嫉妬心は溢れる好きのせいで


今日はここで休もう、というイデアの言葉に、一行は揃って頷いて見せた。
一行は暫く歩き続けると町に辿り着き、町の中を周り終えた所だ。
澄み渡る青空は、いつの間にか寂しさを感じさせる橙色へと変化していて。
高く昇っていた太陽は、今にも顔を隠しそうな位置まで進んでいた。

自由行動となった今、宿屋へと直行する者もいれば、道具屋にまだ用事があったと出かける者もいる。
特に目的地もなく宿屋とは違った場所へと歩く者もいれば、近くの魔物を倒し経験を得ようとする者もいた。

そんな中、住人達に周辺の事や近況などの話を聞こうと歩き出したイデア。
ふと服が引っ張られている事に気付き、足を止める。
引っ張られている方向へと顔を向けてみると、そこには少女――ベロニカの姿があった。

顔を俯けているため、表情は確認出来ない。
ベロニカ、とイデアが声を出した時、ようやくベロニカの手が掴んでいた服から放された。
振り向いてイデアは跪くと、ベロニカを見る。
相変わらず顔を俯けていて何も言わずにいるベロニカに、イデアは穏やかな声で問いかけた。
どうしたんだい、と。

「な、なんでもないわよ……もう……!」

顔を上げず小さな、しかし力強い声でそう告げるベロニカ。
何か悪い事をしてしまったかと、イデアは今日の出来事を思い出してみる。

町に着くまではいつもの通りの彼女だったはずだ。
普段のように会話をしながら歩き、魔物が襲いかかってくれば連携技で息を合わせて倒していった。
やったわねイデア!と声をかけられた時のベロニカの声が、イデアの頭の中に鮮明に響き渡る。
その声は今の声以上に力強く、明るい普段のベロニカの物だったはずだ。
町の外にいた時は普段通りだった、ならば町に着いてからは何があっただろうか。

道具屋、武器屋、防具屋へと皆で赴き、町の中を周った。
思い返してみると、ベロニカが静かになったのはその時だ。
ベロニカに特別何かを言ったわけでは無い――とすると、町での行動の何かが理由だろうか。

そう言えば、町に来てから住人達からの視線を随分感じていたような気がした。
子供から大人まで――悪い感じの視線ではなく、見る者達が笑顔を向けていたような。
しかしそれは、この町に限った事ではない。
デルカダールの王が、勇者は悪魔の子ではなかった、と人々に告げて以来どこの町でも感じるようになった視線なのだ。

“勇者様だ!”
“勇者様よ!素敵!”
“キャー!勇者様〜!”

こちらに聞こえる声で言う子供がいれば、憧れの様な眼差しで小さく告げる女性、男性もいた。
しかしそれが何だというのだろうか――ここまで思い出してはみたものの、やはりイデア自身にはベロニカが不機嫌でいる理由がわからなかった。
思わず困った表情を浮かべてしまい、頭の後ろに手を持っていく。
微かに上げられたベロニカの顔、瞳がそんな様子のイデアを映した時、今度はベロニカが困った表情を浮かべる番だった。

「ご……ごめんなさい……イデア。本当に何でもないから、気にしないで?」

作り笑い、一目瞭然な表情を浮かべたベロニカを見て、ますます申し訳なく思うイデア。
もう一度、ベロニカは笑顔――作り笑いかどうかわからない――を浮かべて、腰に両手を当て声を出した。

「あたしの事でそんな顔になってるんなら、もう気にしなくていいからシャキッとしなさい!」
『ベロニカ……』
「アンタをそんな顔にしたかったわけじゃないんだから……ほら、さっさと町の人たちと話して来たら?」

勇者サマ、と放たれたベロニカの言葉で、ようやくイデアはベロニカの不機嫌の理由を察した。
そそくさと立ち去ろうとするベロニカの手を優しく掴むと、イデアはベロニカの両肩に自身の両手をそっと乗せる。
待ってほしい、そう言いたそうにイデアはベロニカの瞳を見つめた。

「な、何よイデア、急に……!」
『……心配しないでほしい』
「な、何が、アンタ何言って」
『ボクは、ベロニカしか見ていないから』

勇ましい表情と暖かで真剣な眼差しに、あたふたしていたベロニカの動きがピタリと止まった。
彼女が着ている服と同じ赤に顔が染まると、口をパクパクさせつつも何も言えずにいる。
ベロニカが抱えていた気持ちに気付けなかった、それに対しごめん、と謝罪するイデアの言葉で、ようやくベロニカは声を出すことが出来た。

「……イデアが悪いんじゃないわよ。あたしが我儘だっただけ……」

――“嫉妬”。
赴く町毎に住人達からの視線を浴び、勇者様、と歓声の声が上がる。
それだけならいいのだ、彼は勇者であり、そういう事が起きるのは自然なのだろうと想像がつく。
しかし中には子供や男性だけでなく、年ごろの女性も数えきれない程いたのだ。

イデアの隣にいる存在――恋人となったベロニカ。
だがベロニカ自身が驚く程、彼女の心に生まれた嫉妬心は治まる事を知らなかった。
イデアの事を信じていない訳ではなく、溢れる嫉妬心は彼女自身にもどうにも出来ずにいた。

そんな状態になり、不機嫌になってしまうベロニカ。
彼女は申し訳なく思った、困らせたかったわけでは無かったのだ。
これがきっかけで関係が変化してしまうのでは――自身が驚く程不安に思うベロニカ。
しかしベロニカが俯けていた顔をしっかりとあげた時、イデアの表情は穏やかな微笑みに変わっていて。
思わずぽかんとした表情を浮かべてしまうと、言葉を失っていた。

ベロニカが嫉妬した事を、イデアは嬉しいと口にした。
嫉妬してしまう程ベロニカは好いてくれていたのだと知る事ができ、嬉しいと感じずにはいられない、と。
嫉妬してしまう事があるのはボクも同じだと、イデアは目を細めた。

『時々抑えきれなくなりそうになるんだ。……だから、ベロニカも同じだって知れて嬉しい』

イデアの言葉でますます顔を赤らめつつ、嬉しそうに――今度は作り笑いではない――それをベロニカは浮かべる。
そうして彼の頭の後ろに自身の両手をそっと持っていくと、ベロニカは自身の顔がイデアに見えないように抱き締める形を取る。

「……イデアが嫉妬してくれてたなんて、あたしも嬉しいわ。……ありがとう」

か細くそう告げたベロニカの表情を見たくて仕方がないと思うイデア。
しかしここで表情を見たら、再び彼女は不機嫌になってしまうだろう。
恥ずかしいわよバカ、と口にするベロニカの声が、鮮明に頭の中に響いた気がした。

不機嫌そうにするベロニカもイデアは好きだった。
恥ずかしそうにする彼女を見たいとも思ったが、その欲望に負けぬよう心の奥底にしまう。

そうしてべロニカの腕の中で、イデアは優しく笑った。
イデアは知らない――ベロニカも同じように、優しく笑っている事を。

2017/11/25

嫉妬心が溢れて抑えきれなくなっちゃったお話。
ベロニカちゃんはどうにも出来なくて表に出ちゃう、イデアは逆で抑え込めるけど溢れそうで溢れないように必死で戦っている感じかなぁと。


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