その日は、珍しく寒いと感じられる日だった。 現在地は、勇者イデアの故郷、イシの村。 ここは普段暖かな場所なのだが、少女ベロニカはマフラーやコートなどの防寒具を恋しく思う程肌寒く感じていた。 彼女が寒さを得意としていない事も、寒いと感じる一つの原因なのかもしれないが。 冷たくなった両手を合わせ、擦って温度を上げようとするベロニカ。 両足を交互に前へと動かし、ベロニカは歩を進めていた。 すぐ戻るとだけ母であるペルラに伝言を残し、朝早くに出て行ったイデアを探しながら。 イシの村はそこまで広さがあるわけでは無い。 幸い彼はすぐに見つかった――教会の傍で跪き、子犬の頭を優しく撫でていた。 イデア、とベロニカは声をかけようと歩み寄ろうとした。 しかし、気付くとここまで問題なく歩を進めていた両足は動かなくなっていた。 まるで足だけが石化でもしてしまったのではないかと思う程に重くなっていた。 ベロニカの顔はイデアの方を向き、瞳は彼を映し続けている。 子犬を優しく撫でる、サラサラヘアが特徴で紫の衣を見に纏う、勇者イデアの姿を。 辺りを包み込む、冷たいながらも優しい風がイデアの髪や子犬の毛を揺らす。 少しづつ顔を見せ始めた朝日の光が一人と一匹を照らし、優しい光景を作り上げていた。 その光景に吸い込まれるように、ベロニカはその光景から目を離せなくなっていた。 先程まで寒かったはずの体温は、いつの間にか程よく上昇し暖かく感じている。 二人旅を始める以前していた邪神討伐の旅から彼の姿は見てきたが、今ベロニカの目に映るイデアの姿はまた違って見えた。 今では旅の仲間であると同時に、恋人関係となったイデアとベロニカ。 ベロニカは、イデアに見とれてしまっていたのだった。 子犬が元気な鳴き声を残すと、その場から走り去って住人が住む一軒の家へと向かっていく。 跪いていたイデアが立ちあがった時、彼はまずベロニカの姿に気付き、小さく口を開いた。 『ベロニカ、おはよう。……起きてたのかい?』 石の様に重かった足が、イデアの声を耳で拾い上げた途端に軽くなった。 顔の温度が上がったと確かに感じたベロニカは思わず顔を背ける。 歩み寄ってきたイデアが立ち止ると、ベロニカは小さく声を返した。 「えっ…ええ……おはよ…イデア……」 ベロニカの様子を不思議に思い、イデアは頭を少し傾げる。 そんなイデアの様子を横目に見たベロニカは、慌てて顔の向きをイデアへと向けた。 一息吐くと、朝早くから何をしていたのかと問いかけた。 イデアは腰に巻かれている袋に手を潜らせる。 そうして袋から顔を出したのは、雪のように白いマフラーだった。 両手でそれを持つと、イデアはベロニカの首に優しく巻き始める。 白いだけでなく肌触りも良いそれは、触れると雪のように崩れてしまいそうな程軽く柔らかいものだった。 「これ……どうしたの?」 高鳴る鼓動を感じながら、ベロニカは再び問いかけた。 ふしぎな鍛冶で作ったと彼は答えた――今朝は冷えるから、と。 受け取ったマフラーとイデアの優しさに、ベロニカは体温が増々上昇するのを感じた。 風邪でも引いたらどうするのよ、とか細い声で呟くベロニカの声はとても嬉しそうだった。 目を細めるイデアの耳にしっかりと届けられたのは、ありがとう、というベロニカの優しい声だった。 彼の隣へと歩くと、すっかり冷たくなったイデアの左手にベロニカは右手を重ねる。 今度はイデアがありがとう、と伝える番だった。 二人は、イデアの自宅へと向かって並んで歩き始める。 暫く留まっていたイシの村から、二人旅を再開する準備をするために。 幸せそうな二人の背中を、先程よりも顔を出し始めた朝日の光が優しく照らしているのだった。 2018/1/6 2018年最初の小説です…! 今年は戌年なので犬を登場させたかったのと、子犬と触れ合うイデアの姿がまた違って見えてますます好きになっちゃいましたベロニカちゃんな感じです。 [*前] [TOPへ] [次#] |