サラサラふんわり


イデアが言葉を失ったのは、目の前にいるベロニカの姿を見た瞬間だった。
ホムラの里へと立ち寄り、宿をとった勇者一行。
里に初めて訪れた時は開店したばかりだった蒸し風呂で、一行は疲れを取る事にした。

一足先に蒸し風呂から上がり、入り口近くで椅子に座って残りの仲間達を待っていたが、イデアの次にやってきたのはベロニカだった。
彼が言葉を失ったのはその時だ。
普段は赤いとんがり帽子と赤い服を纏い、髪を両サイド三つ編みで結んでいるベロニカ。
しかしイデアの瞳に映るベロニカの姿は、帽子を手に持ち、結んでいる髪を解いている状態だったのだ。

普段と違う印象を受けるベロニカの姿は、普段とはまた違った可愛さがあり、どこか大人っぽさをも感じた。
頬を赤らめ、いつまでもベロニカを見つめたまま何も言わないイデア。
痺れを切らしたのだろう、ベロニカは空いた手を腰に当てると声を出した。

「何じっと見てるのよ、イデア。あたしの顔に何かついてるの?」

彼の耳が少女の声を受け取ると、我に返ったイデアは何度か瞬きをした。
再度ベロニカのロングヘアを見た時、イデアは微笑みを浮かべた。
イデアの目線が自身の髪に向いている事に気付くと、ベロニカはその髪を撫でて見せる。

「そう言えば……イデアの前では解いた事なかったわね」

解いてないと乾ききらないから、ベロニカはそう付け足して告げる。
イデアの髪のようにサラサラで、ふんわりとしたベロニカの髪からは微かにいい香りが漂ってきた。
まるで彼女のように明るい、太陽のような香り。
ベロニカが歩み寄って来た時その香りは一層強まり、イデアは心が癒されていくのを感じた。

『……髪、少しだけ触ってみてもいいかい?』

二人の目と目が合った時、イデアの口からそれは零れていた。
ベロニカはそんなイデアの突然の願いに口をぽかんと開け、目を見開き驚いた様子を見せる。
少しの沈黙が二人の間に生まれたが、ベロニカが願いと共にそれを破った。

「イデアの髪……触ってもいいなら、良いわよ」

ベロニカの願いを、イデアは笑顔を浮かべて承諾して見せた。
彼女の前に跪くと、最初に手を伸ばしたのはベロニカだった。
緊張した様子で、イデアの髪にそっと触れてみると、想像していた以上にサラサラで柔らかい。
見た目以上にサラサラで綺麗な髪だと、ベロニカは驚かずにはいられなかった。
髪を撫でるように触れるベロニカ、それが心地いいのだろうイデアは穏やかな微笑みを浮かべる。
同時に驚いた様子で髪を撫でるベロニカを眺めて、可愛らしいと内心思っていた。

そうして今度はイデアがベロニカの髪に触れる。
サラサラでふんわりとした、優しい触り心地の彼女の髪。
やはり双子だからなのか、ロング姿を改めて見てみるとセーニャと似ていると感じずにはいられなかった。
セーニャの髪も美しく綺麗だと感じていたが、ベロニカの髪も負けないくらい美しく綺麗に輝いて見える。
女性の髪は何故こんなにも美しいのか、ふと思ったが、女性だからではなく、“ベロニカの髪”だから美しく綺麗なのだとイデアは感じた。

「見た目以上にサラサラなのね……イデアの髪。……少し羨ましくなるわ」

目を伏せて静かに告げるベロニカ。
そんなベロニカの髪を優しく撫でながら、イデアは感じている事を伝える。

『ベロニカの髪もサラサラだ。……それに綺麗だ』

周りに蒸し風呂目当ての客がいるにもかかわらず、穏やかにそう告げたイデア。
ベロニカはその言葉に嬉しく思ったが、同時に恥ずかしく想い、赤に染まった顔を背ける。
イデアの髪には変わらず、触れたままで。
ありがとう、とその後告げられたベロニカの声は、とてもか細い声だった。

お互いの髪に触れつつ話す事にすっかり夢中だったようで。
蒸し風呂から出てきた仲間達に気付くのに少しの時間を必要とした。

“他の方に髪を触る事を許可するなんて珍しい”と言うセーニャの言葉に、ベロニカは手に持っていた帽子を被るとそそくさとイデアから離れる。
一刻も早く普段の三つ編みにしよう、そう思いながら宿屋へと向かうベロニカの背中を、イデアは嬉しそうに見つめていたのだった。

2017/11/16

セーニャさんと同じようにベロニカちゃんも髪をとても大事にしてると思うんですよ。
そんな髪に触れていいのは好きな人……つまりイデアだったらいいなぁっていうお話。


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