No.50


「おじいちゃん、どう?」

神の民の里にある宿屋で、ベロニカがそう問いかけた相手はロウだった。
ロウが持っている一枚の紙切れとロウの顔をベロニカは交互に見る。
ロウは優しい微笑みを浮かべると、ベロニカに返答した。

「世界中の町を周りながら情報を集めたおかげでな、恐らくじゃが大体分かったよ」
「ほんとに!?で、なんて書いてあったの!?」

ベロニカは瞳を輝かせながら、紙切れに書かれた不思議な文字の答えを知りたそうにした。
ロウはそんなベロニカに少々驚きながらも、再び微笑みを浮かべた。

――いつだったか、ロウが今持つ紙切れを見つけたのはベロニカだった。
とある町で本を手に取り開いた時、不思議な文字が書かれたその紙切れを見つけたのだ。
その紙切れは非常に古い物らしく、少しでも力を入れて握ると粉々になってしまうのではないか心配になるほどだった。
恐らく随分昔の紙である事は間違いない、それは誰が見ても一目瞭然だった。

当時は雪のように白かったであろうその紙切れは、月日の流れと共に変色したのだろう。
二人の目に映るその紙切れの色は、セピア色に染まりきっていた。

その紙切れに、ベロニカは強く惹かれた。
一見子供の落書きなのではないかと思える見た事の無い文字に、非常に古いと感じられる紙切れ。
惹かれなければ、ベロニカはそのまま挟まっていた本に戻しただろう。
しかし、彼女の心がその内容をどうしても知りたがった。
文字でもないかもしれない不確かなものだったが、その紙切れをベロニカは貰う事にした。
幸いその本があった家の主すら、紙切れの事はおろかそれが挟まっていた本がある事を知らなかったらしい。
特にいざこざが起きる事なく、気持ちよく受け取る事が出来たのだった。

それから旅を再開し、勇者イデアの祖父である仲間の一人、ロウとの出会いを果たした。
彼は博識だったため、紙切れの事を相談し時間が経つ――そうして今に至るのだった。

「君がため……惜しからざりし……命さへ……長くもがなと……思ひけるかな……」

まるで呪文のような言葉を、ロウは声に出した。
聞き慣れない言葉ばかりが――言葉であるのかすら確かではないが――並べられている。
ベロニカは表情を曇らせ一時無言になると、頭を傾げて声を出した。

「……どういう意味?呪文か何かなの?」

妥当な反応であるとロウは感じ、目を細めた。
紙切れを見つめ、並んだ文字を見ながらもう一度呪文のようなそれを口にする。
そうしてその言葉の意味を、“言葉だった”と解読して分かった彼はベロニカに意味を告げた。

「あなたに会うためなら惜しいとは思わなかった自分の命。こうしてあなたと会う事が出来た今はずっと生きていたいと思っている……」
「……それが、この文字の、意味?」
「恐らくな。どうやらこの文字は随分昔に存在していた文字のようじゃ」

ロウが紙切れを渡しながら、ベロニカに説明して見せた。
ベロニカは一言、そうなんだ、と口にすると、暫くその文字を見つめ続けた。
意味を知る前、この紙切れを見た時強く惹かれた理由。
ロウの解読によって、その理由が彼女の中で見えた気がしていた。
他人の事とは思えないその意味。
まるでかつてそんな事があったような、不思議な感覚に襲われた。
瞳から流れた一筋の涙に、ベロニカは気付かなかった。

そんな彼女の姿を見てロウは優しく声をかけようとしたが、内心彼も彼女と似た感覚を感じていた。
不謹慎だとは感じていたが、その意味が今目の前にいる彼女に非常によく似合っていると感じたのだ。
まるでベロニカは一度いなかった事になったような――そんな事はありえないと疑いたくなるそれを。

言葉に詰まり何も言えなくなってしまうロウ。
二人の間に訪れた沈黙、それをベロニカが破った。

「……ありがとう、おじいちゃん。意味を知れてよかったわ」
「そうか……良かったよ、ベロニカ」
「ふふ。あ、この事は皆に言わないでね?」

わかっておるよ、ロウの優しい声がベロニカの耳に届くと、彼女はもう一度ロウにお礼を告げた。
そうして外の空気を吸ってくる、とだけ告げると、ベロニカは宿屋を後にした。

外に出てみると、普段は下から見上げる雲が、今は見下ろせる位置にあった。
そんな雲の上を、円状の石に乗って泳いでくる一人の青年の姿を彼女は瞳にとらえる。
ふと、さっきの言葉を青年に告げてみたらどんな反応をするか、ベロニカは知りたくなった。
どこか悪戯心が伺える表情を浮かべると、ベロニカに気付いて歩み寄ってきた青年――イデアにベロニカは紙切れの文字を伝えた。

イデアは、ベロニカが想像していなかった反応を見せる事となった。
その言葉の意味が、彼女に、そして自分自身にもぴったりと当て嵌まる意味だった為だ。

――イデアしか知らない、過ぎ去りし時の出来事。
抑えきれず溢れ出した青年の涙を見て、少女は強く青年を抱き締めた。
青年の涙に、言葉では表せないのであろう強い想いを感じながら。
ごめんなさい、そう口にして。

2017/12/28

百人一首の50番目が勇ベロにぴったりだと思いまして……。
とある映画を見たら書きたくなったお話です。


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