冷たい白き結晶が、曇った空からいくつも舞い降りる。 ある結晶は家の屋根へと着地し、また別の結晶は木々の枝へと着地する。 炎の傍に舞い降り雫へと形を変化させる結晶もあれば、人の頭や頬などに乗り、体温によって雫へと変化する結晶もあった。 そんな結晶――雪が数え切れないほど舞い降り、白き道を作るクレイモラン地方。 そのほとんどは降ったばかりの新雪で、柔らかな雪が殆ど。 人々や動物達が足を付ける事によって、白き道はいくつもの足跡を描いていた。 「相変わらずここは寒いわね……」 そんな白き道を歩く、青年と少女の姿があった。 二人はそれぞれ紫に赤のコートを羽織り、暖かそうなマフラーを首に巻いていた。 少女、ベロニカはあまりの寒さにそう言の葉を零すと、冷たくなった両手を合わせ擦るように動かす。 その隣を歩く青年、イデアは両腕を交差させると手を腕に当て、自身を抱き締めるようにする。 そうして、ベロニカの言葉に同意するように頷いて見せた。 ベロニカの故郷、聖地ラムダはこの地方にあった。 二人旅の途中やってきた二人は、ラムダへと立ち寄る事にしたのだ。 どんな時も雪が降り積もっているクレイモラン地方だが、彼女の故郷では逆で雪が降るのが珍しかった。 ゼーランダ山を挟み、その頂上とも言える位置に聖地ラムダはある。 山に辿り着くと、こことはすっかり気温が変化し、暖かくなるのだった。 一刻も早くその山へと辿り着きたいと、ベロニカの足は早歩きとなる。 イデアはその事に気が付いたようで、ベロニカと同じ速度で足を進めた。 早歩き、と言ってもイデアが普通に歩を進めた時より少し早い程度。 と言うのも、ベロニカは深いワケで今は少女の姿をしているためだった。 クレイモランの町から随分離れ、ゼーランダ山の前にあるシケスビア雪原へと二人は足を踏み入れた。 相変わらずベロニカは両手を擦るようにしながら、早歩きで歩を進める。 寒い、と何度目かわからない声を小さく零すと、その度イデアは頷いて同意した。 ふとその時、雪で隠れていた石か或いは木の枝か、ベロニカはそれに足を取られ転びそうになった。 「きゃっ……!?」 『ベロニカ!』 それまで頷く事が殆どだった無口な青年は、彼女の名前を声にすると腕を掴んで転びそうになった彼女を止めてみせた。 一瞬何が起きたかわからなかったベロニカだが、汗を一筋垂らすとようやく状況を把握する。 力が入ってしまったイデアの手は、ベロニカの腕からゆっくりと放された。 肝を冷やしながらも、ベロニカは一息吐くとイデアを見る。 そうして、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべると声を出した。 「あ、ありがと……イデア……」 今にも力が抜けその場に座り込んでしまいそうな彼女に、イデアは優しく微笑み頷いて見せる。 彼の頬は寒さのせいか、それとも別の理由かほんのりと赤く染まっていた。 相変わらず降り続ける雪の量は、少し前よりも増しているように思えた。 一刻も早くゼーランダ山へまずは辿り着こうと、ベロニカは足を進めようとする。 そんな彼女の小さな手を、イデアはそっと握った。 目を丸くし驚いた様子を見せると、どうしたの、と言いたそうにベロニカはイデアを見た。 これなら転ばない、少しでも暖かいかと思って。 そう言うイデアの頬は、先程以上に赤く染まっていた。 この白色が続く景色、道には目立つ程に。 空いた手を頭の後ろにもっていきながら、彼は照れくさそうに笑った。 緊張しているのか、寒さのせいなのか、イデアの手は微かに震えていた。 すぐそれに気付いたベロニカは、その震えを止めようとするかのようにイデアの手を握り返した。 彼もすぐに気付いた――ベロニカの手も同様に震えている事に。 二人は同時に思っていた。 彼の手は、彼女の手は、こんなにも暖かいものなのかと。 初めて繋がれた二人の手はいつの間にか震える事を忘れ、放すまいと強く握り合っていた。 『……行こうか、ベロニカ』 「……ええ」 それを最後に、二人はゼーランダ山まで会話をする事はなかった。 現状の幸せを噛み締めながら、雪結晶の集まりで出来た白き雪の道をゆっくりと歩いて行った。 ――少しでも長く手を繋いでいたい、互いにそう思いながら。 2017/12/13 初めて手を繋いだ時のお話。 初々しい二人が書きたかったんです……。 [*前] [TOPへ] [次#] |