長い時間、辺りに響いていた甲高い音が鳴り止んだ。 青年、イデアの目に映るのは、相棒であるカミュに貰い受けた不思議な鍛冶。 不思議な鍛冶の上には、今までイデアが打っていたのだろう、指輪の姿があった。 銀色の鉱石だったものは美しい円形へと変化し、小さな赤い宝石が綺麗に輝いている。 赤を見て思い出すのは、イデアが心から愛する女性、ベロニカの事だった。 旅を終えてから月日が流れ、恋人同士となったイデアとベロニカの仲は順調に進展していった。 旅をしている間も育まれたそれは、旅を終えた後の二人旅でも育まれていった。 指輪を見て、イデアは恥ずかしながらもはっきりと感じる。 ――最高の自信作だと。 空に浮かぶ命の大樹が指輪を照らしてくれているように思えた。 傍に浮かぶ月や星々はイデアを照らし、優しく包み込んでいる。 それらの輝きが、指輪を一層美しく輝かせているように思えた。 イデアは完成した指輪をそっと手に取ると、懐から青い箱を取り出す。 青い箱の中には何も入っておらず、まるでその指輪が来るのを待ちわびていたように見えた。 指輪がその中へと納まると、青い箱はそれを優しく包み込む。 イデアは指輪を見つめながら、それを渡すべき相手、ベロニカの事を思い浮かべた。 二人旅を始めてから、指輪は彼女に気付かれぬよう長い時間をかけて作り続けていた。 基本的には、彼女が休んでいる夜の間に。 これまで何度か、指輪を完成させた事はあった。 しかし、イデア自身納得のいかない物ばかりが出来上がり、気付けば随分時間が経ってしまっていたのだ。 ようやく納得のいくそれが出来上がり、内心ほっと安心するイデア。 彼女に渡す、この世にもう一つと無い大切なものなのだ。 生半可な物であるわけにはいかないと、彼は全力でそれを打ち続けた。 遂に完成した指輪を見つめながら、ベロニカがこれを見た時どんな反応をするだろうかとイデアは思う。 指輪を見せた時、それの意味をベロニカは理解してくれるだろうか。 全ての気持ちを伝え指輪を渡そうとした時、ベロニカは受け取ってくれるだろうか。 ――プロポーズを、受けてくれるだろうか。 次から次へとイデアの頭の中を駆け巡る、期待と不安。 イデア、と彼の名を呼ぶベロニカが頭の中に過った時、イデアは頭を横に振った。 箱の蓋を閉じると、イデアはそっと目を閉じる。 そして、ベロニカの答えがどんなものでも、イデアは受け入れると強く誓った。 中途半端な覚悟ではベロニカに全ての想いが伝わらない、そう感じたからだ。 気付けば、空が明るくなり始めている。 月は顔を隠し始め、入れ替わるように朝日が昇り始めようとしていた。 指輪の入った青い箱を、イデアは大事そうに懐へとしまう。 不思議な鍛冶を片付けると、彼はベロニカが休む宿屋へと向かって歩き始めた。 “目の下、クマが出来てるわよ?” 起床したベロニカからそう言われるのは、もう少し先の話。 おかしそうに、同時に心配そうに微笑みながらそう言うベロニカがクマが出来た理由で涙を流す事になるのは、更に先の話。 2017/11/27 イデアは絶対、婚約指輪を自分で作ると思うんです。 邪神討伐までの旅で育った鍛冶の経験を活かして、素材集めからしっかりしてたらいいなぁってお話。 [*前] [TOPへ] [次#] |