大丈夫、良いんだって、等と声をかけても、その曇った表情は中々晴れなかった。 ダーハルーネで起きた出来事。 それはホメロスと名乗る一向に勇者、イデアが囚われそうになった事だった。 セーニャは、姉のベロニカと仲間の一人であるシルビアがホメロスの気を引いている間に、イデアを助け出そうとこっそり彼に駆け寄った。 そして逃げる事に成功したように思えたのだが、一行の魔法がセーニャ達に襲い掛かった。 イデアに当たりそうになったそれをカミュがかばったのだが――傷を負ったカミュは一向に囚われてしまった。 セーニャ達は何とかカミュが囚われていた町の奥へと向かう。 ようやく辿り着くと、ホメロスとの戦いを終え、一時追い込まれながらもシルビアの船で逃走する事に成功したのだった。 カミュが囚われたのは自分のせいだと、セーニャはずっと気にしていた――そうして今に至る。 「何度も言ったけど、セーニャが悪いわけじゃないだろ?本当に気にするなって」 「けど、カミュさま……」 「……優しいんだな、セーニャ」 気にするな、大丈夫、セーニャは悪くない、それとは全く違ったカミュの言葉。 セーニャの謝罪が、その時止まった。 え、と一声零すと、セーニャは下げていた頭を上げきょとんとしてしまう。 どこか照れくさそうにカミュは笑って見せると、続く言葉を口にした。 「そこまで気にしてくれて、嬉しいよ」 「嬉しい、のですか……?」 「ああ。セーニャはほんとに悪くないからさ、もう気にしないでくれよな?」 あいつらから無事逃げ出せたんだからそれでいいと、カミュは改めて笑って見せた。 セーニャの表情が、その時ようやく晴れ始める。 ゆっくりと目を細めると、セーニャは天使のような優しい笑顔を浮かべてみせた。 その笑顔に、カミュは強く惹かれた。 鼓動が高鳴ったのを感じた――今まで感じた事のない強さで。 彼女と出会ってからそれ程時間は経っていないが、彼女の笑顔は何度か見てきた。 しかし今見せているセーニャの笑顔は、これまで見てきたそれとは違って見えたのだ。 まるで不思議な力があるのではないかと思ってしまう程、彼はその表情に見とれていた。 「ありがとうございます……カミュさま。本当に、カミュさまが無事で良かったです……!」 “お礼を言うのはオレの方なのに” 自分を助けに来てくれ、更に心配してくれるセーニャを見てカミュはそう思った。 ふと、二人の耳に男の声が届く。 船室から聞こえてくるその声の主は――シルビアだ。 夕食を知らせるその声に二人は顔を見合わせて頷くと、セーニャが先に船室へと向かって走り始める。 そんな彼女の背中を、カミュは暫く見つめていた。 先程感じた高鳴りの正体が何なのかを考えながら。 ――セーニャの、天使のような笑顔を思い出しながら。 「……落ちたのかな、オレ」 甲板の上に響いた青年の小さな呟きは、夜の海に吸い込まれた。 高鳴りの正体が何なのか彼が知るのは、そう遠くない未来の話。 2018/1/9 カミュがセーニャさんに恋をしたのはダーハルーネの後だったらいいなぁって言うお話。 セーニャさんはカミュがイデアを庇う所で“落ちてる”といいな。 [*前] [TOPへ] [次#] |