祝福の結晶


先程まで快晴だった空は、いつの間にか雲に覆われていた。
世界を照らしていた太陽は雲に隠れ、辺りはまだお昼を少し過ぎた頃であるにも関わらず薄暗かった。
肌寒い程度だった温度は先程以上に増したのか、思わず寒い、と口にしてしまう温度へと下がっていた。

「あ……」

聖地ラムダのとある家。
その家の中の二階から一声零したのは、赤い服に帽子を被り、左右に三つ編みで結ばれた髪を垂らす少女。
ここラムダで生まれた、ベロニカだった。
彼女は自宅の二階で、窓から外を眺めていた。

ベロニカの目に映るのは、曇った空から無数に舞い降りてきている白い結晶――雪だった。
ラムダに雪が降るのはとても珍しい事だった。
幼い頃、双子の妹であるセーニャと共に喜びながら外で遊んでいた事をベロニカはふと思い出す。
そうしてくすっと微笑みを浮かべた。

気付くと、ベロニカは階段を駆け下り、外へと飛び出していた。
扉を閉めると町の中心へと歩き、辿り着くと足を止める。
そうして、雪が舞い降りてきている空へと顔を向けた。

無数に静かに降ってくるいくつもの白い結晶。
ベロニカはすっかりそれに見入ってしまう。
寒いのが苦手な彼女も、今だけはそれを忘れてしまっているようだった。

ベロニカ、と呼ぶ声が辺りに響いた。
しかし彼女は雪に夢中の様で、返答する事なく空を見上げている
もう一度ベロニカ、と呼ぶ声が響いた時、ようやく彼女は声がした方向へと顔の向きを変えた。

「イデア、買い物終わったの?」

イデア、と呼ばれた青年――勇者である――は、片手に袋を持ちながら頷いた。
二人は今朝ラムダに着き、休息を取っていたところだ。
イデアが道具屋での用事を済ませ次第、ラムダから出発する予定だった。

彼は穏やかな微笑みを浮かべると、空を見上げて声を出す。

『雪、降ってきたね』
「ええ。珍しいわ、ラムダに雪が降るなんて」

再び顔を空へと向けると、ベロニカも微笑みながらそう告げる。
雪がいくつか二人の顔などに乗ると、それは熱で白い結晶から瞬く間に雫へと形を変える。
冷たい、と互いに思いながらも、暫く空へと顔を向けたままでいた。
そのまま沈黙が訪れたが、ある音がそれを破る。

「……くしゅんっ」

ベロニカのくしゃみだった。
あまり時間は経っていないはずだが、ゆっくりと降って来ていた雪は、先程以上に増えているように思えた。
イデアが心配そうにベロニカの傍へと歩み寄る。
寒さのせいか、彼が近付いたせいか、ベロニカの頬はほんのりと赤く染まっていた。

『雪が落ち着くまではラムダにいないかい?ベロニカが風邪を引いたら大変だ』
「もう、これくらいなんともないわよ。……けど」

雪が積もると大変かも、そう続けるとベロニカは苦笑いを浮かべた。
雪は見ていて心が躍るものだが、積もり始めると旅路に対しては厄介な障害へと変化してしまう。
以前仲間達としていた旅とは違い、急いでいる訳では無い二人きりの旅。
ベロニカはイデアの提案にそうしましょ、と承諾すると、頷いて見せた。

時間を空ける事無く再び辺りに響き渡る、くしゅんという音――ベロニカのくしゃみ。
彼女は両手を交差させると腕に当て、寒そうにする。

「ああもう、やっぱり寒いのは苦手だわ。イデア、行きましょ?」

イデアの事だ、恐らく宿屋へと向かおうとするだろう。
宿屋である必要はないと思いながら、ベロニカは自宅を指さしイデアを見上げた。
イデアはきょとんとした表情を浮かべると、頭を傾げる。
ベロニカの提案とは言え、彼女の家に改めて伺うのは緊張せざるを得なかった。
彼女の家に伺うという事は、つまり彼女の両親に会うという事なのだ。

仲間達との旅ではあまり意識していなかった。
しかしベロニカと恋仲になった今では意識せざるを得なかった。
そんなイデアを察したのだろう、ベロニカは頬を赤らめるとイデアに背中を向けて声を出した。

「……変に意識しなくてもいいわよ。お父様もお母様も、みんなと旅をしてた頃と何も変わってないんだから」

ベロニカの言葉に、イデアは緊張を抑え込むと決意を固めた。
ありがとう、と告げると、二人は並んでベロニカの家へと歩き始める。

家へと入った時、イデアはベロニカの父と母に歓迎された。
改めて世界を救ってくれてありがとうと、ベロニカとセーニャを守ってくださってありがとうと。
二人の言葉に、イデアは緊張と感謝された事に対する喜びで頬を赤らめる。
顔を微かに傾げて頭の後ろに片手を持っていくと、優しく迎えてくれた父と母に深く頭を下げ、ありがとうございます、と告げた。

それからイデアとベロニカは、ベロニカの父と母と共に食卓を囲んだ。

町の住人によると、ベロニカの家からは夜遅くまで絶えず笑い声が響き渡っていたらしい。
窓からは、イデアとベロニカが並び朝まで降り続けていた雪を眺める姿が目撃されていたのだった。

2017/11/30

雪が降ったおかげでベロニカの自宅に改めて挨拶に伺えた。
一緒にご飯食べたり雪を二人きりで見れて幸せですってお話。
ほのぼの勇ベロが書きたくて書いたらまとまりのないものになってしまいました(汗)


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