素敵な病


ベッドに座る少女が、大きなため息を吐いた。
傍に居た女性が心配そうに声をかけると、少女はため息の理由を口にする。

“魔法が使えないのよ”

少女、ベロニカの言葉に女性、セーニャは大きく目を見開き驚いた。
気付いたのはたった今、とベロニカは続ける。
と言うのも、今日は魔物との戦いをしずに済んだからだろう。
セーニャはベロニカの隣に座ると、試してほしいと言いたそうな表情を浮かべる。
右手の人差し指を出し、普段のように小さな炎を出してみようと試みるが、その姿は現れなかった。

以前起きた、魔物に魔力を吸われた時も同じように魔法が使えなくなっていたが、今はそう言った理由があるわけでは無かった。
身体には間違いなく魔力があると感じられるが、肝心の魔法が使えない状態。
思い返してみてもこれといった特別な理由が見つからず、ベロニカはため息を吐いたというわけだ。

「あら、二人で何の話をしてるのかしら?」

そんな時、ノックの後扉を開けて入ってきたのは仲間の一人、旅芸人であるシルビアだった。
二人の曇った表情を見てシルビアは何かに困っていると悟る。
困り事に関して問いかけると、ベロニカは魔法が使えない事、魔力は確かにある事をシルビアに話した。

右手の人差し指を顎に当て、左手を脇腹に当てると、シルビアは目を閉じ何かを考える様子を見せる。
これまでのベロニカの事を思い出していたのだろう、もしかして、と両手を下ろすと、シルビアは声を出した。

「ベロニカちゃん、悩み事があるんじゃないかしら?」

悩み事?と顔を傾げながら口にするベロニカ。
そうして腕を組み、悩みと言えるものを探して見るが、やはり心当たりはない。
――と思ったが、悩み事に似た何か、ひっかかっている事があるとベロニカは口にする。
それが何かセーニャが尋ねると、ベロニカは何も言わず口を閉じてしまう。
彼女の頬がほんのりと赤く染まった。
そんな彼女の様子を見て、シルビアが微笑みを浮かべる。

「ウフフ、きっとベロニカちゃんは病にかかっているのね」

突然のシルビアの言葉に、ベロニカは目を大きく見開き驚いた表情を浮かべる。
しかしどういう事、などと問いかけず、何も言わずそのままシルビアを見つめ続ける。
セーニャが慌てた様子で心配そうに大丈夫ですか、と問いかけたが、ベロニカは向きを変える事無く何度か頷いた。

「シルビアさま!お姉さまはどのような病にかかっているのですか!?見た所傷はありませんけど…!」
「傷じゃないのよ、セーニャちゃん。これは素敵な病よ」

ウフフ、とシルビアはセーニャを見てもう一度微笑むと、目を細めて今度はベロニカへと向きを変える。
ベロニカは頬を赤らめたまま俯いた――相変わらず何も言わないまま。

シルビアが言う素敵な病とやらが何なのか、ベロニカは何となくわかっていた。
いや、その言葉が何となくわかる事になったきっかけとなった。
それは確信に変わりかけるが、彼女の心がそうはさせまいと抵抗する。
考えてみると、魔法が使えなくなったのはベロニカの悩みに似た何か、ひっかかる事があると気付いてからだった。

――勇者の事だ。
彼の、イデアの事をベロニカは無意識の内に考えるようになっていた。
意識していると気付いたのはつい最近の事だ。
戦闘中であれば無意識にイデアを狙う魔物を倒し、歩いている時や探索している時であれば、彼の姿を瞳に映している。
いつからイデアの事を意識し始めたのか思い出して見るが、つい最近だったような気もすれば随分前からだったような気もした。
始めは勇者を守らなければならないからだと、賊や魔物に対し警戒してるのだと思っていた。
しかし、それはもちろんだが別の理由がいつの間にか生まれていたのだ。
それが何なのかなんとなくわかりつつ、相変わらず抵抗を繰り返す。
――そうして考え込む内に、それは魔法を使えなくなる程に影響していたのだと気付いた。

「素敵な病?病に良いものなどあるのでしょうか…?」

ふと、セーニャの声をベロニカの耳が拾い上げた。
確かにその通りなのだ。
天才的な魔法は使えなくなる、考え込む内にミスをしたり、気が付くと随分時間を使っていたりする。
一見それはとてもやっかいな病だ。

だが、そうしている間は心がとても穏やかになるのだ。
今まで感じた事の無い感覚を覚え、まるで翼を生やして空を飛びまわるかのようにふわふわとした優しい気持ちになる。
雲のような柔らかさと、澄み渡る青い空に浮かぶ太陽のような――暖かで幸せな気持ちになるのだ。
それは厄介な病であり、同時にとても“素敵な病”なのだ。

素敵な病――ベロニカは勇者に、イデアに対する気持ちに確信したが、それは叶う事の無い儚い想いだと同時に痛感する。
確信はしたが、その想いを認める事は出来なかった。
だから、彼女はその想いを心の奥底にしまった――しまい、鍵をかけた。
イデアの前でその気持ちを零してしまわぬように、勇者を守り導くという使命を忘れないないためにも。

「セーニャちゃんにもいつかその意味が分かるわ。素敵な病の意味が、ね」

考え込む中変わらず会話をしていた二人の間で、ベロニカは再度小さな炎を出そうと人差し指を突き出す。
微かな赤色の灯りが三人の目に映る――ベロニカの人差し指には、小さな炎が姿を見せていた。

「あら!ベロニカちゃん魔法が使えたじゃない!」

両手をパチン、と合わせるとシルビアがにっこりと笑って見せる。
セーニャも安心した様子でベロニカを見て笑って見せた。

“うだうだ考えるのはもうおしまい”
ベロニカは心の中で自分にそう言い聞かせると、二人に今出来る限りの満面の笑顔を見せるのだった。

2017/11/20

勇者様とお付き合いする前のお話、素敵な病は恋の病。
イデアの事が好きなんだ、そう気付いたけど、認めたらいけない。
そう抑え込む内に魔法が使えなくなる……一時的なスランプのようなものになっちゃってたらなぁと。


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