姉の気持ち


襲い掛かってきた魔物との戦いの最中だった。
勇者一行はそれぞれの装備武器を手に、魔物を次々と倒していく。
不意打ちを受け傷を負いつつも、一行は無事に勝利した。

仲間の一人であるセーニャを始め、癒しの魔法を使える者達が皆の傷を癒していく。
セーニャが勇者であるイデアの傷を治そうと彼を見た時、彼の傍には先客がいた。
先客――それは、セーニャの双子の姉であるベロニカだった。
彼女は愛用している両手杖を持ちながら、少々険しい表情でイデアと会話をしている。

「全く……あんまりボーっとしないでよね?大怪我でもしたらどうするのよ」
『はは……ごめん。ありがとう、ベロニカ』

イデアの言葉を聞き終えると、ベロニカは両手杖に祈りを捧げる。
そうして祈りが届いた時、イデアの顔に出来ていた微かな傷は綺麗に癒えていた。
険しい表情をしているベロニカだが、誰が見ても分かる通り彼女はイデアを心配している。
イデアもそんな彼女の思いをしっかりと受け取っていた――嬉しそうに微笑んでいるのがその証拠だ。

ふと、セーニャは不思議に思った。
最近の姉は、得意としていない癒しの魔法をよく使用していると。

双子であるベロニカとセーニャ。
二人はそれぞれ得意としている呪文の系統が違った。
セーニャは癒しの魔法を得意とし、ベロニカは反対に攻撃の魔法を得意としている。
幼き時より二人は、得意としている呪文を使い支え合ってきた。
魔物が襲いかかって来た時、ベロニカがセーニャの前に立ちふさがり魔物を退治した。
傷を負っている者を見つければ、ベロニカはセーニャにお願い、と頼んだものだ。

それがここ最近、減っているような気がした。
基本的に癒しの魔法をセーニャが使用している事は変わらない。
変わったのは、ベロニカの使用頻度が増えたという事だ。

セーニャは最近の事を頭の中で思い出してみる。
そういえば、と彼女が気付いた時、一行は目的地へと向かって歩き出していた。

「お姉さま!」

先頭を歩くイデアの傍を歩いていたベロニカに、セーニャは声をかけた。
ベロニカは振り返るとセーニャの傍へと歩み寄る。
一行から少し離れて二人は並び、ゆっくりと歩き始めた。
セーニャは早速、気になっていた事をベロニカに問いかける。

「お姉さま……最近癒しの魔法を練習されているのですか?」
「へ?何よ急に……別にしてないけど?」

癒しの魔法はセーニャの得意分野でしょ、ベロニカはそう続けると元居た位置へと向かおうとする。
そんなベロニカに待ってください、とセーニャは声をかけそれを止めた。
不機嫌そうにベロニカは振り向くと、なんなのよ、と声を出した。

「先程、イデアさまの傷を治していましたよね。先程だけではなく、最近多いような気がするのですが……?」

ベロニカが癒しの魔法を使用する頻度が増えた、それとは別に気になっていた事だった。
魔物との戦いを終え怪我の治療を始める時、気付けばベロニカはイデアの傍へと歩み寄り両手杖に祈りを捧げている。
怪我が酷い場合はセーニャに声をかけに来るベロニカだが、軽い怪我の場合は気付けばイデアの傍にベロニカがいたのだ。

セーニャの言葉を聞いた途端、ベロニカの表情は一変する。
驚いた様子で目を大きく見開き、頬を赤く染めた。
そんなベロニカの様子に、今度はセーニャが驚く番だった。
見た事の無い姉の一面が、今の姿――深いワケで少女姿である――も合わさって思わず可愛いと思ってしまう程だった。

「な、何でもないし、癒しの魔法だって練習もしてない、きまぐれだから!」

強気な声でベロニカはセーニャに告げると、元居た位置へとそそくさに走り去ってしまった。
セーニャはもう一度声をかけ止めようとしたが、ベロニカが立ち止まり振り返る事はなかった。

セーニャは、走り去る姉の背中を見つめる。
ベロニカの反応と最近の出来事を照らし合わせた時、セーニャはある答えへと辿り着いていた。

「ふふっ……お姉さま、そう言う事だったんですね」

風と共に揺れる草の音に乗って、妹の呟きが辺りに響き渡った。
イデアと会話をするベロニカを、セーニャは一枚の絵のように瞳に納める。

“イデアさまに恋をしたのですね”

そう心の中で思いながら、セーニャは天使の様な優しい微笑みを浮かべるのだった。

2017/12/9

イデアとベロニカちゃんが両想いだけどまだ恋人同士になってない頃。
セーニャさんはベロニカちゃんの気持ちにすぐ気付くけど、自分がカミュを好きなんだって気付くのは遅そう。


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